英雄は明日笑う

うっしー

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第一章 英雄と呼ばれる男

第四話 変な女

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 最初に目に飛び込んできたのはオレンジや赤の光を受けたオリオの背中……。その先には……。


「燃え……てる……。う、そ……だろ!?」

 ごうごうと燃え盛るツイッタ村の家々があった。それを呆然と見つめていたオリオは、突如駆け出していく。

「母ちゃん!! 母ちゃーーーん!!!!」


 おかしい……。火の加護を受けたオリオの母親がいてこんな火事が起こるはずはない。追い出されたことも忘れ、俺は村に足を踏み入れた。
「うう、なんでっ……? なんでだよ!! 起きろよ! マノ、マノ!!」
 駆け寄ったオリオが抱きあげていたのは赤い液体にまみれたマノだ。笑うどころか動く気配すらない。その横には村長とソノの姿もあったがこちらも動く様子はないみたいだ。すでに事切れているんだろう。


 そこで淡々と状況確認をする自分の思考に笑ってしまった。
 なんなんだろうな。冷静すぎるだろ俺。いや、実際冷静なわけじゃない。何が起こったのか理解したくなくて、状況を頭に叩き込んでるだけなんだ。
 だって、おかしいだろ……。ここを出るまで生きて……そこにいたのに……。


「オ……リオ…………?」
「母ちゃん!!」
「ぶじ……だった、のかい……?」


 少し離れた家の向こう、そこにオリオの母親がいた。オリオがマノを離し、駆け寄っていく。
 彼女も剣で斬られたのだろう。血を流しながら倒れていたオリオの母親は、すぐそばにしゃがみこんだ自分の息子の姿を確認すると、ゆっくりと二人に近づいていく俺の方を見た。追い出されたことを思い出し、俺はビクリと体を震わせる。


「すまない……ね、あんた、誤解……していた、みた、いだ……」
「しゃべらなくていい」
 俺は唇をかんで慌ててオリオの隣に座った。力があれば、癒してやることもできただろうに。悔しくて仕方がない。オリオの母親はそんな俺の気持ちを察したんだろう、なぜかニカッと笑った。
 いつもの……あの笑顔だ。


「事情、は……わか、らない……けど、あんた……いた、から、あたしらは……」
 そこでゲホゲホと咳き込む。しゃべるのもかなり辛いんだろう。俺は再び制止したが、オリオの母親はそれでもしゃべるのをやめなかった。
「あんたは……あたしら……英雄、だよ……」



「まだ生きてやがったか!”紋章持ち”ぃ!!」
「!!」


 いきなりザザッと、焼け焦げた家の二階辺りから見覚えのある鎧が降ってきた。
 俺はとっさに剣を引き抜くと、オリオの母親に襲い掛かろうとしていたクロレシアの兵士の剣を受ける。キィンッっという甲高い音が辺りに鳴り響いた。兵士は舌打ちすると、ああん? と何かに気付いたのか、変な声を出す。


「テメェ、森にいたヤツだよな? へへっ、なぜか船の出発時間が遅れてよぉ。見ろよこの村! すげーだろ? ちょーっと騎士の奴らに力借りたけどよぉ、手柄は確実だし、おかげさまで騎士昇進確定だぜぇ」

 こいつっ…!
 話しぶりや内容からしてあの時マノやソノを襲った兵士だろう。よくも俺の大事な家族を! 家をっ……!
 ふつふつと怒りが湧いてきた。
「テメェだけは許さねぇ……!」



 オリオ達を巻き込まないようにと、兵士を剣で攻撃しつつ距離を離す。その作戦に気づかれないように休みなく攻撃を続けていけば、徐々に兵士は村の奥の方へと後ずさっていった。
 こいつ、剣の腕は大したことないみたいで、俺の連続攻撃に焦ってでもいるのか防戦一方だ。
 兵士の後ずさった足が木の根に引っかかり、怯んだ隙に俺は怒りのまま突きを放った。
 いや、正確には放とうとした、だ。



「居たぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!」
 突如ドシャ―っと木の上からピンクと茶色をした塊が降ってきた。それはとっさによけた俺の足元にごろごろと転がり、一回転して座ると膝をこすりながら俺を見上げて睨みつけてくる。俺はそいつの姿を見た瞬間固まり、別の怒りが湧いてきた。



 またしてもこいつかぁぁ!!



 あの女だ!! 俺に、俺の大事なところに膝蹴りをぶちかましやがったあの女がまた現れやがったんだ!!
 どいつもこいつも、どういう訳かそろいもそろって俺を怒りの海に沈めたいらしい。


「いったたぁ……。ちょっと! なんで避けるのよ!! そこは男らしくお姫様抱っこで受け止めなさいよ!!」
「はぁぁ!? そんなことしたら俺の腕が折れるっつの!」


 今の状況などお構いなしに立ち上がって突っかかってくる女に、俺もついつい返してしまう。女は鼻で息を漏らし、顔の横に垂れてきていた邪魔な髪を手で払って再び俺を見上げてきた。身長でいえば俺の顎のあたりにこの女の頭頂があるぐらいだ。虚勢を張っているつもりなのかもしれない。


「君を探してたの!」
「はぁ!?」


 訳の分からない状況に怒りも吹き飛び思いっきりハテナを飛ばしていると、我に返った兵士が剣を突き出してきた。
「きゃっ……! いきなりなにすんのよ!! 危ないじゃない!!」
 兵士の剣を咄嗟に避けた女が、俺の持っていた剣を手からむしり取る。
「おいっ……!」


