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「やっぱり俺にはお前がいないとダメだよ。お前もそうだろう、葵?」
  男が下卑た顔で葵に尋ねる。そんなわけないと否定したいのにDomにコマンドを受けた体は動かない。
「また俺とイイ事しよう?お前は痛めつけられのが好きだもんなぁ?」
  相変わらず濁った汚い目で葵を見て問いかける男を葵は動けないながらもキッと睨んだ。
「チッ、さっきからそんな目で睨むなよ、Subのくせに!」
  Kneelの姿勢から動けないでいる葵の腹部を男が思いきり蹴った。
「うっ……!!ごほっごほっ…」
  男の重い蹴りを受けた葵は鈍い痛みに呻きながら咳き込んだ。しかしその痛みのお陰か、葵は思考がクリアになり自分がすべき事を考えられた。
(逃げなきゃ!)
  葵は動くようになった口を開いて男に話しかけ、隙をうかがった。
「…奥さんはよろしいんですか?僕たち、もう会わないはずでは?」
「なんだ、拗ねてるのか?あんなやつ、しばらく遊ばず家に帰って機嫌を取ってればコロッと機嫌を直したよ。」
  男が笑いながら言った。
「そうなんですね。……でも、あれ、奥様じゃないですか?」
「は?」
  葵が裏通りを指差しながら言うと、男が驚いてそちらを振り返った。

(今だ!)
  葵は震える足で立ち上がり、男の見ている方と反対側へと無理やり足を動かした。葵は小柄で身軽だし、営業職なので脚力と体力には自信があった。対して男は、見た目は悪くないが取引先の病院の医者だし、中年だ。
(いける…!)
  葵は薄暗い路地から大通りに向かって走った。走って、走って、あと少しで表通りだ、というところで後ろから強烈な視線が飛んできた。
(!!!)
「"Stay"!!」
  男のGlareを浴びて一瞬止まった葵に男がコマンドを発した。先程は抵抗できたコマンドだったが、Glareを出しながら使われ葵は再び動けなくなった。それどころか、全身が震えて目眩がする。遂に立っていられなくなった葵の体を男が受け止め、また路地の奥へと引っ張った。
「おい、お前何しようとした?」
  葵はGlareに当てられて言葉を発することもできない。
「答えろよ!」
  男が葵の頬を殴る。自分でStayを命じておいて、そのまま質問して答えられなかったら殴るとは理不尽な話だ。男はそのまま葵の腹を殴り、蹲るとその背中を蹴られた。しばらくそのまま無言で暴行を受け続けると、男が葵の胸ぐらを掴んでGlareを発しながら葵と目を合わせた。
「葵、さっきどうして逃げようとした?前は俺に何をされても従ったじゃないか。もううちの病院との取引はいいのか?それとも他に何か理由があるのか?…"言え"。」
「っ!…ぅ…あっ、ぁやとさん以外とは、したく、ない…」
「あやと?誰だそれ。新しいDomか?」
  男はGlareをを強めて葵に問うた。
「うっ……パートナー…です。」
「俺と別れたとたん別のDomに尻尾振ってるのか?呆れた淫乱だな。…だが、お前はそれを理由に俺を拒める立場なのか?よく考えた方がいい。」
  男は顔に不快感を滲ませながら葵に言った。葵のことをまだ何でも自分の言うことを聞くSubだと思っているらしい。
「…いやだ…僕は、もう、あなたの言いなりにはなりたくない!」
「舐めた口聞いてんじゃねえよ!」
  男が掴んでいた葵の胸ぐらを離し、地面に葵を放ってその華奢な肩を足で踏みつけた。
「お前は俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ!」
「うっ…ぐううぅ……!!」
  葵が苦痛に顔を歪める。さらに強くなったGlareに体はガタガタ震え、堪えきれなかった涙がこぼれたことで男はやや溜飲を下げた。
「ふっ、そうそう、葵は泣き顔がかわいいんだよなぁ。えっろい顔しちゃって。葵、"Stay"だ。ほかのDomに媚びたお仕置きをしてやる。」
  男が葵のシャツを無理に引き裂き、葵の胸を触った。
「相変わらず白くて細くて、そそる体してるなぁ。」
「ううっ…」
  葵は震えも涙も止めることができず、されるがままになるしかない。
(前は乱暴にされても無理矢理犯されてもどこか諦めてたのに…今はこんなに嫌だ。暴力はふるわれても、それだけは絶対に嫌だ。)
「葵、舐めろ。"Lick"だ。」
  男が自分のモノを出して葵に言う。葵は抵抗しようと顔を背けるも、男が葵の細い顎を掴んで無理に目を合わせた。
「お前は本当にダメなSubだな。コマンド1つ聞けないのか?…そうだ、お前にはこれをやるよ。」
  男が葵の口に錠剤を無理にねじ込み、鼻と口をふさいだ。
(なに?!)
「"飲め"」
  男が葵と目を合わせ、またGlareを向けながら葵に命令する。もう何度もGlareを向けられ無理に命令をきかされ、しかも命令に逆らっていた葵はもう限界だった。極めつけにDomから己を否定する言葉を吐かれ、何かも分からない薬を口に含まされたまま息ができない。葵はストレスと恐怖から涙をぽろぽろ溢しながら喉を震わせ錠剤を飲み込んだ。
「飲んだな。それはSub性を強める薬だ。即効性もあってよく効くうちの新薬だぞ、感謝しろよ?…葵、言うことを聞け。"Lick"だ。噛むなよ。」
  薬を飲み込んでしまってから葵は頭が真っ白になり、もはやなにも考えることはできない。あるのは『Domの命令を聞かなければならない』ただその本能だけだ。

