玩具にされたぼくと、彼女の丸メガネ

清白 芹

文字の大きさ
22 / 25

22.再会

しおりを挟む
美咲ちゃんとぼくが結ばれたあの日から約2週間後の7月上旬。ぼくは美咲ちゃんと電車に乗ってボクシングジムに向かっていた。
電車の中で窓の外を流れていく風景をのんびりと眺めながら、ぼくはあの日のことを思い出す。


あの日、美咲ちゃんにはすぐにシャワーを浴びてもらうことにし、ぼくは服を着て部屋で待っていた。そして部屋に戻ってきた彼女は、「あ、忘れるところだった」と言って鞄から薬のようなものを取り出して飲んだ。それは長谷川さんからもらったという緊急避妊薬モーニングアフターピルで、24時間以内に飲むと高確率で妊娠を予防できるのだという。それで彼女の言っていた「妊娠しないお守り」の意味は理解できたんだけど、ぼくは複雑な心境になる。
美咲ちゃんはぼくと直接つながることでぼくの心と体を包み込んでくれた。そのまっすぐで純粋な「大好き」って気持ちは、お姉ちゃんの嘘の「大好き」の呪縛じゅばくを断ち切ってくれた。ぼくはもう過去におびえなくてもいい、美咲ちゃんと幸せな未来を一緒に生きていけるんだって心から信じられたんだ。
でも美咲ちゃん、さすがにアレは無茶しすぎだよ。ぼくはキミにお姉さんのように悩んだり、苦しんだりしてほしくはないんだ……。
「ゴメンね……わたし、ときどき自分の感情を抑えられなくなっちゃって、無茶なことしちゃうんだ……。翔流かけるくんやさしいから、わたしのこと心配なんだよね……」
美咲ちゃんは本当に申し訳なさそうに、眉間にしわを寄せて頭を下げた。どうやら、あれこれ考えているうちに、ぼくはいつの間にか険しい顔をしていたようだ。
「ぼく……美咲ちゃんとつながることができて本当に嬉しかった。でもね。ぼくはやっぱり美咲ちゃんを大切にしたい。ずっと笑顔でいてほしいから……」
「ありがと……。翔流くんがわたしを大切に思う気持ち、ちゃんと伝わってるから……。それにね。わたしも翔流くんにいつも笑顔でいてほしいって思ってるんだからね」
美咲ちゃんはそう言って、澄んだ瞳をまっすぐに向けてくる。ぼくも彼女をまっすぐに見つめ返す。以心伝心いしんでんしんのぼくらは、心が通じ合ってるのを確かめるかのようにしばらく見つめ合っていたけど、やがて彼女は視線をそらし、遠くを見つめるようにしながら、ポツリとこぼした。
「えっと、実はね。わたし、お姉ちゃんの気持ちも、ちょっと知りたかったんだよね」
やっぱりお姉さんことを話すときの瞳は憂いを帯びていて、悔しさや寂しさが混ざりあったような複雑な心情が感じられる。
「お姉さん、まだ見つかってないんだよね……」
「うん……お姉ちゃんはまだ高校生なのに年上の彼氏とエッチして妊娠しちゃった。でもお姉ちゃんはとても頭のいい人だった。だから安易に妊娠するようなこと、するはずがないの」
「……それで、お姉さんの気持ちわかったの?」
「ぜんぜんわかんなかった」
そう言って面目なさそうな表情でうつむく美咲ちゃん。彼女にずっと笑顔でいてほしい。ぼくの心からの願いは、お姉さんが見つからない限り叶わないって現実をあらためて思い知らされる。
なんとかしてお姉さんに会わせてあげたいと強く思った。でも、まだ中学生のガキに過ぎないぼくには具体的にどうすればいいか思いつかなかったんだ。

