巫女姫はかく語る

境 美和

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わたしの出来ること

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 この世に神は一方ではない。幾方も居るということは、この国の民も知っていた。だから、閃光の迸った南の山の向こうが一変してしまった事と、この国が神に捨てられた事とを。

 神同士の計り知れない何か、として、この国は処理したのだった。



 ひとつ月の廻らぬ内に、この国の民にも、政の内部にも二つの流れが出来た。



 ひとつは、神が国から居なくなって尚、巫女姫の神の花嫁として選ばれた証である朱塗りの渦を巻いた草のような文様が消えない為、ともすれば神はまた戻ってきてくれるかもしれない、という考えの者達であった。



 テュティは――――。神に縋る者達の心もまた、分からないではないのだ。



 この国の者は、あまりに心の面で、神に頼り切っていた。

 なればこそ、口惜しい口惜しいと嘆いていた神のお気に入りであったテュティに、また神の寵愛を取り戻すよう求める者も数多くあった。



 とりわけ王妃の縋り様は、度を越えたものだった。

 テュティの母である彼女は、めっきり弱ってしまった身体をベッドに預け、薬師よりもテュティの調合する薬湯の方が効くと、毎日のように娘を呼び出しては、神事として赴いていた南の地で祈りを捧げて欲しいと、神を取り戻して欲しいと。さめざめ泣き縋る。



 その声は顔は心はテュティに厚く重く圧し掛かるものであったが、テュティは王妃を否定出来ない。それは、その母の抱く一つの希望こそが、母の生きる気力を繋いでいると、ひしひしと感じているからだった。



 テュティ自身も、王妃の言葉に従って、南の地へ行きたかった。





 無駄だと分かっていても。





 神の存在を感じる事の出来るテュティは、神の気配が既にどこにもないと、肌で感じている。それはこの国の守護神だけではない。空気の質とも言うべき、なにかが、既に大きく違えられている。



 ”我が君”だけではない。この世に数多いる、なにがしかの気配がない。





 神は去った。

 



 それがテュティの揺るがない事実であったが、無駄だと分かっていても。それでも。

 王妃の願いに縋ってでも、時間が欲しかった。







 テュティがもっとも意外だと思ったのは、王のあり様だった。

 あれ程も神の機嫌を窺っていた王は、いつしか、誰よりも早く神が去ったことを受け入れていた。





 神が去ってから、日も立たずして。今まで部屋で安静を言い渡されていたかつての巫女姫は、謁見の間に呼び出された。

 テュティは、これまでは必ず王と王妃揃って座していた二対の椅子が、玉座のみ埋められていることに思う以上の衝撃を受けつつも、王に、父に深く礼を取った。

 彼女は、王の酷い叱責を覚悟していたが。

 王は――――テュティの父親は静かに、決して冷淡ではないが、温かくもない労いを発した。



『テュティ。我が娘よ。

 お前は良くやった。供物を差し出さなかった王の代は、神の守護を受けられなかったと聞いている。そういう神であったのだ。

 そのような神の寵愛を、お前は良く受けた。



 ……。神々の何某かの事柄に、我らがどれほど太刀打ちできようものか。

 そういうもの、であろうぞ』



 苦く重く、諦めに浸された低い声は、次いで、テュティに新たな任を告げる。



『お前の証が消え次第、お前を下す家を決める。

 場合によっては……――――テュターンの言を、聞く事に、なる』



 テュティは。

 面を上げぬままに。両目を皿のように見開いた。





あのかいぶつと、子を成せと、いうの?