  葵は虚ろな瞳で男のモノに舌を這わせた。葵はそのまま無意識に綾人に教えられたやり方で舐めた。すると突然男が葵の頭を掴んで無理矢理奥まで咥えこませた。
「俺が教えてやった舐め方、もう忘れたのか?やっぱりお前はでき損ないの可哀想なSubだ。今の相手もお前では満足してないんじゃないか?お前の相手をしてやれるのは俺だけだ。」
  そう言い男は葵の口を使って自分勝手に自身を扱きだした。

ぢゅぽ、ぢゅぽ、じゅぷっ、じゅぷっ………

  どんどん激しさが増し、葵の喉奥まで太いモノを突っ込まれる。
「う”っぐっ、うぇっ、かはっ、はひゅっ…」
  葵が息苦しくなって小さくえずく。本格的に呼吸ができなくなって葵が過呼吸のような状態に陥ると、男が口からモノを抜いた。
「チッ、面倒なやつだな。もういい。"後ろを向け"。」
  葵は呼吸を乱しながらも本能的に体を動かし、男の命令に従った。
「葵、"Strip"だ。下着も脱いで尻を晒せ。」
  葵は震える手でベルトを抜き、スラックスに手を掛けた。
「お前は他はダメだが後ろの具合だけは良かったからな。お前も好きだろう?気持ちよくしてやるよ。」
  男が葵にそう言ってにたりと笑い、葵がぼんやりとした頭で何もかもを諦めた、そのとき。
「あお!!!」
  葵の耳に聞きなれた優しい声が届いた。と同時に葵は男から引き離され、嗅ぎ慣れたシトラスの香りのする暖かい体に抱きしめられた。そこで安心して、葵は意識を手放した。