でもそんなとき、ぼくに和真かずまさんからメールが届いた。
"大事な話があるんだ。今度の日曜、美咲ちゃんと一緒にジムに来てくれ。 -和真-"
短いメールだったけど、美咲ちゃんと一緒に大事な話といえば、やっぱりお姉さんのことだろう。ぼくはすぐに美咲ちゃんと連絡を取った。そして、日曜日の午後、2人で電車に乗ってジムに向かっているとわけなんだ。
「翔流くん、なんかデートみたいだね」
花柄の白いワンピースを来た美咲ちゃん。首のあたりまで伸びたショートヘアの髪には、ライトブルーのリボンがよく似合っている。ニコニコと窓の外を眺め、ウキウキと楽しそうなんだけど、ときどき不安そうな表情をのぞかせた。
「やっぱりお姉ちゃんのこと不安なんだね」
「あ、やっぱり顔に出てた?うん、お姉ちゃんのこと、何かわかったのは嬉しいんだけど、お姉ちゃん、今幸せなのかなって考えるとね……」
「そうだよね……。ぼくも和真さんに電話して探りを入れてみたんだけど、詳しいことは日曜日に話すって言うだけで、なにも教えてくれないんだよね。でも和真さんの話しぶりは深刻な感じじゃなかったから、きっと大丈夫だよ」
美咲ちゃんを安心させるために、明るい口調を心がける。
「うん、そうだね。お姉ちゃんなら大丈夫だよね」
そう言って彼女はカラッとした笑顔を見せてくれた。
「あ、そろそろ駅につくよ。まだ約束の時間まで余裕があるから、街をちょっとブラブラしていこうか」
「うん。デート気分を楽しもう。わたし、アイス食べたいなぁ」
そう言って美咲ちゃんはぼくの腕にギュッとしがみつく。柔らかい胸が腕にあたり、柑橘系のシャンプーの香りが鼻孔びこうをくすぐる。ドギマギするぼくを見て彼女は目を細め、ふふふっと笑う。ぼくはその笑顔に思わず口もとが緩む。やっぱいいな、こういうの。青春って感じで。


ぼくらはボクシングジムのある地方都市の駅で電車を降り、繁華街でデート気分を満喫してから、ジムのある古いビルの前までやってくる。
「おい、そこの兄ちゃん。オレらの前でイチャイチャするとはいい度胸だなぁ」
振り返ると、金髪で胸にドクロが描かれた赤いTシャツを着た若い男と、真夏なのにニット帽をかぶった大男が立っていた。彼らは顎を引くようにして、ぼくをにらみつけている。
「あ、赤沢さん、石黒さん、おはようございます」
「なんだ、翔流かよぉ。女に飢えてるオレらの前で見せつけんじゃねぇよ」
赤いTシャツの男こと赤沢さんは、ふてくされたように言い捨てる。ニット帽の大男こと石黒さんは、彼の隣でうんうんと静かにうなずいている。
「あっ、こんにちは。その節はどうも」
ぼくの後ろに隠れてようすをうかがっていた美咲ちゃんも笑顔をつくり、明るくあいさつをする。
「お、おう……」
赤沢さんは美咲ちゃんから目をそらし、石黒さんのほうをチラリと見た。バツの悪そうな感じだ。
彼らは約一年前、お姉さんを探し歩いていた美咲ちゃんに繁華街で声をかけ、人気のない路地に連れ込もうした高校生2人組だ。その後、和真さんの愛情あふれる教育的指導によってジムの練習生となった。更生はしてないかもしれないけど、現在はいちおう真面目にプロを目指して日々汗を流している。
特に体が大きい石黒さんはスジがいいらしい。和真さんいわく、元ミドル級日本チャンピオンだった自分を超える逸材とのこと。2人とも和真さんが恐ろしくてボクシングを始めたみたいだけど、いつかプロボクサーとして活躍する日がくるかもしれない。
「おい、お前ら、なに油を売ってんだ。そんな暇があったら早く中に入って練習しろ!」
ジムの前でたむろするぼくらに向かって叱咤しったの声が響く。和真さんだ。
「あー、うっせー。面倒くせぇな」
赤沢さんは金髪の頭をかきながら一階のジムに入っていく。石黒さんはぼくの肩をポンっと叩き、「じゃあな」と言ってから去っていく。ぼくらは入り口のほうに目を向ける。そこには三歳くらいの子どもを肩車している和真さんが立っていた。

「おう。少し遅刻だぞ。美咲ちゃんとデートでもしてたのか」
ぼくは頭の上の子どもに自然と目がいく。和真さんの髪の毛をワシャワシャとつかんで遊んでいる男児。よくなついている。親子って感じだ。
「あれ、その子って和真さんの隠し子ですか?」
その質問に彼は否定も肯定もせず、「まあその話は後でな」と言ってぼくらを二階の事務所へと連れて行く。事務所に入ると、奥にある応接セットのソファーに女性が座っていた。ロングヘアーの若い女性で、よく見ると丸いメガネをかけている。
「お、お姉ちゃん……」
ぼくの後に事務室に入ってきた美咲ちゃんが驚いたような声を発した。彼女はぼくの横を通り抜けて女性に駆け寄ると、ガバッと抱きつく。女性はそれをしっかりと受け止め、泣きじゃくる美咲ちゃんの背中をなでる。姉妹の3年ぶりの再会。ぼくはその光景を見つめながら、和真さんに尋ねる。
「和真さん、これってどういうこと?もしかしてその子って、美月みつきさんの?」
「ああ、一樹かずきっていうんだ。実は俺たち付き合ってるんだよ。将来、結婚しようって約束もしてる」
「えぇぇ!!」
ぼくはあまりの急展開に仰天ぎょうてんする。美女と野獣。そんな言葉がぴったりのカップルがいつの間にか誕生していたわけだ。でも、それならなんでいままで教えてくれなかったんだろう。


