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第二章、二人の任務
11.なぜいないんだ
しおりを挟むそれからは、ダンドがずっとクラジュについていたようで、城の中は何も起こらず、平和だった。
午前中の間にセリューは、クラジュのしでかしたことの被害が他にないか見て周り、日当たりの良い部屋がスイカの皮で埋め尽くされていたので、シーニュに言って、そこへ掃除係を集めてもらい、厨房で被害を聞き取り、城に魔物の気配がないか見て周り、同時に、クラジュが破壊した物をリストアップして、足りないものを手配し、何も考えないようにしながらクラジュが使える新しい部屋を用意し、そこにあるものが破壊されないよう、多少乱暴に扱っても問題ないものに置き換えてから、夕飯時が過ぎた頃に、食堂へ向かった。
クラジュのしたことの後片付けをしながら城の雑務をこなすのはいつものことなのだが、今日は朝からクラジュを怒鳴りつけたせいか、ひどく疲れた。
疲れた顔で誰もいなくなった食堂に入ると、すぐに料理長が出てくる。
「お疲れ様さん。今飯かい?」
「はい。遅くなってしまいました」
「執事ってのも大変だな。ちょっと待ってな」
彼は厨房の奥から、サンドイッチと、スイカのゼリーを持ってきてくれる。
「今朝は助かったよ。あの猫を止めてくれただろう?」
「いえ……仕事ですから……」
「……セリュー?」
「はい?」
「どうかしたか?」
「何がですか?」
「随分元気がないじゃないか。疲れたのかい?」
「いえ…………何も。ありがとうございます。いただきます」
礼を言って受け取り、セリューは食堂の椅子に座った。
ぼうっと外を見ていると、窓の向こうの雲がゆっくりと満月を隠していく。静かでのんびりとした夜だった。こんなに静かな時間は久しぶりだ。
ダンドはまだ、クラジュと庭を回っているのだろうか。
城の平穏と静寂は、いつもセリューが求めているものなのに、いつも厨房に行けば、お疲れ様と言って食事を持ってくる男がいないと、少し寂しく感じる。
一人でサンドイッチをつまむ。すると、後ろから声をかけられた。
「セリュー」
振り向くと、食堂の入り口にダンドが立っている。
彼の背中に隠れて、クラジュもいた。ドジで離れていくことを防止するためだろう、ぎゅっとダンドの手を握っている。いつも騒がしいくらいにチョロチョロ動き回るのに、今はぐったり疲れたような顔をして俯いていた。普段はつけていないエプロンをつけて、それは少し汚れていて、髪も乱れている。
「どうした? その猫は……」
「ちょっとだけお仕置き。庭の掃除したんだよね?」
ダンドに言われて、クラジュはうなずいて答える。この猫に掃除など、できるはずがないのだが、この様子を見ると、ダンドが後ろにぴったりついて手取り足取り教えたのだろう。そして、そういう時のダンドはかなり厳しいことも、セリューは知っていた。
どうやら、ダンドもああ見えてだいぶ怒っているらしい。
クラジュもさすがに反省したようだが、だからといって、腹の虫が治まることはないし、ダンドがずっとこの猫についていたかと思うと、何となく腹立たしい思いだった。
感情を抑えながら食事を続けていると、ダンドがリボンのついた小さな紙袋を渡してくる。
「はい。これ」
「なんだ?」
「朝渡そうと思ったのに、セリュー、行っちゃうから」
紙袋の中からは甘い匂い。ダンドが紙袋を開くと、可愛らしくクリームでデコレーションされたドーナツが並んでいた。
「朝食、食べてないだろ?」
「……ああ。ありがとう……」
すぐに手がのびそうになるが、彼の笑顔を見て、ハッとなった。そもそも、朝食を食いっぱぐれたのは、彼のせいではないか。
受け取りかけた手を止めて、じっと彼を睨み付ける。すると、ダンドは首を傾げた。
「どうしたの? セリュー」
「……昨日のことを許したわけじゃないぞ」
「分かってる。セリューが嫌がるならしないよ」
「……」
どうやら、今朝こちらが言ったことは全面的に飲むつもりらしい。
それでも釈然としない思いは残るが、セリューはドーナツを受け取った。
ダンドのドーナツは、セリューの一番の好物だ。セリューの好みに合わせて、甘めに作ってくれているらしい。
早速紙袋からドーナツを取り出そうとするが、すぐそばにいるクラジュのことが気になる。どうやら甘い匂いのする紙袋の中身が気になって仕方がないようで、紙袋をじーっと見て、しっぽを振っていた。
朝からスイカまみれにされた上に、大好物のドーナツまで取り上げられてはたまらない。さっと、紙袋をクラジュから遠ざける。それでも、クラジュは紙袋から目を離さない。
するとダンドが、厨房の奥から別の紙袋を持ってきてくれた。
「クラジュ、これ、兄ちゃんと食べておいで」
「え!? いいの!?」
「うん。もうすぐ迎えにくると思うよ」
言われてダンドと一緒に食堂の扉に目を移すと、ちょうど、クラジュの兄であるディフィクが、勢いよく扉を開けて顔を出したところだった。
「兄ちゃん!」
駆け寄るクラジュには目もくれず、ディフィクはセリューとダンドに駆け寄り、二人の前に土下座する。
「申し訳ございませんでしたあああああああっっ!! 今朝もクラジュがとんでもないご迷惑をおかけしてしまってっ…………ほんっとうに申し訳ございませんっ!! 今回のっ!! 今回の被害はっ……被害額はいくらほどに…………ま、魔法で直せないものはっ……あ、あったので……あ、あ、ありま……したか?」
「……ありません。スイカが飛んだ程度ですから……掃除をすれば終わりです」
セリューが答えると、ディフィクは胸に手を当て顔を綻ばせた。
「そ、そうですか……よかった……い、いえ!! 喜ぶわけではないのですがっ……ほ、本当に申し訳ございません……ご迷惑をおかけしました」
「いいえ……あなたが謝ることはありません。今日から、この猫のしつけは私がいたします。ですからもう、何も心配しなくていいのですよ」
本気で言ったのに、後ろからダンドに頭をこん、とこづかれてしまう。
「クラジュのしつけはオーフィザン様がするの。セリューはダメ」
「だが、オーフィザン様は甘すぎる。その猫はもっと」
「はいはい。じゃあ、ディフィク、頼んだよ」
ダンドが促すと、ディフィクは深々と頭を下げ、クラジュを連れて出ていった。
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