  綾人は腕の中でぐったりと意識を失った葵を見て、全身の血が煮えたぎったように感じた。
「お前誰だよ?!邪魔をするな!」
  男が苛立った口調でGlareを撒き散らしながら綾人に叫ぶ。綾人の顔は月の光が逆光になって男には見えないらしい。
「邪魔?あなたこそ、俺のあおに何してるんですか?」
「ひっ…!」
  綾人が男のものよりも強いGlareをまっすぐに男だけにぶつける。すると男は本能でDomとしての強さの違いを感じ取ったのか、小さく悲鳴をあげて尻餅をついた。それによって綾人の顔が男にも見え、続いて男が叫んだ。
「か、神木綾人?!」
  男は曲がりなりにも医者だ。男もそこそこ大きな病院の医者だが、綾人はもっと大規模の有名な病院の天才ドクター。医師の間ではあまりにも有名だった。
「なんで葵なんかのパートナーに…?」
  男は自分の呟いたことが失言とも知らず、口にしたとたん綾人が片手で男の胸ぐらを掴みあげ、視線を合わした。
「お前ごときがあおの名前を口にするな。」
  そう言って綾人が男から手を離した。綾人の全開のGlareを浴びて男は腰を抜かし、失禁した。それを冷たい目で一瞬眺め、興味もなさそうに目を逸らして綾人が極めて事務的に言った。
「もうそこに警察が来ています。逃げられないでしょうが、大人しくしていてください。それから…」
  もう一度綾人がGlareを纏わせながら男を睨み、言った。
「"もう二度と、この子に近づくな。"」
  綾人は男がなにも言葉を発せないままにこくこく頷いたのを見て、男に背を向け葵を抱えあげた。そして腕の中の葵を愛しげに見つめ、泣き腫れた瞼にキスを落とすと通りの方へ去って行った。
  気づけば辺りにはサイレンが鳴り響いていた。綾人と入れ違いで警察がやって来て、男は連行された。しかし、強いDomからのDefense行為による全力のGlareを一身に浴び続けた男はもうまともと呼べる状態ではなく、廃人のように虚空を見続けていた。










  その後綾人は簡単な事情聴取を受け、葵を気づかった警官たちに一旦家に帰らせてもらった。また後日詳しい話をしに警察に行くことになるが、今は一刻も早く傷を手当てして、葵をcareした方がいいだろう。そうして綾人は車の後部座席に葵を寝かし、車を発進させた。
(少し触った感じだと、骨は大丈夫そうだったけど腹部の傷はかなりひどいな。それに全身の擦り傷と打撲の数が尋常じゃない。)
  痛々しい傷痕が多く残る葵の華奢な体見て綾人は顔を歪めた。
(臓器の位置は外してあるようだけど、腹部打撲が心配だな…一応病院に連れていくか。)
  念のために検査をしておこうと考えた綾人は、自分の勤める病院へと車を走らせた。

  病院に着いた綾人は葵を抱えたまま先程までいた勤め先の病院の職員用の入り口から入りナースステーションに顔を覗かせた。そこにいたのは夜勤で入っていた顔見知りの、若々しい見た目だが50代のベテラン医師とも知り合いという実年齢不詳の看護師長だった。
「あら、どうしたの?神木先生。たしかさっき退勤したばかりじゃない?」
「丁度よかった。少し診察室に用事ができて。俺がいつも使ってる部屋に今誰か入ってるか見てもらえませんか?」
「神木先生の診察室?あんなマニアックな機材ばっかり置いてある先生の趣味のための部屋みたいなところ、誰も使ってないですよ。というか、その子…?」
  師長が葵の腫れ上がった左頬を見てぎょっとして言った。師長には綾人の雰囲気が変わったとかで葵のことは喋らされている。あの時は根掘り葉掘り聞かれて大変だったが今はむしろ都合がいい。
「…パートナーです。ちょっとトラブルで怪我をしてしまって腹部の打撲が酷いので検査のために部屋をつかってもいいですか?」
「そういうことなら早く言いなさいよ!はい、鍵!また何かあったら言いなさいよ。」
  師長に礼を言って鍵を受けとり、綾人しか扱えないような機械が多数置かれており、綾人の趣味と実益を兼ねたまさしく『神木先生の診察室』となっている部屋に入り、葵を診察台に下ろした。
  綾人は葵の全身を丁寧に診察し、怪我の箇所と程度を探った。
(全身見たけどやっぱり腹部が酷いな。複数回やられてる。)
  複数打撲はたとえ軽度でも臓器に損傷があり、出血している場合もあるので綾人は超音波検査など、複数検査を行い内蔵にはダメージがないことを確認した。
(よかった…。やっぱり臓器の位置は外してたみたいだな。)
  だからといって無事と言うわけでは全くなく、腹部は大きく痣になっている。他にも頬、肩、背中、腕など至るところが傷だらけだ。
(肩もヒビははいってないし脱臼もしてない。)
  様々な検査の結果を確認して綾人は息をついた。葵は頬が腫れていたり擦り傷だらけだったり、見た目こそボロボロだが、大きな怪我は腹部と肩だけでどちらも内部までは損傷していない。綾人は葵の打ち身が酷い場所を冷やして固定した。
(これから熱が出るかもしれないから気を付けておかないといけないけど、ひとまず体は大丈夫そうだ。)
  あとはメンタルの問題だ。臓器からの出血や骨折等がなかったことは確かめられたが、こちらもかなり深刻だと考えられた。今は眠っているが、careもしないままに意識を失っているだけなので、このままでいると起きたときが辛い。倦怠感、体調不良、鬱症状など様々な症状が現れ、最悪の場合はストレスから自殺するSubだっている。せっかく眠っているが、起こして早めにcareを行った方がいいだろう。
(careを行うなら知らない場所よりあおも慣れてる俺の家の方がいいな。うちだったら点滴とか簡単な器具ぐらいならあるし。)
  綾人は治療を終え、眠ったままの葵をもう一度抱きかかえて診察室を出た。