和真さんは、ぼくらにこれまでの経緯を詳しく話してくれた。
その話によると、実は和真さんはぼくからメールで画像を受け取ったあと、すぐに美月みつきさんを見つけていたらしい。和真さんは繁華街の裏通りにあるガールズバーに客として訪れたとき、見覚えのある女性を発見した。それが美月さんだったのだ。
そのときすでに美月さんは彼氏と別れ、一人で子供を育てるために繁華街で夜のアルバイトをしていた。美月さんは当時19歳。頼れる人が誰もおらず、子育てをしながら夜のアルバイトを続ける彼女に、和真さんは家に帰ることを何度も勧めた。でも、期待を裏切ってしまった両親に合わせる顔がない、美咲ちゃんにも迷惑はかけたくないという本人の意向を尊重し、しばらく内緒にすることにしたという。

でも和真さんは美月さんのことが放っておけなくて、知り合いツテで昼間の仕事を彼女に紹介したり、近くにアパートを借りるための保証人になったりといろいろ世話を焼いていた。
美月さんは子育てと仕事の両立で大変なことも多かったようだけど、和真さんは彼女のアパートに足繁あししげく通い、悩みの相談に乗ったり、一樹くんの世話を買って出たりしていた。
初めはぼくの依頼に対する責任感から彼女を見守っていた和真さんだったけど、若いのに懸命に子育てをする美月さんに心惹こころひかれるようになり、やがて彼女を一生守ってやりたいって思うようになったという。そんな生活が続くうちに一樹くんも和真さんを父親のように慕うようになり、3人は家族のような関係になっていく。でも美月さんは和真さんの人柄に惹かれつつも、一樹くんの父親のことをすぐには断ち切れなかった。
でもそんな彼女に、和真さんは自分の気持ちを押し付けるようなことはしなかった。ただ彼女の心が癒えるまで温かく見守り続けたんだ。そして、先日、美月さんは和真さんの気持ちを受け入れる決心をし、二人は結婚を前提に付き合うことになったというわけだ。


「……そして俺は、美月と一樹を一生守っていくって決めたってわけだ。これからいろいろ大変なこともあるだろうけど、俺は決してへこたれない。俺には愛するコイツらがいるからな」
そう言って和真さんは美月さんのほうをしばらく見つめ、それから事務所の床に座って車のおもちゃで夢中に遊んでいる一樹くんに、優しいまなざしを向けた。

美咲ちゃんはときおりハンカチで目頭を抑えながら、うんうんと小さくうなずきながら話を聞いていた。お姉さんの波乱万丈はらんばんじょうともいえる3年間。そしてそれを乗り越えてお姉さんは幸せになろうとしている。彼女の中ではいろいろな思いが去来きょらいしているのだろう。ぼくはそれを静かに見つめていた。
でも、話が終わると、美咲ちゃんは安堵あんどのため息を漏らし、落ち着いた表情を取り戻していた。そんな彼女を見てぼくも安堵する。よかった。美咲ちゃんが悲しむような結末じゃなくて……。

「まあ、久しぶりの姉妹の再会だから積もる話もあるだろう。俺らはトレーニングがあるからここでゆっくり話すといい」
そう言って和真さんはぼくを連れて事務所を後にする。ぼくはそんな和真さんの横顔を黙って見つめていた。なんだか覚悟を決めた男の顔って感じだ。美女と野獣。そんな印象はすっかり消えてしまっていた。ぼくの中で野獣は美女を命がけで守る騎士に変貌へんぼうしていたからだ。和真さんって素直にカッコイイなって思う。見た目は野獣のままなんだけどね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

俺の可愛い幼馴染

SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。 ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。 連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。 感想もご自由にどうぞ。 ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。

両隣の幼馴染が交代で家に来る

みらいつりびと
恋愛
両親がタイへ行く。 父親が3月上旬に上司から命じられた。4月1日からバンコクで勤務する。 うちの父と母はいわゆるおしどり夫婦というやつで、離れては生きていけない……。 ひとり暮らしの高校2年生森川冬樹の世話をするため、両隣の美しい幼馴染浅香空と天乃灯が1日交代で通ってくる。 冬樹は夢のような春休み期間を過ごし、空と灯は火花を散らす。 幼馴染三角関係ラブストーリー。全47回。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

お兄様「ねえ、イケナイ事をしよっか♡」

小野
恋愛
父が再婚して新しく出来たお兄様と『イケナイ事』をする義妹の話。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

処理中です...