 見開いた先の床が見えない。底のない穴に、突き落とされたような気すらした。

 謁見の間に侍る者達の微かな動揺が、諦観が、期待が。水色の巫女姫の惟神を通して彼女の肌に、心に突き刺さる。

 テュティは、応えられない。

 その事に、王は叱責をかけなかった。深く重いため息と共に告げる。



『そう、時もやれぬが。……あれの願いも叶えてやらねばなるまいよ。

 巫女姫よ、お前に南の地に赴き、神事を行う事を赦す。支度が整い次第、追って知らせる故、それまでは、あれの事を良く良く見てやるように』



 テュティは、はい、と。小さく応えた。

 それを見て、王は何を思ったか。面を上げない娘を咎めることもなく。

 静かに、謁見の間から去って行った。



 テュティは、家臣のざわめきの中、立ち上がり、静かに、その場を辞した。



 父親の温情が、辛うじて、彼女の震える両膝を支えていた。

 謁見の間の扉の辺りですぐさま侍女と侍女頭に囲まれる。



 王と王妃さまより、と。仲の良い侍女が、リシアが、薄く透ける白く大きな布でテュティの体を頭からすっぽりと包み込んだ。

 それは、神との婚礼に用いるヴェールであった。



 テュティはこの時、確かに。もう既にない神の――――心の拠り所に安堵した。



 テュティの後ろの気配もまた、一瞬にして変わった。

 テュティがちらりと被せられたヴェールの上から謁見の間を見やれば、ざわめいていた家臣達は、そして、近衛もまた。皆深く礼を取って床へと侍っていた。



 それでも、音なき声が聞こえてくる。



(テュティ様はいまだ、神の花嫁であられる)(王と王妃はその事を御認めになった)



(神事を、終えるまでは)



(お労わしや)(おそろしや)(誰に下されるのだ)

(誰に)(どの方に)





あのお方に。





(おそろしや)(おそろしき)

(憐れなり我らが姫君)





 既にない神の権威もまた、日を追うごとに薄れている。

 それでも、テュティは白いヴェールをそっと握りしめた。

 ひたひたと近寄ってくる現実の足音をかき消す白いヴェールは、彼女にとって確かな救いだった。









 南に赴く日は既に決まっている。信心深い兵ばかり集め、馬車と騎馬隊とで列をなし、山を越えて南の地へ赴く。いつもの神事と違い、そこで十日ばかり、祈りの期間を設けてある。それは、王からの娘への温情である。



 場合によっては、実の兄と交わり子を成さなければならない、憐れな子への。





 神が居ない今。



 この国は、恐ろしく、おぞましい事をしようとしている。それも、リザ国から帰国してきた、テュターンの言葉によって急速にその方向に傾いている。



 テュティは、本当は叫びたかった。



神の目のない所で、なんと人の道に逸れた事をなさるの!? 