  自分の部屋に葵を連れて帰った綾人はまず葵のボロボロになった衣服を脱がし、洗面器に湯を張りタオルを濡らして葵の全身を拭いた。擦り傷のある場所も土を払うために丁寧に拭き、小さな傷を一つ一つ消毒して化膿しないように処置した。
(せっかく前の傷痕が治ったのに、また傷だらけだ)
「もう少し早く着いてたら…」
  綾人は悔しげに呟いた。
  全ての傷を手当てして、引き裂かれた服を見えないようにビニールに入れて隅にやり、脱がした服の代わりに綾人のスウェットを着せ、なるべく事件を思い起こさせるもののないようにした。それから葵を綾人の膝の上に向かい合わせるようにのせ、優しく葵を起こした。
「あお、起きて。家に着いたよ。」
  傷に触らないように優しく葵に呼び掛ける。しかし葵は疲れからか熟睡しているようでなかなか起きない。
(寝顔見てたら起こすのかわいそうだな…)
  しかし今起こさないと後で痛い目を見るのは葵だ。
「あお、聞こえる?俺だよ、起きて。」
「…ん………あやとさん…?」
「うん、起きれる?」
「ん…ここは…?」
  葵が眠そうな声で綾人に尋ねた。
「俺の家だよ。」
「あやとさんの家…あれ、僕………ぁ…」
  葵の意識がはっきりしてきたようで、葵の体が震え始めた。
「あの人は……?」
「あお、大丈夫だよ。あの男は警察に引き渡したし、もう二度と関わってくることはないから。」
  綾人が葵を胸元に引き寄せて背中を撫でた。しかし、葵が体を起こしてぱっと口を抑える。
「僕、あの人にっ、」
「あお?…気持ち悪い?」
  ふるふると頭を振り、口を押さえながら震えを大きくしてぽろぽろと涙をこぼす葵を見て、何をされたのか察した綾人は眉を下げて言った。
「早く行けなくてごめんね……口をゆすぎにいこうか。」
  膝の上にのせたままの葵をそのままの体勢のままだっこして洗面所に連れていった。

「あお、立てる?」
「ん…」
  葵を下ろすも力が入っていない葵が倒れそうになり、綾人がそれを支えた。綾人に支えられ、葵が何度も口をゆすいだ。綾人はその痛ましい様子を見守り、ある程度のところでそれを止めた。
「あお、もういいよ。戻ろう。」
「ひっく、あやとさん…」
「怖かったでしょ、もう大丈夫だよ。」
  綾人が葵を来たときと同じように抱き上げ、軽いキスを落とした。
「あやとさん…!僕、きたない…」
  葵が綾人を押し返しながら言った。
「今ちゃんとゆすいだでしょ?それにあおは汚くないよ。」
  綾人はもう一度、葵の擦りすぎて赤くなった唇に口付け、リビングに戻った。

