愛玩人形

第６章 宿望…

７

　僕はいてもたってもいられず、潤一をその場に残して階段を駆け上がろうとした、その時だった、

　「どこへ行くの」

　聞き覚えのある声が、僕の足を止めた。

　「暫く振りに戻ったというのに、挨拶も無しにどこへ行くつもり？」

　背中に感じる刺さるような視線と冷たい声に、僕はそれ以上足を進めることが出来ず、ゆっくりと声のした方を振り返ると、一段……また一段と階段を降りた。

　「只今……帰りました」

　何故だろう、自然と声が震える。

　「お帰りなさい」

　母様の白く細い指が僕の頬に触れる。
　そう、まるで血の通っていないかのよう冷えた指先で、顔には薄っすらと笑みを浮かべながら。


　そうだ、顔だ……


　顔が違うんだ。
　母様はこんな風に笑ったりはしない、もっと……そうだもっと冷酷な……


　「部屋はそのままにしてあります。先に着替えを済ませて降りてらっしゃい。昼食にしましょう」

　潤一先生も、と付け加えて母様の手が僕の頬から離れて行く。

　「あ、あの母様、智子は……。体調を崩して臥せっていると聞きましたが……」

　僕が言うと、それまでの柔らかな微笑みから一転、まるで鬼のような形相に変わった。

　「母様、智子の容体は……」

　それでも怯むことなく再度同じ問いかけを繰り返すと、母様は表情を変えることなく小さく息を吐き出した。

　「貴方が心配することは何もありません。智子は幼く見えても、身体はもう立派な大人です。貴方も大人なら、それがどういう意味か、分かるでしょ？」
　「あっ……」

　僕は一気に顔が熱くなるのを感じた。

　そうだ、智子だっていつまでも子供ではないんだ。

　兄たま……愛らしく僕をそう呼んだ智子は、もういないんだ。