 テュティは確かにそう訴えたかったが、神の後ろ盾をなくした彼女には、いいや、或いは元より。

彼女に発言力などない。

 おぞましい、恐ろしいと思いつつ。ではどうするべきか。

 テュティでは、神を求める民衆や王妃を、国の大半の者を説得する事は出来ないのだから。





 それほどに、この国の者は、精神的に弱っていた。

 それに、父が手を焼いていることも、テュティには伝わってきた。

 だからこそ、テュターンの言葉は父王の耳に殊更甘く響くのだろう。



 神の花嫁であったテュティを妃として、テュターンが王となる。

 そうして、かつての神から花嫁を奪った、新たな力として、この国に君臨する。



そして、わたしとおにいさまの子を――――男でも、女でも。

我が王家の血を受け継ぐ者と、子を成させる……。



 リザ国を、武力で外部からも、国政で内部からも潰し、属国として扱う。リザの正当な王位継承者である王女を飼い殺しにするのだ。

 養生という名目で送られるだろう場所はテュティには分からないが――――良い道に続いてはいない。



 属国は、遠い南の地にあるという国で聞く、奴隷の扱いと等しいと、テュティは読んでいた。

 リザ国の民を労働力とみなし、重要な箇所は総じてこの国の者が治める。

 その内、武力も使うかもしれない。

 或いは、子の代を従順な民に仕立て上げるか。

 いずれにせよ、人の業の塊のような治世を築こうとしている。



 二国で一国として、二つの王家を一つに治める。確かに和平が持ち上がった際は通っていた筋から大きく逸脱した、凡そ畜生にも劣る政治。

 リザ国にも、幾人かは裏切ったものが居るという。仮初の女王も、王女も、恐らく信に厚い家臣も、この事は知らない。



おにいさまは、そこまで。

リザ家の中枢に入り込んでいる、そうだから。



 情報の操作など易い筈だ。知った切れ者は寝返ったか、既にこの世に居ないのか。





 そんな事になるのなら、そんな事になるぐらいなら。

 テュティは揺れていた。





おにいさまを、殺してしまった方が。





 けれども、治世という面において、兄は暴君としてなら優れているだろうとも、テュティは思うのだ。

 これだけの案と下地を、兄は用意しているのだから。リザの内部を骨抜きにし、仮初の女王と王女も上手くだましているのだから。

 そんな事を考えた時、テュティは、兄が心変わりをしてくれれば、と、ありもしない空想に思いを馳せた。



 ありもしない、ありもしないとは、テュティが一番良く分かっている。



 また、こうも考えた。





わたしが、命を絶てば。





 既にない神の威厳を借りて、巫女姫の命をもって寿ぎとすると、そういうことを、あらかじめ神が言ったと、そう、嘘をついて、皆を騙せば。





(おにいさまを殺して、魔女と裁かれるか……)

(神の花嫁たるいのちを使って、きれいごとを並べるか)





 いずれにしても、毒薬が要る、と。

 無駄と分かっている神事の名目の温情で、兄か己をか、殺す薬を作る事を、決めていた。

 涙にも苦渋にも濡れず。



 或いは、涙も苦渋も感じられない程深い、絶望の中で。









 日は、瞬く間に過ぎ、テュティは城から南の神事の地へと運ばれていく。



 ある程度予想していた事だったが――――テュティ付の侍女の中身は僅かに変えられていた。

彼女が最も頼りにしているリシアと、リシアの信頼している侍女が一人。他、テュターン付の侍女が二人。

 騎馬隊も、信心深い者達の中に、テュターンを信望していると聞く、手練れだという見知らぬ顔が混ぜられていた。

 テュターン自身も行きたがったとの事だが――――国王が、父が止めたのだとテュティは聞いている。なんと言って止めたのか、おぞましい会話がされたのだろうと、ひそか背筋が凍った。



(神はいない)(お前の欲しい者はいずれお前の手に堕ちる)(今は甘い顔をするのだ)

(いずれ、禁忌を犯さねばならない娘に、せめて憐みを覚えよ)



 テュティは城の雰囲気の変化を、身に沁みて感じていた。

 国王は、既にテュターンの言を受け入れつつある。それは家臣を見ていれば分かる事。





きっと、おかあさま、も。



 新たな神の登場に、縋るものを得て内心喜んでいるだろうとテュティは思った。

 ただ、禁忌が。己の娘に、息子に。禁忌を犯し、犯させることに、王妃はまだ恐れを抱いてくれている。それだけが、今のテュティの確かな救い。

 テュターンの息の掛かった者が神事の列に交じったのは、テュターンの力の現れだった。そしてテュティへの牽制だ。泉の地で、神の花嫁に――――これから奪う者に命を絶たれてはならない。



わたしが死んでも――――。

誰かを巫女姫役に仕立て上げて、おにいさまは、神になるのかもしれない。



 ならばやはり。

 けれど。

 ともかくテュティは毒薬だけを作るつもりではなかったが、母に良く効く滋養の薬と、緊急に使われる弱い類の解毒薬も追加で作る事にした。その中に使う薬草を更に加工して、毒にする。