  リビングに戻ってきた2人はまた同じ体勢でソファーに座った。
「よく頑張ったね。あお、"Goodboy"」
  いい子、えらいよ、と抱きしめながら褒めて頭や背中を撫でた。しばらくそうしていたが、震えが落ち着いてきた頃、葵がそっと身を起こし綾人の方を不安げに見ながら言った。
「…でも、僕、ダメなSubって…」
「あおはいい子だよ?」
「…あやとさんは、僕で、満足してくれてますか?」
「え?」
「……僕が、できそこないの、かわいそうなSubだから、今のDomもきっと満足してないって…。」
  葵が眉を垂れさせ、色素の薄い瞳に涙を溜めながら言った。
「あお、絶対そんなことないから。俺はいつもあおがかわいく蕩けてくれるからすごく満足してるよ。」
「……」
「あお、あの男が言ったことは全部忘れて。あおは俺とあいつ、どっちの言うことを信じるの?」
「それは…あやとさんです。」
「でしょ?だから、あおはいい子なんだよ。あおは俺の自慢のパートナーだよ。」
「うぅ……ありがとうございます…」
  葵は赤くなった顔を隠すようにもう一度綾人の胸元に顔を埋めた。
「ふふ、照れてるの?耳が真っ赤だよ。かわいいね。」
「う”……」

  葵は男に言われて不安に思っていたことが解決して安心した。すると頭がクリアになってきて今の体勢が急激に恥ずかしくなってきた。
「あ、あの…もう大丈夫なので、下ろしてくれませんか?」
「なんで?」
「え?」
「俺は離したくないなあ。」
  綾人が言いながら葵を抱く力を少しだけ強める。
「っ…!」
  葵は余計に恥ずかしさが増してしまい、誤魔化すように綾人に気になっていたことを質問した。
「そ、そういえば綾人さん、どうしてあそこに?」
「あぁ。俺、電話したでしょ?あの時それが通話中になってて、詳しくは聞き取れなかったんだけど、あおが何かに巻き込まれてるって気づけたんだよ。」
「そうだったんですか。」
  葵は仕事や飲み会の時は基本的にスマホをマナーモードにしておくので、あの時も男に電話が掛かってきたことを悟られず、一瞬触れたスマホが通話中のままになっていたらしい。まさに不幸中の幸いだ。
「助けに来てくれて、ありがとうございました。」
  葵は伝えそびれていた感謝の気持ちを述べる。
「ううん。遅くなってごめんね。」
「いえ、最後まではされてませんし…むしろ来てもらえていなかったらどうなっていたか…。」
  葵が連れ込まれた場所は暗い路地の奥で、あんなところ人がたまたま通るわけなどない。もし綾人が助けに来なかったらと思うと葵は身震いした。
「……あれ、そういえば、よく場所が分かりましたね。細い路地の奥で、人通りもなかったのに。」
「………」
「綾人さん?」
「……引かないで聞いてくれる?」
「はい?」
「…こないだうちに泊まりに来たとき、あおが寝てる間にスマホにGPSのアプリいれてたんだ。」
  綾人が罰の悪そうな顔で葵を見る。葵はきょとん、としたまま綾人を見ていた。
「前の男の話聞いて、万が一何かあったらって心配になっちゃって…勝手にごめんね?」
  普段は使ってないから、等と言い募る綾人に葵は噴き出した。
「ふはっ…ふふ、そんなに焦らなくても。ちょっとびっくりしただけで、結果的に助かりましたし、別に大丈夫ですよ。引いてません。」
  くすくす笑う葵に綾人が胸を撫で下ろす。
「……良かった。パートナー解消しようとか言われたらどうしようかと思った。」
「言いませんよ。」
  なおも笑いながら言う葵に、綾人がいろいろな意味で安心して、やっと一息ついた。

「あお、いろんなとこ怪我してて痛いと思うんだけど、頭痛いとか、気持ち悪いとかない?ちょっとでも違和感あったらすぐ言ってね。」
  綾人が葵に向き直り、真剣な顔で言った。検査はしたが腹や顔などにも暴力を受けているので油断はできない。
「ん、ちょっとヒリヒリするけど大丈夫ですよ。治療も、ありがとうございます。」
「結構大きな怪我で、これから熱が出るかもしれないから、care終わったら痛み止め飲んで早く寝よう。俺が処方した薬があるから。」
  続きする前に水飲める?と言う綾人に頷いて渡された水を受け取り、喉を潤す。

