天使の片翼 ~ ゴーレム研究者と片足を失った女勇者

東赤月

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非常識な天使

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 もしかして、イクシアって俺が思っている以上に非常識なのだろうか?
 案内が一通り終わり、何か質問があるか尋ねた俺は、イクシアから返ってきた言葉にふとそう思った。
「悪い。もう一度言ってくれるか?」
「壊しちゃいけない壁はどれ?」
 聞き間違いでないかと思い聞き直すと、全く同じ内容のセリフが繰り返された。
 聞き間違いであってほしかった。
「いや壁は壊すものじゃないだろ」
 まさか鍛錬と称して部屋の中で暴れるつもりじゃないだろうな? 訝しむ俺に、イクシアは首を横に振る。
「いいえ。室内で戦闘が発生したら、壊さないといけないときがある」
 どんな状況だよ。いやまあ、治安の悪い町の宿とかだったら起こるかもしれないけど。
「安心しろ。ここじゃ起きないから」
「絶対に?」
 ……まあ百パーセントないとは言い切れないけども、あったとしても壁の心配をするような状況じゃないだろ。
「取り敢えず、イクシアの部屋の壁なら壊しても問題はない。ただし理由なく壊したら弁償だ」
「分かった。ならもう一つ質問」
「何だ?」
「休んでいい?」
 今度の質問は常識的なものだった。俺は少しホッとする。
「ああ。イクシアに協力してもらうのは明日以降になるはずだから、部屋で休んでくれて構わないぞ」
「ありがとう」
「おいどこ行くつもりだ」
 礼を言ったイクシアは、けれど部屋とは逆の方へと向かう。
「一階。荷物を置いたままだから」
「ああ、そのくらい俺が運ぶよ。今日ここまで来るのにだってかなり大変だっただろ? 早く休んでおけって」
 イクシアなら易々運ぶこともできるだろうが、立場上黙っていることのできない俺はそう提案する。
「重いよ?」
「じゃあ尚更、義足のお客様に運ばせるわけにはいかないな」
「それなら、よろしく」
 イクシアはあっさり引き下がると、今度こそ宛がわれた部屋へと歩いていく。そしてこちらを気にすることもなく、中に入って扉を閉めてしまった。
 ……早く休めと言っておいてあれなんだが、俺を監視しなくていいんだろうか。荷物の中身を盗られかねないぞ? 勿論そんなことはしないけども。
 階段を下りる前にもう一度、二階の廊下の奥、イクシアの部屋の様子を窺う。彼女が中から出てくる気配はない。本当に全て任せる気のようだ。
 まあここに居る人間は俺とイクシアだけだし、もし何か盗もうものなら犯人は自ずと明らかになる。それを分かってるから警戒していないのかもな。
 などと考えている内にリビングに着く。あ、アンジェをスリープ状態にしたままだった。でも今日は外に買い出しに行くつもりだったし、暫くは休ませておこう。
 さてと、荷物はこの背負い鞄か。それなりに大きいけど、この位なら――
「重っ!」
 持ち上げようとした俺は予想以上の重量に驚愕する。金塊でも入れてんのか!? 案内中に諸々の代金は払うって言ってたけどまさかそれで!? ていうか義足でこの荷物背負ってここまで来たとか!
「まあ持てるけどもっ」
 少し気合いを入れて、抱えた鞄を持ち上げる。持ち上げてから、背負った方が楽だったかもしれないことに気が付くも、一度下ろしてまた持ち上げるのは面倒なので、このまま運ぶことにした。
 階段が抜けないか心配しながら二階へと上がり、廊下の奥へと進んだ俺を、完全に閉まりきった内開きの丈夫な扉が迎えてくれた。
 そういや閉めてたな。実はこっちを警戒してるとか? こんなところで警戒心を見せなくてもいいと思うんだが。