 テュティは、神の花嫁衣裳として被せられた白いヴェールの影、水色の惟神に身を包んだ格好で、暗い面持ちで馬車に揺られている。



 気分は大丈夫かと問うてくるリシアに少しだけ甘え、寄りかかり。

 山々を飾る紫の花の様だと称された眸を閉じた。

 リシアの温かな視線と、ルメというリシアが信頼している侍女の眼差し。テュターン付の侍女二人の、見張るような視線の中で、少し、眠った。





 気が付くと、テュティは誰かに覗きこまれていた。そのまなざしがあまりに温かくて、テュティはそっと目を開いた。



「おかあ、さま?」



 見間違えるほどによく似た、己の母の十台の姿かと思う程の、金髪に紫の眸の白いヴェールを被った女性が、テュティを膝枕して笑っていた。

 髪を撫でられる感触にとろりと瞼が重くなり、緩やかな記憶が流れこんでくる。

 泉に祈りを捧げ、光に消えた女性の姿。願い。

 先代の巫女姫――――王家の遠い親類、現王妃の双子の姉だと分かったが、習った筈なのに、名前が出てこない。



 テュティは唇を開こうとして、唇に柔らかな――――ピンク色の花びらを押し当てられた事に気付いた。

 やはり白いヴェールを被って水色の惟神を着込んだブルネットの美女が、テュティを覗きこんでいる。悪戯が成功したような表情の空色の眸が、嬉しそうに輝いていた。

 彼女もまた、何代か前の巫女姫だと察しがついた。

 流れこんでくる記憶は、あまりかんばしいものではなかった。





それでも、この国の――――見渡す限りの地の、安寧を。





 強い、強い意志に、そちらを見ると、亜麻色の髪の美女が唇を噛んでいた。

 やはり、何百年前かの巫女姫だと、テュティは悟った。流れてくる記憶は、身を裂くほどに辛く苦しかった。



この国を、この土地を守って欲しかった



 美女たちは、テュティに優しい目を向けて、口々に紡ぐ。音はなく。声はなく。

 けれども、伝わってくる。



テュティ

あなたはわたくしたち

テュティ

わたくしたちはあなた



わたくしたちの声が、やっと届いた





 誰が何を思い、言っているのかは分からなかった。不思議な事に、分かる必要がないのだとテュティは思った。外見と記憶だけが異なる彼女達は、違っていて同じなのだ。



そして、わたしも、このひとたちだ



 漠然と彼女は感じた。恐怖はなかった。



 声は、意思は言う。告げる。



(テュティ。おまえだけでもあいつに差し出される前で良かった)

(おまえはわたしたち)(わたしたちはおまえだから)



(ずっと見ていた)(ずっと見ていたのよ)



(我が君、我らが君と慕った者の裏切りを)



 裏切り、と響いた途端、神の花嫁と光に消えた者達の、その後の記憶が流れ込んでくる。あるものは椅子の飾りに。あるものは館の装飾に。燭台に。暖炉に。輝く宝石の形に変えられて、金属で固められる。声も音も発することが出来ず、ただ、在る。

 我が君と慕った者は、どこにでもいそうな、中肉中背の赤らんだ顔の男だった。彼は確かに南の山の上に、見えない神殿を築いていたようだった。

 ああ、これは飽きた、と。彼が窓から燭台に埋め込んだ宝石――――かつての巫女姫を森へ投げると、それは薬草として芽を出し、その地に根付く。声も音もない。

 彼は、新しい宝石が欲しいと口にしては、国にちょっとした不幸を起こしていた。

 生娘から作る石は輝きが違う。純粋な願いはこうも美しいものか。

 誰かが館に来るたび、ある者には自慢をし、ある者には、巫女姫の命や想いで作った石があるとバレないようにしていた。

 そんな事を、何度も何度も――――数えられない程に、男は、かつてテュティが確かに我が君と慕った神は繰り返していた。

 テュティの見るに、全て戯れだった。

 彼女の泉に投げ込んだ花冠は、暖炉の上で細かな装飾になっていた。それは皿の形で、真ん中にくぼみがついていた。



わたしを、あのくぼみにはめ込むつもりだったの?



