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第一章

本音をきかれた

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 飲み水を寄越したが遠慮された。

 「俺は大丈夫だ、なんともないから」

 「いいから飲んで、ほら」

 やや強引にコップを手渡せば、触れた指先すら熱くて、焦燥が募る。私の剣幕に不可解そうな表情を見せる彼であったが、とうとう折れて遠慮がちに口をつけた。途端に彼の藍色と空色が丸くなる。なみなみ注いだ水は、手品のようにあっさり消えた。
 「……もう一杯飲む?」

 「いや、いいよ。ありがとう」

 それじゃあ学校に行こう、と言わんばかりの様子である。ぴんぴんしていると思ってるのはお前だけだからな、と言おうとして、思ってないのも私だけである事実に気付いてしまった。
 「それじゃあ学校にーー」
 本当に言い出したので泡を食って止める。

 「だ、だからって登校はだめ! 先生には私から言っておくから、今日は安静にするべきよ」

 「行く。桐乃一人では行かせない」
 
 また、そんなことを言う。

 「病人に付き添われる程、参ってないし!」

 「意地っ張りだな」

 「なっ……」

 思わぬ反撃に、咄嗟に言葉が出てこなかった。図星だと表明したに等しい。記憶に違わない彼の眼の色がそこにはあって、思わず唇を噛んだ。

 どうして、誤魔化されたことにしてくれないのだ。私のペースに合わせてくれないのだ。
 ままならない感情が胸の中でとぐろを巻く。これはあなたのためでもあるのにと、偽善極まりない稚拙な持論を盾にして彼の瞳を強く見返した。
 藍色と空色の双眸は、果たしてむかつくぐらい静かで穏やかだった。完成されつつある美しさとは、最早暴力であると思う。あなたも完璧ではないのなら、許してくれてもいいじゃあないか。私の欠損を。
 それでも彼は、私を赦すために、許してはくれないのだ。
 何故かそんなことが頭を過った。

 だから結局、私ばかりが見透かされる。私の意地だとか、行持だとか、背負いたいもの全部を残さず彼の藍色にガラスみたいに容易く割られていって、あとには剥き出しの私しか残らないから。
 たとえそれがマトモな人なら要らないものでも、私にとっては、……違ったはずなのにな。

 「……だって、その熱、私のせいじゃないの」

 のなら。

 「俺の行動の結果に過ぎない」
 言外に庇われたところで、申し訳なさが増すだけだ。

 本当ならば、「ありがとう」と、それから「ごめんなさい」を。
 だけど、だけど、それは。言ってしまえば、最後だから。

 代わりの効かない言葉の代わりに、連なる言葉の無意味さなんて、わかっているけれど。

 「もう十分、よくしてもらってる、から。心配してるの、わかるでしょ」

 「それでも、今日は休まない」

 「だって、熱があるのに」

 「逃げてくれるなよ」

 突然の明確な糾弾に、声も出なかった。身体が強張り、動悸が乱れたような気がした。

 「『ずっと寂しい』と、言っていただろう。なのに俺から、逃げてくれるなよ」

 はっと息を呑み、それから顔が苦く歪んだ。昨夜の、失言だ。昨日の頭の緩んだ自分に怒りがこみ上げ、思わず歯噛みした。
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