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93.距離が
しおりを挟む「あっ……あのっ…………か、閣下っ……!!」
またこんなに高いところに連れてこられた……飛行の魔法が使える方には分からないんだわ! こうして足の届かないところに連れてこられる恐怖が……だって、地面が遠すぎる!
こんなところから落ちたら……
そんな恐怖と共に、閣下とこうして二人で使い魔の竜の背にいることに対する緊張と動揺までもが、私を襲ってくる。
竜はかなりのスピードで飛んでいるはずなのに、私が感じるのは優しい風だけで、竜から落ちそうになることもない。まるで駆ける馬の背に乗っているかのよう。これも、閣下の魔法なのでしょう。
そんな風だから、恐怖もだんだん薄れていって、代わりに動揺ばかりが膨らんでいく。
閣下の手が……私の腰に……閣下が、私を抱き留めて……
ついこの間までは、少し抱き寄せる時でも、私に一言声をかけてくださったのに、急にこんなことをされるなんて、聞いていませんわ!!
「リリヴァリルフィラン? どうした?」
明らかに様子がおかしい私を心配したのか、閣下が声をかけてくれる。だけど、私の肩と閣下の胸が擦れ合うこんな距離で声なんかかけられたら、心臓が壊れてしまう!
「……あ、あのっ…………」
落ち着かなくては。せっかく閣下に会えたのに、真っ赤で俯いたままで、その上、さっきから「あの……」とか「えっと……」しか言えていない。こんなの、無礼だわ!!
「あの、えっ……と…………その、き、今日は……」
声が裏返りすぎている……なんて情けないのでしょう。こんなことばかり繰り返しては、閣下に変に思われてしまう! 何か言わなくては……
「あ、の……その、今日は……随分距離が近いのですね…………」
「……距離?」
しまった……なんだか変なことを言ってしまった! だってこれが唯一思い付いたことだったから!
「あっ……いえっ…………も、もちろんっ……! 閣下のおそばにいられて、私はとても嬉しいのですがっ…………!」
って、また失言をっ……! こんなことを言うはずではなかったのにっ……!!
「いえっ……そのっ……ち、ちがっ……!! そ、そうではなくてっ……し、失礼しました…………無礼なことを……」
「無礼? なぜだ?」
そう言った彼は、もう息もできなくなってしまいそうな私を、ますます抱き寄せる。
「むしろ、しているなら俺の方だろう?」
「そ、そ……そのようなこと…………」
「……嫌だったら言ってくれ」
「そんなっ……! 嫌だなんて……むしろ、その……き、緊張して……どうしていいのか…………っ! ち、ちがっっ!! 違います! そ、そうじゃなくて……」
私は一体、何を言っているのか……失言ばかり繰り返している気がする。
閣下が、小さく噴き出す声が聞こえた。呆れられてしまったのかと思った。けれど、違うみたい。
彼は、優しい声で言った。
「……嫌でないならよかった……」
「か、閣下……」
「あなたが恐怖を感じるようなら、すぐに離れる。だが……あなたには少々強引に近づいた方が、伝わるようだからな」
「な、なにが……?」
なんのことだか分からずに振り向くと、閣下はどこか得意げに見えるような顔で微笑んでいた。
「俺が何をしても、冗談や気の迷いとしか伝わらなかったのに、唯一、少し強引に迫った時だけ、あなたは俺の思いに気づいてくれたではないか」
「そ、そうでしたか?」
「それなら、少し強引に迫った方が、あなたには気持ちが伝わるのではないかと思ったんだ」
「……」
それは、閣下がデシリー様を追求した後、庭で私を抱きしめた時のことでしょうか……そんなつもりではなかったのにっ……!
何より、閣下と初めてお会いした時に優しくしていただいて、私はとても嬉しかったのに……! もちろん、閣下にこうされるのは嫌ではないのですが……
「あ、あの……閣下……それは……そのっ……!!」
見上げただけで、鼻先同士が触れてしまいそう。なんでまたこんなに近くにいるの!?
閣下の髪が、私の肩にすべって、なんだかくすぐったい。鼓動が高鳴って、ますます縮こまってしまう。
「あの…………」
「やはり、少し強く迫った方がいいらしいな……」
「へっ…………!?? ち、ちがっ…………!」
違うのに……
違うって言えばいいのに、閣下を見上げていたら、それも言えない。閣下にこんな風に触れていただくのは初めてで、そうされることもやっぱり嬉しかった。
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