「いいわ……邪魔するなら許さない!! かかってきなさいよ、受けて立ってあげる!!」


 そのまま女は剣を胸の前で構えた。これだけ自信のある物言いだ。この女、相当できるのかもしれない。


「女!! 邪魔をするなぁ!!」
「うるさーい! こっちが邪魔しないでって言ってるのよ! とりゃぁ!!」


 できる……


 のかも………………。



 女はひょろひょろと剣を横に振ると、あっという間に兵士がその女の持っていた剣を弾き飛ばした。その飛ばされた剣が女の手を離れ、今は空をくるくると舞っている。舞って……。


「どうわぁ!?」


 俺が先程まで立っていたその場所に剣がズサリと突き刺さった。あ、危ねぇ!!避けてなかったら頭頂に突き刺さってたぞ!!

「あ、ごめーん。やっぱり想像通りにはいかないネ!」
 語尾にハートをちりばめながら舌をペロっと出す女を見て芽生えたのは……、まぎれもなく殺意だ。
 こいつと関わるとろくなことがない。それだけは分かった。


「ふざけやがって! この女ぁぁぁ!!!」
 その気持ちは良く分かる!!
 けど俺は、とっさに目の前に突き刺さっていた剣を引き抜くと兵士の剣を受けた。女の目の前で兵士の剣が止まる。


「おまえ!! ”紋章持ち”なら紋章の力使え!! じゃないと死ぬぞ!!」
 兵士の剣をはじき返し、女にそう言う。クロレシアの兵士に追われるってことは”紋章持ち”以外に考えられない。そう思ったからなんだが……。

「あたし、紋章なんて持ってない!! だから君を探してたの!!」
「はぁ!?」
 右からきた兵士の剣を防ぎながら俺は素っ頓狂な声を上げる。
 ”紋章持ち”じゃない!? だったら何で追われてたんだ!? 振り向こうとしたら目前に兵士の剣が迫ってきていて、慌ててそれをはじき返した。



「あれだけ大きな紋章だもん。何かしらできるはず……! お願い、あたしにチカラをちょうだい!!」
「は……?」
 言うなり、目の前に来ると俺の襟元を思いっきり左右に開いた。もともと破れていたそこは難なくはだけられる。


 ちょっと待て!!
 こいつ痴女か!?


 慌てる俺をよそに、女はいきなり俺の紋章に口づけてきた。
 止める間もない。



「う、うぅ、あああぁぁぁぁぁ!!!!!!」



 熱いっ……!


 体中の血液が、熱が、胸の紋章に集まっているみたいだ。

 そしてなぜか俺と女の周囲から光が溢れ出してくる。
 兵士もその光に目がくらんでいるのか、こちらに手を出してこようとはしないみたいだ。



 ざわざわと、周囲の燃えずに残っていた木々が騒ぎ始めた。


『ようやく解放されたね』

『お帰りなさい、ウッドシーヴェル』

『またお話しできるようになったね』

 これは……、木々の声……?
 懐かしい……十年前は当たり前に聞こえていた声たちだ。



 ゆっくりと、俺の前にいた女が振り返った。向こうを向く瞬間見えたのは、女の頬を伝う涙……。



「そ、か……。あたし、思い……出した……!」



 何を言っているんだ、この女……。
 カラリと、力の抜けた俺の手から剣が離れた。
 それを女が拾い……。



「これが……、あたしのチカラの使い方……!!」



 女は剣を持った自身の指先に一つ口付ける。途端に周囲から光が溢れ出した。
「な、なんだぁ!?」
 慌てる兵士に一瞬にして女は間合いを詰める。先程の動きからは信じられない程のスピードだ。あっという間に兵士を斬り伏せた。



「バイバイ」



 それだけを兵士に向かって言うと、こちらに振り向いた。俺と目が合う。


「ありがとう! やっぱり君の紋章の力、すごいね!! 名前、なんていうの?」
 一瞬警戒したが、周りの木々が大丈夫、敵じゃないよと話しかけてくる。俺は一つ呼吸を整えると女の方を見た。


「ウッドシーヴェル、だ」
 女の頬を伝っていた雫が気になってそれを指先で拭いながら答えてやった。女は一瞬キョトンとした後、にこっと笑う。
「そか! よろしくね、うっしー!!」



 一瞬の硬直だ。
 今、何て言った……? なんかすごくダサい名前で呼ばれたような気がするんだが……。

「俺はウッドシーヴェルだ」
「うん! だから、よろしく! うっしー」


 ピキピキと額に青筋が走る。この女はどこまでも……!!
「ウッドシーヴェルだっつってんだろ!!」
「だって覚えらんないもん! うっしーでいいよ、うっしーで! はーい、決定ー」


 ガクリと俺は肩を落とした。


「で? お前は何て名だ」
 俺の質問に女は少し首を傾げ、うーんとうなる。そこまで悩むものか……?
 しばらくの間の後、女は俺を見上げてうれしそうにこう言った。
「タケル!! あたしタケルっていうの。よろしくね!」


 よろしくするつもりはないんだが……。
 そう思ったが言わずにおいた。


 そのまま俺は女に背を向け急いでオリオの元へ戻る。


 なぜか今なら魔法が使えそうな気がしたんだ。
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