 まさか鍵はかけてないだろうな、と不安を抱きつつ抱えたままの手でレバーハンドルを押し下げる。
 ガチャ ギィイイ
「入るぞ」
 幸い、と言っていいのか分からないが鍵は閉まってなかった。俺は一言かけてから部屋の中へと入る。
「ん」
 そんな俺の姿を、着替えもせずにベッドに横たわっているイクシアが一瞥する。そして特に反応を示すことなく、すぐに目を閉じた。
「……荷物、この辺りに置いていいか?」
「ん」
 否定だか肯定だか分からないけれど、特に指定しないってことで良さそうだ。俺は扉のすぐ近く、開閉に問題ない位置に荷物をゆっくりと下ろして息をつく。
 そして改めて、ベッドで横になっているイクシアを見る。剣を抱いていること以外、さっきとまるで同じ格好のままの彼女がそこにいた。せめて靴は脱げよ。靴底の部分はベッドの外に出ているけども。
「………………」
 え、寝てる?
 暫く様子を見ていたが、イクシアは一向に目を開く気配がなかった。いや休むとは聞いていたけどお前、会って一時間も経っていない怪しげな研究者の家で、よくもまあこんな不用心でいられるな。世間知らずというかなんというか。
 ……いや、俺も昔は似たようなもんだったか。勉強だとか言われて何度も師匠に騙されてたし。ゴーレムの研究を気にしていないのもそうだけど、よくよく考えてみると彼女には昔の俺に近いものを感じるな。
「師匠も俺のことを、こんな気持ちで見ていたのかね」
 独り言ち、扉を開けたまま部屋を出た。そして別の部屋から羽毛布団をとって戻る。暖かくなってきたとはいえ、掛布団なしで寝るにはまだ涼しい。
「……こいつも寝るんだな」
 改めてイクシアの寝顔を見た俺は、自然と呟いていた。自分で放った言葉を聞いて、何を当たり前のことを、と苦笑する。
 イクシアだって人間だ。疲れたら眠るし――魔物と戦えば大怪我することもある。彼女なら、なんて夢見るのは勝手だけど、現実は現実として受け入れなくちゃならない。勝手に抱いた期待を裏切られても自己責任だし、責めるなんて以ての外だ。
 師匠との生活を通して、俺はようやくそのことを悟った。だからいつかこうなるかもしれないことを、覚悟してきたつもりだった。
「……ちくしょう」
 どうやら覚悟が足りていなかったらしい。自分を客観視して冷静さを取り戻した俺は、布団をかけようとイクシアに近づき――
「うおぁっ!」
 布団を放り投げ後ろに跳んだ一瞬後、布団が下から縦に裂かれる。羽毛が盛大に舞う中、落下する布団の向こう側から鞘が飛んできた。横に避けた俺の首に光る刃が迫り、俺は左手をかざして、
「クレイ?」
 動きを止めた俺に気が付いたイクシアが、攻撃の手を止める。静止した世界で、白い羽がひらひらと落ちていく。
「どうして近づいてきたの?」
「……布団を、かけようかなと」
「そう。でも休んでいる私の近くには寄らないで」
「肝に銘じるよ」
 言われるまでもなく、二度と近づこうとは思わないだろう。
「……弁償?」
 ようやく剣を下ろしてくれたイクシアは、無残に裂けた布団と、無残に裂いた短剣に目を遣ってから、短く尋ねる。
「悪いのは俺だし、弁償しなくていい。ただ、休むのは少し待ってくれるか? 掃除しないといけないから」
「私は別に、このままでもいいけど」
「俺が良くないんだ」
「そう」
 イクシアは表情を変えずに頷いた。やっぱりズレてるよなぁと思いつつ、箒とちり取りを取りに行く。
 しかしまさかあんな特技があるとはな。知らなきゃ不用心にも見えるわけだ。普通寝込みを襲われたら抵抗すらできないってのに。
 やっぱり、イクシアは特別だ。
「……もう少しくらい、夢見させてもらうか」
 掃除用具を手にした俺は、早くも義足の製作について頭を働かせるのだった。
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