英雄は明日笑う

うっしー

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第一章 英雄と呼ばれる男

第五話 決意

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 オリオの元に戻った俺は愕然とした。


「なんで……。なんで村を離れたんだよ! ウッドシーヴェル兄ちゃん!! 兄ちゃんがいてくれたら助かったかもしれないのにっ……!」
 目の中いっぱいに涙をためたオリオは立ち上がって俺の方を睨みつけてくる。オリオの足元にいた彼の母親は、すでに力をなくし横たわっているだけだった。


「なにが、なにが英雄だ……! こんな……、こんなの知りたくなかった!! あそこにいれば知らずに済んだのに!!」
 オリオは俺に体当たりをして持っていた機械を奪うと、炎をまき散らしながら駆け出して行った。俺の足は地面に縫い付けたられたまま、なぜか動いてくれない。
 一瞬ちらりと見えたオリオの紋章が、心なしか大きくなっていたのは気のせいだろうか……?



「ちょ、うっしー! あの子、追わなくていいの……?」
 俺の横にたどり着いたタケルが袖を引っ張りながらそんなことを言ってくる。


「引き止めたところであいつは戻ってこない……それに……戻る場所がっ……!」
 自分の茶色い髪をぐしゃりとかき混ぜながら俺は唇を噛んだ。
 オリオの口ぶりなら研究所に戻ってもすぐ殺されることはないだろう。それならいっそ……。そんな考えまで浮かんでくる。


 俺は……英雄なんかじゃない……。
 誰も、何も守れないし救えない……。


 そうしてただ自分の無力さを呪った。その横をなぜかタケルが通り過ぎて行く。向こうに居た村長の体の横に膝をつくと、突然穴を掘りだし始めた。



「お前、なにやって……」
 タケルの行動の意味が分からなくて、慌てて近づいてその手首を引く。タケルが俺の顔を見上げてきた。
「だって! うっしー辛そうだもん! あたし、この人たちを生き返らせてあげることはできないけどうっしーから見えなくすることはできるよ! あたし、できる事もやらないでただ辛そうなうっしーの顔見てるなんてできない!!」


 できることって……。


 頭では理解できなかったが何故かそうしたくて、しばらくは俺もタケルも沈黙したまま穴を掘り続けた。
 聞こえてくるのは家々を燃やし続けている火の音だけだ。
 俺は一つの穴を掘り終えると、立ち上がって遠くの空を見た。


 人を傷つけ、家を燃やし尽くす火の赤。
 世界を照らす夕日の赤。
 それだけを、ただ見つめた……。



「同じ赤なのに、こんなに違うんだよな……」
 俺を英雄だと言ってくれたオリオの母親……、英雄だと信じてくれていた村の人たち……。
 俺は彼らのために何が出来ていた……?


 自嘲気味にぼそりと呟いてタケルの方を見る。タケルはずっと俺の方を見ていたのか、すぐに目が合った。
「なぁ、英雄ってどんな奴の事を言うんだと思う?」
「え? 世界を救う人の事でしょ?」



「…………そう、か」


 俺はタケルから視線を外しもう一度真っ赤に染まる夕日を見上げた。
 どうせ同じ赤なら俺は輝ける夕日でありたい。
 俺が彼らのために今できること……。


「俺、ちょっくら世界救いに行ってくるわ」


 一つ息を吐き、振り向いてタケルの方を再び見た。笑おうと思ったがうまく笑えなくて変な顔になる。
 タケルはしばらく俺を見つめていたが、やがてにこりと微笑んだ。


「あたしも付き合ってあげる!」
 タケルのその笑顔はオリオの母親と似ている。俺を信じて疑わない顔だ。
「お前には関係ない」
 冷たい言葉を投げかけ、俺は村人たちの墓作りを再開した。赤かった夕日はやがて沈んで、空は藍色を作り出していた。


 一人ひとりに話しかけ、最後にマノとソノ、村長……そしてオリオの母親と別れを告げる。ぽんぽんと山にした土を手で押さえ、俺は立ち上がった。土の上にぽつぽつとできていた小さなシミは、乾いた土に飲み込まれすぐに消えていった。まるでこの村に居た俺の存在のようだ……。
 頬に残ったしずくを袖で拭い、俺はそのまま無言で村を後にした。



「待って! 待ってよ、うっしー!」
「ついて来るな。お前は自分の居場所へ帰れ」
 振り返ることなく迷いの森の方へと歩いていく。木々たちの声が聞こえるようになった今、迷うことはないだろう。
 歩く足を速めればタケルもすぐに諦めるだろうと思っていたのに、後ろから聞こえてくる足音は駆け足のまま止まる気配を見せなかった。息遣いだけがどんどん荒くなっている。


「いい加減にっ……!」
 声を荒げて振り返ればタケルの真剣な視線とぶつかった。タケルは呼吸を落ち着けると、ゆっくりと口を開く。
「あたし、記憶がないの。だから……帰る居場所なんて、ない」
「……え?」
 どこまでもまっすぐな視線にこちらがたじろぎはすを見る。記憶がないって、どういうことだ…?
 そこでふと俺の紋章に口づけた後、涙を流していたことを思い出した。



