玩具にされたぼくと、彼女の丸メガネ

清白 芹

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23.姉妹

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わたしはボクシングのトレーニングに向かう翔流かけるくんたちを見送り、事務所でお姉ちゃんと二人っきりになった。目の前にいるお姉ちゃんは、うちにメガネを置いてきたはずなのに、なぜか同じような丸メガネをかけている。
「あれ?お姉ちゃん、家にメガネ置いていかなかった?」
「ああ、これね。新しいの買ったんだよ。やっぱりこのほうが私らしいでしょ」
「うん。わたし、丸メガネをかけてるお姉ちゃん好きだよ」
「私、あの頃は無理してたんだって最近わかったんだ。大人っぽく見せるために背伸びしてただけなんだなってね。中身はただの世間知らずの女子高生なのに……」
お姉ちゃんは遠い目をしながらそう言ったあと、苦笑いをする。
「お姉ちゃん……」
小学生だったわたしにとって、高校生のお姉ちゃんは大人に見えていた。でもそうじゃなかったんだ。せいいっぱい背伸びをして大人になろうと頑張ってるお姉ちゃんを想像して、なんだか親近感がわいてくる。
「でも和真さんはね。そんなおバカな女子高生だった私の過去もしっかりと受け止めてくれたし、ありのままの私をいつも見守ってくれる。だからもう背伸びなんかしなくていいの」
和真さんのことを語るお姉ちゃんは、とても嬉しそうだった。いろいろあったみたいだけど、今は幸せなんだなって感じてホッとする。でもやっぱり気になるのはこれまでのいきさつだ。
「お姉ちゃん。どうしてこんなことになっちゃったの?わたし、ずっと心配してたんだから」
ずっと気になっていた疑問を単刀直入たんとうちょくにゅうに切り出すと、
「美咲は男の子とセックスしたことある?」
メガネの奥の目は細められ、ニヤニヤしている。わたしは突然のオトナの話題に戸惑ってしまう。
「えっ、唐突に何を言い出すの?」
まっすぐに向けられたお姉ちゃんのまなざしは真剣そのものだ。わたしはお姉ちゃんには嘘をつけない。
「うん……したこと、あるよ」
「ふうん。それって翔流くんでしょ?」
「なんで……わかるの」
お姉ちゃんに指摘され、顔が火照ってくる。
「美咲を見てればすぐにわかるよ。彼のこと大好きって気持ちを全身から発散してるから」
「えー。わたしってそんなにわかりやすいかなぁ……」
「うん、すっごくわかりやすいよ。でも、それっていいことだと思う。特に美咲を好きな人にとってはね」
わたしを好きな人……。翔流くんの顔がまず思い浮かぶ。それから祐佳たちの顔も。
「う~ん。お姉ちゃんの言ってること、わたしにはよくわかんないよ」
「大人になると、本心を隠すのがうまくなるんだよ。それが悲惨な結果を招くこともある」
お姉ちゃんはそう言って眉根を寄せ、自分の過去について語り始めた。


「前の彼氏ね。あ、一樹かずきの父親だけど、私と付き合い始めてからも元カノのことを忘れられなかったみたいなんだ。私はそんなこと知らなかったから、彼のことをどんどん好きになっていって……」
わたしはコンタクトに変えてキレイになった高校生のお姉ちゃんを思い浮かべる。
「でも、彼は元カノとよりを戻そうとしてた。表向きは私の年上の優しい彼氏を演じながらね。デートのたびに『愛してる』って何度も言ってくれたのよ。私は彼に愛されてるってことを全然疑わずに、ただ浮かれてたの」
お姉ちゃんはちょっと悔しそうな顔をしていた。昔の自分の未熟さを後悔しているのかもしれない。
「だからバイトの先輩からそのことを聞いても半信半疑だった。その先輩には別れたほうがいいって言われたんだけど、その頃にはもう後戻りができないほど、彼のことで頭がいっぱいになってた……」
そこでお姉ちゃんは息をのんだ。自分の罪を懺悔ざんげするみたいに、わたしの目を見る。
「彼は酔うとコンドームをしないでセックスしたがる癖があった。私、絶対妊娠したくなかったからいつも断ってたんだけど、彼の浮気を知ってからはそういうときにあえてセックスするようにしたの」
「え……それって……」
想像もしなかった。あのお姉ちゃんがそんなことするなんて……。
「今考えると彼の子供を妊娠したいって本気で思ってたわけじゃなかったのかもしれない。ただ彼にとって自分が特別な女の子だって思いたかっただけなんだと思う。体内に彼の精子が流れ込んでくるとき、元カノよりも自分のほうが愛されてる気がして安心できたんだ」
わたしはあのときのことを思い出す。翔流くんがわたしの中でビクッビクッって震えて、そのあと体の内側に温かいものがじんわりと広がっていく感じ。彼の動揺ぶりから女の子の中に初めて出したんだって思った。それでわたし、ちょっとホッとしたような、嬉しいような気分になったんだよね……。
「それからしばらくして私は妊娠したの。彼は優しい人だから私の意思を尊重して責任をとってくれた。一樹が生まれたあともいいお父さんを演じてくれたんだけど、やっぱり自分の気持ちに嘘はつけなかったみたい。一樹が一歳の誕生日を迎える少し前にね。どこかに行っちゃった。私たちを置いてね」
話し終えたお姉ちゃんは、フーと大きくを息を吐き、すがすがしい表情になる。家族に言えない秘密を抱えて過ごしてきたお姉ちゃん。誰かに話せてちょっとスッキリしたんだろうな。


「確かに、好きな人に本心を隠されるのは悲しいね。でも本心がわかりすぎるっていうのも大変なんだよ」
わたしはそう言って苦笑いしたけど、お姉ちゃんが丸メガネをクイッと動かして、真剣な目で見つめてくる。
「美咲はね。気持ちを伝えるのがとっても上手なのよ。普通に話してても表情や口調で本心が伝わる。言葉に気持ちが乗ってしっかりと相手の心に届く。だから美咲が心の底から『好き』って気持ちを伝えれば、翔流くんはきっと同じ気持ちを返してくれる。心が通じ合ってれば、本当は無理してセックスなんかしなくてもいいの……」
やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんだ。わたしの気持ちを理解して元気づけてくれる。そんなお姉ちゃんみたいになりたいって思ってたんだよね。
でもお姉ちゃんは最後にこう付け加えた。
「美咲は私みたいになっちゃダメよ。お姉ちゃんは悪い見本だからね」
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