 確かに覚えた憤怒に沿うように、声が記憶が更に流れ込んでくる。



あいつは一度だってわたしたちの想いを願いを汲んでくれたことはない。

今度のことも、もう十分守ったと吐き捨てて、異変の後にすぐ逃げたわ。



 声は記憶は次々に教えてゆく。轟音と光の後、一変した世界を見て、彼の男は館の物を全て森に棄てると、逃げ去っていった。

 暖炉の上の皿を持ち、そのくぼみを太い手で撫でて。





――――ああ、ああ――――

――――我が花嫁と選びし娘。幾年幾瀬の巫女は、みな美しかったが、汝より美しきものはおらぬぞ。テュティよ――――

――――まこと――――

――――まこと、汝だけでも、連れてゆきたいものよ。口惜しき……。まこと、口惜しきや……――――

――――しかし、仕方のないこともある。既に時が赦さぬ。赦さぬのだ……――――

――――ああ、汝だけでも連れてゆけたらのう……。誰より美しき我が装飾つまとなったであろうに――――



 さも残念そうに言うと、その皿を棄てた。

 歴代の巫女姫たちが語った事実に、テュティは、言葉が出ない。



わたくしたちの思いは踏みにじられたまま。

ここに、棄てられた。



 或いは悲しげに。或いは憎々しげに。歴代の巫女姫たちは紡いでゆく。

 膝枕の金髪の美女がブルネットの美女の、また別の姿になり、また別の姿になる。三人の巫女姫は、移ろうように幾人もの姿に変わっていった。いずれも過去の巫女姫で、流れてくる記憶は穏やかに、時に激しく、時に哀しく、緩やかにテュティの思いと溶け合っていく。





”我が君”に願った想いも祈りも愛も。





 テュティの中で、茫洋と降り積もる雪のよう重なっていた思いが、どす黒い確信に変わった。





全て、捨てられた。

一度だって、拾われた事も、聞き届けられたことも、ない。





 分かった途端の嘆きが、切願が。憤怒と憎悪と後悔と――――屈辱が。彼女を内をぐるぐると取り巻き、彼女の姿そのものになる、寸で。





おにいさまを、殺さなければ!



 覚悟が固まる。

 悪戯に神に縋って盲目に神に操られていた者達が、今求めているものが、テュティの眸に光を灯す。 その、兄と呼ぶべき怪物の引き攣れた笑みが浮かんだ途端、テュティは断固として、そんなものを作らせまいと、作らせてはいけないと決意した。

 この国の者は、幾星霜と、愚かだった。

 力に縋り、怯え、盲目に我らが君を、気まぐれな力の機嫌を取っていただけに過ぎなかった。

 約束が果たされた確証も何もないというのに。





そして、自由になった今。

新たな力を、求め彷徨っている。





 愚かな民衆。愚かなおとうさま、おかあさま。愚かなわたし。

 力から解放された人々が求めたのは、新たな力。禁忌の元に、新たな神を欲している。

 新たな支配者を。



人の道に背く、バケモノを頭上に頂くと



(何が悪いというのだ)



 巫女姫たちの声ではなく。いいや、幾ばくかは彼女等の声もあったのかもしれない。

 ただ、テュティが聞き取れたのは、棄てられた民の嘆きに思えた。

 それは、父か、母か。家臣達の心の叫び。

 確かに聞こえた錯覚。



(何が悪い)(何が悪いというのだ)



棄てられたから、新たな神を作り出すのだ。(そうだ)

(何が悪い)

今度は裏切らない神を作り出すのだ。



身内から作り出せば裏切る事もない。(身内から作り出せば)(テュターンなら)





ほんとうに? 





 テュティは彼ら、声に問うた。確かに、己の兄の、テュターンの手腕は優れているだろう、彼女にもそれは聞こえてきてはいる。けれど、同時に。





あんなおにいさまを、ほんとうに神にして、良いの?