「あの……俺から力を得た時、思い出したのは自分の力の使い方だけか?」
「そうだよ。ん、っとね元々あったあたしの記憶って、紋章があたしに何かの力をくれるって事だけなの。それで気づいたら暗い場所にいて、訳が分からなくて……。だから怖くてそこから逃げ出したんだ。そうしたら鎧着た人たちが追ってきて……」
 そこで一旦言葉を切り、何かを思い出したようにぽそりとつぶやいた。
「レガル……」
「レガル……?」
 聞き覚えのない言葉に俺は首をかしげた。


「うん。町の名前なのか、人の名前なのかは分からない。でも、すごく懐かしい気がしたの。思い出したのはそれだけ、かな?」

 そう言って無邪気に笑うタケルを見て、俺はたまらず彼女の髪をくしゃりと掻きまわした。
「泣いても、いいんだぞ……」
 タケルよりもつらそうにしている俺を見上げ、彼女はキョトンとした後嬉しそうに笑った。



「悲しい記憶……ないから」



 そこで初めて自分が恵まれた環境にいたのだと思い知った。失ったとき辛くて涙を流せる相手がいる。それはとても幸せな事だったんだって。



「俺は世界を救いに行くんだぞ。クロレシアの兵士とも戦うし、腐敗した大地に飲み込まれるかもしれない。もしかしたら死ぬかも……」
「一人じゃできないことも二人ならできるよっ!」


 俺の言葉を遮るようにそう言って笑い続けるタケルに俺はたまらず再び彼女の髪をかきまぜた。こいつの記憶……、大切な相手を見つけ出して居場所を取り戻してやろう。そう思わせるには十分な笑顔だった。


 ぐしゃぐしゃになったタケルの髪を見て俺も思わず笑みがこぼれる。
「え、や、ちょっ……」
 なぜか真っ赤になっているタケルに背を向けると俺は歩き出した。


「遅れたら置いてくからな」
「うそ、なに? うっしーってよく見たら……」


 俺の背後でタケルは何かをつぶやいていたが無視して歩き続けた。
「ちょっ! 待ってよ! 足のリーチ考えなさいよバカァッ!!」

 ぎゃぁぎゃぁとわめき出したタケルと関わるとろくなことがない。今までの経験からそんな予感がして、俺は歩く足を速めていった。
「なにそれ! 何の嫌がらせ!?」
 大声を出しながらタケルは俺に走ってついて来る。俺は少しだけ速度を落とし、隣に並んでやった。



「世界を救うついでにレガルの事も調べてやる」
「世界を救うって、どうするの?」
「さあな。大地の腐敗を治すのが最優先だろうが、その方法が分からないんじゃ……」
 オリオが言うには研究所がそのための研究をしてると言っていたが。


「あそこはどうにも信用ならねー……」
 液体漬けにされていたものを思い出し吐き気が込み上げてきた。

「そうだな……。大地が腐敗し始めたころに俺たち”紋章持ち”が生まれだしたのなら、なぜ俺たちが生まれだしたのか……それを調べるってのが一番早いだろ。まずは大きな街へ行って情報を集めるのが最優先だろうな」
「うん、そだね。よく分かんないけど手伝うよ!」


 こいつに期待はできないだろうなと苦笑しつつ、一つうなずいた。


「ふぁあぁー……。ねぇうっしー、まだ休まないの……? あたしいっぱい走ったしもう疲れちゃった」
 あまりにも間の抜けたそのあくびに俺の力も抜けてきた。


「もうすぐ開けた場所があるらしい。そこで野宿だ」
「はええ!? 野宿!!? やだ、あたし女の子だよ!? うっしーのバカ、変態、えっち!!」
「はあぁぁ!!!?」
 あまりにも理不尽なタケルの責め言葉に、俺の怒りのボルテージがアップした。


「だったら歩き続けろ! ここから近くの街まで十日はかかるらしいけどな!!」
 木々の言葉を代弁して伝えてやると、タケルは『えええーーーっ』と情けない声を漏らし脱力した。
「わかったぁ……。する、のじゅく……するぅ……」
 あまりにも情けないタケルの声音に、俺は着ていたフード付きのマントを放って渡し、先を歩いた。
 全く、こいつと居たら落ち込む暇もありゃしねー。けど、気は紛れるのかもしれないな……。
 俺はタケルに見られないようにひっそりと苦笑を漏らした。


 開けた場所に着くと、タケルからかなり距離を取って転がる。えっちなんて言われてたまるか。そんな考えが頭の中を占めていた。
 けど転がったら俺もかなり疲れていたみたいで、すぐに睡魔が襲ってくる。今日は一日色々あったもんな……。そのまま俺は思考を巡らすこともできず、微睡の中に飲み込まれていった……。
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