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96.思い知って
しおりを挟む婚約……? 私と閣下が?
戸惑う私に、閣下は一歩近づいて、あっという間に私のことを抱き上げてしまう。
「きゃっ…………」
「……あなたの意志は大切にする。しかし…………」
「あっ……」
そっと優しく、私の体は解放された。けれど、私は先ほどよりも真っ赤だ。だってここは柔らかくて優しい肌触りのベッドの上。
急に、何をなさいますの!?
驚く私の体に跨った閣下が、私を見下ろしている。そして、どこか拗ねたような顔をして言った。
「…………求婚くらいは、繰り返してもいいだろう?」
「え…………?」
「すべてを整え、久しぶりに会いに行けば、あなたは多くの貴族に囲まれている。誰もがあなたを欲しがっている。あんなものを見せつけられてしまっては…………焦るではないか……」
焦る? 閣下が? 私のことで? そんなこと、あり得るのでしょうか……
けれど、そんな顔をして迫られてしまったら、まっすぐにその顔を見ていることすらできない。つい顔をそむけてしまう私の頬に、閣下の手がそっと添えられた。
微かに触れられただけなのに、心臓が跳ね上がる。体がそれにつられるようにしてビクッと震えた。
だってここはベッドの上! そんなところで閣下に触れられるなんて、息が止まってしまいそう。
それに耐えるだけでも辛いのに、閣下の優しい手が、ドレスの上から私の体に触れている。
くすぐったい……それ以上に、ドキドキしてしまうっ…………!
ビクンと震える私は逃げることどころか、動くこともできずにされるがまま。
私は閣下に触れていただいて、こんなに鼓動が高鳴っているのに、閣下はどこか不満そう。
「……やっとあなたを迎えることができたのに、あなたはすでに、数多の貴族の注目の的だ…………俺は我慢しているのに…………」
「…………っ!」
先ほどまで、ベッドに置かれていた手が、私の手首を抑えた。決して痛くはないけれど、体を動かすことはできない。
柔らかな布団の上に、その力強い腕で組み敷かれ、もう心臓が壊れてしまいそう。
それなのに、もうその方の目から逃れられない。だって、いつも端正なその顔が、今は少し苦しそう。
「俺は、あなたを誰にも渡したくない……あなたに他の男が視線を向けるだけでも嫌だ…………」
「か、閣下…………」
「ひとつだけ……知っておいてほしい。俺は今すぐにでも、あなたを手に入れたいと思っている。あなたをこれ以上、たった一人で俺ではない男の目に晒しておくことは、この上ない苦痛だ」
「…………そ、そのような……わ、私は……わ、私だって……」
私だって、ずっと閣下に会いたかった。そのことだけ考えて、準備を重ねてきた。
他の人の視線なんて、なんとも感じない。私がその目を奪いたいのは、閣下だけ。
それを閣下は知らないだけだ。
そして閣下は、私の頬に触れて言った。
「夜会に行くのはやめて、ここで既成事実を作るか……?」
「はい!???」
き、きせい?? 既成事実!!?? 既成事実と言いましたか!?
それはその……そういうこと!? 私はすでに全て閣下に捧げる気でいますが……って、違います!!
そもそもまだ、婚約もしていない。何よりそんなことを突然言われても困ります!
「か、閣下……いけませんっ……! こ、こんなこと……っ! あのっ……て! 手順っ……! 手順を踏むべきです!! 手続きとっ……! あっ……いえっ…………そんなものより、心の準備をっ…………」
慌てる私だけど、すでにベッドに組み敷かれていて動けない。
今更状況を思い知る。今、部屋には私と閣下の二人だけだ。
焦るばかりの私に、閣下が近づいてくる。とっさに目を瞑ると、柔らかいものが、ドレスには隠されていない私の首元に触れた。
「……っ!!」
くすぐったくて、かすかに濡れて、なんだか背筋までゾクゾクする。頭まで蕩けてしまいそう。
少し水が跳ねるような音がしたかと思えば、それは舌で、柔らかな感触が痺れるように染み込んでくる。
ちゅ、と音がして、唇と舌を使い、首元に愛撫をされているのだと分かった。
「あとでも残せば、あなたも夜会に出たいとは、思わなくなるだろう?」
「はい!?? ……っ!!」
かすかな痛みがあった。それなのに、そこを吸われて、優しく甘噛みされて。そんな甘い刺激のせいで、感覚はもう麻痺して、腰がひけてしまうくらいの快感に襲われた。
あとをつけるという行為は、私も聞いたことがある。その唇で肌を愛し続けると、赤く愛された跡が残るらしい。閣下にそんなものをいただけるなら、こんなに光栄なことはない。けれど、これから夜会に出なくてはならない。そんな時に、愛撫の跡などつけていけませんわ!!
「閣下……お、お待ちください!! 夜会には、貴族の方々が出席なさいます! それに、王家に近い貴族の方々もっ…………そ、それをっ……なおざりにしてはなりません!!」
「…………俺は構わないのだが……」
「私が構います! 準備をしてくださったジレスフォーズ様にも申し訳が立ちません! クリエレスア様にも顔向けできませんわっ……!!」
「…………また俺ではない名前が、あなたの口をついて出るのか……」
「閣下!!」
「嫉妬で狂いそうだが……仕方がない。今だけ引き下がろう…………あなたを困らせたくはない」
そう言って、閣下の唇が離れて、閣下の体も離れていく。
けれど、すでに閣下の熱にすっかり絆されてしまった私は動けない。体が熱くて、荒く息をするのがやっと。
触れられたところには、まだその時の感触が焼き付いている。甘く溶かされた記憶で、胸の奥がさらに熱くなる。
もう……これから夜会だと言うのに……体が痺れて力が入らない。
暴れたせいか、それとも驚いたせいか、それとも、まだ慣れない愛情に晒されたせいなのか、微かに涙が滲んで、ぼんやりしている私の首に、閣下は美しい宝石で彩られた首飾りを巻く。魔力と魔法で細工されたものだ。輝かしい光を放つ宝石がいくつも連なり、私の首元を守っていた。
「……閣下……? これは……?」
「口づけの跡を隠すためのものだ」
「はい!!??」
「冗談だ」
「か、閣下……冗談がすぎます…………」
「散々俺の思いを冗談だなんだと言われた仕返しだ」
「……っ!」
生まれた熱を抑えるように、冷たい宝石が私の肌に触れている。軽くつまみ上げると、それは光を反射して輝く。
「それは、あなたを守るために用意した。守護の魔法を重ねてかけたものだ。キスの痕を残せないのは悔しいが……今はそれで我慢しよう」
そう言って、閣下は私の手を取る。
「そうだ。まだあったな……」
「え?」
「あなたが俺の手を取らない理由だ。奴隷のように扱われる自分の何が好きなんだ……だったか?」
「あ……」
そういえば、そんなことを言った。
もう……敵いません。そんなことまで覚えているんだから。
戸惑う私に、閣下は微笑んだ。
「夜会が始まる。行こう……あなたのお披露目をしたい」
「閣下……」
もう恥ずかしくて、それでも閣下に腰に手を回され抱き寄せられては、顔をそむけることすらできない。これから夜会だというのに、すでに閣下しか見えない。
イールヴィルイ様は、私に振り向いて微笑んだ。
「思い知るといい……俺がどれだけあなたを愛しているか」
「……イールヴィルイ様…………」
この身をその腕に預けると、閣下は扉を開いて、私を連れて行った。
*極悪と罵られた令嬢は、今日も気高く嫌われ続けることに決めました。憎まれるのは歓迎しますが、溺愛されても気づけません*完
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