 冬枯れの庭の片隅、テュターンが心底楽しんでいたのは餌でおびき寄せた小動物を傷つけ苦しむ様だ。命が懸命に藻掻くさまを堪能し、時に腰の短剣で中途半端に臓腑を抉り出すと、死にかけている苦しみを、さらに長引かせもしていた。

 心底楽しげに。



 隣国では、処刑を見世物にするようになったという噂。

 刑の前に国民を招集し、今から処刑される者が如何に処刑されるに相応しいか、滔々と語って聞かせるのだそうだ。コレは、こいつには何をしても良い、と。大義名分を与えるのだろう。

 そして、集まった民衆に石を投げさせれば、処刑者への罵声が自ずと飛ぶらしい。

 隣国は海辺の国。

 度重なる天災で心の折られた民衆には、或いは仮初の女王には。荷の思い王女には。

 たまらなく甘美な娯楽であり、はけ口となっている、と。

 ――――考案し、実行せしめたのは。恐らくテュターン王子であると。





囁かれる噂を知らない者は、いないだろうに。





 何より、己を、神の生贄を見る粘ついた眸のおぞましさ。鋭い光が讃えるのは呪詛にも似た怨嗟の轟きをもって、声はなく。欲しい、と。アレは俺のものだと。

 テュティを――――ほかの力の元にある者を、強奪せしめんとしている。



 そこには、情も温かみもない。





あんなものを、神としてはいけない。





 隣国の処刑者は、果たして本当に罪を犯したのか。

 誰かを、苦しませなぶり屠るような者に、これ以上力を与えてはいけない。

 まして隣国を生贄にして治世を築いて良い訳がない。隣国はただでさえ災害が絶えず困窮している国なのに、そんな国の国民に、我が国の責を押し付けるだなんて。





幸福に、安寧に暮らしていければ良い。

巫女姫は、皆のその願いを、祈りを――――確かに、胸に宿して嫁いでいったのに。





 言うは易し。思うもまた易い願いは、暴虐な神を信じ、国の安寧を願い光に消えていった幾星霜の巫女姫の願いともまた重なった。彼女達の誰もが、血も争いも支配も隷属も嫌っている。

 こんなに時がたってさえ、と。テュティの中に、願いと行動とをちぐはぐにしか生きられなかった、そんな時代の彼女達の記憶が流れ込み、テュティを更に絶望させた。



 ただ、彼女は。

 静かにそれも受け止めて、己の願いとした。





戦も、隷属も、属国も要らない。

我が国が――――城から見渡せる限りの、山々に覆われた大地の、安寧と発展を。









 テュティ達一行は、日の暮れる前に南の地にある館に着いた。

 峠を越えた辺りから、馬車の中に居るテュティさえも感じとるほど、心を揺らしていたらしき隊列の面々は、それでも足並みを乱す事無く、少々早めにテュティを、――――希望を館へと運んだ。

 それもまた、願いであり祈りの成せる業だったと。

 そのわけを、テュティは館の前で馬車から降りた時に、知った。





 信心深い騎馬隊の面々も、テュターンの息が掛かっている面々も御者も、そしてテュティ付の侍女達さえも皆、俯いている。

 現実を、見ないようにしているようだった。





 乾いた風の音が鳴った。





 館の後ろの光景は、一変していた。



 去年の記憶では、青々と広がる広大な森と草原が広がっていた一面が、代わり、薄い林と枯れた大地に覆われていた。

 話には聞いていた、聞かされていたテュティですら、数瞬言葉を失った。



これが……神々のなにがしかの、痕。



 薄い林の向こう、ひょう、ひょうと乾いた風が過ぎてゆく。



 西の空にとっぷりと暮れる日は、まるで暖炉で燃える薪の色。空は見た事もないような三色の層に別れ、境を曖昧にしている。血のような赤と、夜を覆う濃紺と。帯のように合間を取る、テュティの髪の色、栗色の帯。

 見渡す限りの大地は、赤錆で出来ているのではないかと思えた。



 テュティは、僅かに咳込んだ。侍女が、リシアが慌てて背をさすってくれる、その温かな手のひらを背に感じつつも。

 息苦しさが消えない。







 高く、淡く。



 風にまみれて、もの悲し気な、鳥だろうか。

 姿の見えぬなにがしかの鳴き声を、聴いた。





 気がした。
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