(そういえば…)
  葵は綾人を見て思い出したことを言った。
「そういえば僕、あの人になにか薬を飲まされて…」
「え?!」
「あ、いや、もうなんともないんですけど。一応言った方がいいかなあと思って…」
「どんな薬だったか思い出せる?錠剤?粉?液体?」
「あ、錠剤です。Sub性を強めるうちの新薬だって言ってました。無理矢理飲まされて、それで頭がぼんやりして抵抗できなくなって…」
「××病院の新薬でSub性を強める薬か…。Sub性があまり強くないSubが上手くプレイ出来るようにするためのあの薬だな。だったら常習性はないし副作用も確認されてないはずだけど…あれまだ認可されてないやつだろ?なに考えてるんだ。やっぱり警察なんかに引き渡さず臓器でも取り出して売ってやれば良かったか……」
  綾人が薬の情報をブツブツ言いながらどんどん物騒なことを口に出しているのだが、葵はいまいちよく聞き取れなかった。
「あやとさん?」
「…なんでもないよ、こっちの話。うん、その薬なら副作用とかないはずだけどもし何かあったら絶対言ってね。ダイナミクスのホルモンが乱れるかもしれないから、careするけど体調以外でもおかしいと思ったらすぐ言って。」
「は、はい。」
「それと…言いたくなかったらいいんだけど、他にも何されたか教えてくれる?怪我も全部見たけど、ほかにもまだなにかあるかもしれない。」
  綾人が心配そうに言った。葵はやや戸惑ったが、綾人の心配そうな顔を見て全て話すことにした。

  葵の話を辛そうにしながらも全て聞いた綾人は、葵を抱きしめもう一度賛辞の言葉を送った。
「よく我慢したね、ちゃんと帰ってきてくれてありがとう"Goodboy"。あおはほんとにいい子だよ。」
  しばらく怪我を気づかって力加減された腕に抱かれて、大好きなシトラスの香りに包まれた葵は無事この腕の中に帰ってこれて良かった、と思いながら腕の中の暖かさを堪能した。
「あお、俺に警察の知り合いがいて、今日もその人に後を任せてあるんだけど、いま教えてくれたことをそいつに話してもいい?」
  そうするともう後からその話をしなくてよくなると思うんだけど、と言う綾人に葵も承諾した。
「はい。それなら、お願いします。」
「じゃあ俺はちょっとだけ電話してくるから、待っててくれる?あおから見えるところで電話するし、すぐ戻るから。」
「ん、大丈夫です。」
「いい子。ありがとね。」










  綾人が葵の頭を撫でてベランダに出た。周りのビル群より高い位置にあるマンションの最上階から見える美しい夜景に背を向け、中で待っている葵に手を振りながら電話を掛けた。
「もしもし。」
「神木か、どうした?あの男なら今は取り調べ中だぞ。…しっかし余罪はぽろぽろ出てくるし、今まで権力を盾にいろいろ揉み消してたみたいだな。お前の『あお』ちゃんは大丈夫だったか?」
  電話の相手は甲斐 晴臣(かい はるおみ)。綾人の高校の同級生だ。甲斐と神木でたまたま席が前後になったことで知り合い、当時から海外の大学で学んで医者になることにしか興味がなかった綾人の、学生時代からの数少ない友人だ。晴臣は当時から警察官になるのが夢で、その夢を実現した彼はキャリアコースでありながらも現場での活躍や実務の功績を多く挙げていることから、今は警視正を務めている。
「ああ。傷は俺が処置したから問題ないだろうしメンタルの方も思ってたよりは大丈夫そうで安心したよ。」
  それから綾人は葵の話を全て晴臣に話した。晴臣は内容の下劣さに顔をしかめながら綾人の話を聞いた。
「なるほど…こういうもんは何度聞いても気持ちのイイもんじゃねえな。情報ありがとな、助かる。」
「ああ。それと、薬も使われたらしくて。ちょっと調べてみてくれないか?おそらく去年開発された××病院のSub性を強める新薬だと思うんだが。まだ認可されてないしこれも余罪に上乗せしてくれ。」
「まじか、とことん下衆だな…。分かった。荷物は押収してるからすぐにわかると思う。分かり次第連絡する。」
「ありがとう。それから…」
  綾人は、男が綾人に出会うまでの葵にしてきた仕打ちについても話した。
「おいおい、思いっきりSub保護法違反じゃねえか!しかもそれどころか普通に強姦だろ!!」
「その後も取引をだしに脅していたらしい。××病院といえば一応大きい病院だからな…。まぁ、そんなやつだから叩けばまだいろいろ出ると思う。」
「だな。久しぶりに俺直々に行って、洗いざらい吐かせてやるよ!」
「本当なら俺の個人的な研究の実験台にでもなってもらいたいとこだったんだけどね。まあ、後は頼んだよ。」
「…こっわいなぁ。『あお』ちゃんひびらして逃がすなよ?」
「はは、冗談だよ。それにあおを逃がすわけないだろ?」
「……はぁ、お前のことだしそれもそうだな。また連絡するからお前も早く戻ってやれよ。」
「そうする。恩に着るよ、甲斐。」
  綾人は電話を切って己の愛しいSubのもとに向かった。










  葵はベランダで電話をしながら微笑みを浮かべて葵を見つめ、時折こちらに手を振る綾人に手を振り返したりして綾人を待った。
(どんな話してるのかな…)
  ぼうっと綾人を見つめながら葵は先ほどまでのことを思い出した。
(自慢のパートナーって、言われちゃった…)
  男に襲われて、またDomから自分を否定されて、落ち込んでいた葵は綾人の一言で不安が嘘のようになくなり、今はそのおかげで幸せな気持ちですらある。
(最悪の日だって思ったけど、綾人さんが助けに来てくれたし。心配かけちゃったのは申し訳ないけど、綾人さんにそう言ってもらえただけで何でもよくなっちゃった。)
  葵が綾人の温もりの残る体を両手で抱きしめた。
(あ、服も変わってる…体も、拭いてくれてある?)
  びりびりに破かれた服が変わっており、秋口に差し掛かり冷える夜を思ってか、前回とは違い薄手の黒の長袖スウェットを着せられていた。その上、あんなことがあって砂や埃が付いていた体もさっぱりとしていることに気がついた。
(綾人さんがやってくれたのかな?)
  葵は小さな傷まで一つ一つ丁寧に手当てされているのを見て頬を緩めた。
(………好きだな。綾人さんのこと。)
  小さなかすり傷にも消毒されて絆創膏が貼られているのを見て突然すとん、とその言葉が自分の中で府に落ちた。恋愛映画を見て綾人のことを考えたり。プレゼントにアクセサリーを買っているのを見てもやもやしたり。ほかにも、気づいたらずっと綾人のことを考えていた。今までのその気持ちが、『綾人が好き』という理由からくるものだとすると全て解決する。
(うわ…僕、ほんとに綾人さんのこと、好きなんだ…)
  葵は顔を真っ赤にしたまま綾人の方をちらりと見て、目があって微笑まれ驚いて目をそらし、大きすぎて萌え袖になっている袖で顔を隠した。
(…あ、このスウェット綾人さんの匂いがする)
  スウェットから綾人のシトラスの香りがして、無意識にそれを嗅ぐように息を吸い込んだ。
(わ、これじゃ僕、変態みたいだ…!)
  慌てて手を顔から離し、顔をあげる。

「何してるの?」
「うわああぁっ!!」
  目の前には先ほどまで葵の頭を一杯にしていた綾人が微笑んで立っており、葵は飛び上がった。
「うっ…痛…」
「あお、急に動くと危ないよ。」
「う…すみません。」
  痛みで涙目になる葵を注意しながら綾人は葵の隣に座った。
「うん、驚かせてごめんね。それとさっきの話だけど、友人に話しておいたから。たぶんこっちから警察に行ったりはしなくても大丈夫だって。」
「あ、ありがとうございます。」
「どういたしまして。それであおは何をしてたの?」
「え……と、考え事?」
  葵は動揺して目を泳がせながら言った。
「…そう。何考えてたの?」
「え?!えーと、あやとさんのこと…です。」
  嘘は吐いていない。葵はずっと綾人のことを考えながら待っていた。葵がそう言うと綾人は少し驚いたあと嬉しそうに笑った。
「ふふ、俺のこと好きだなって考えてたの?」
「え………?」
  綾人がからかうように言ったとたん、葵が驚いたように目を見開き、顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
「え?」
  てっきり照れてかわいく否定するものだと思っていた綾人は、なかなか返ってこない返事を不思議に思い聞き返した。
「―――――なんで、それを…?」
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