君の声が聞きたくて

第１３章 coda

８

　「ちゃんと温まった？」

　湯上りの智樹をダイニングの椅子に座らせ、首にかけていたタオルで濡れた髪を拭いてやる。


　こんなことが前にもあったような……


　そうだ、あれは確か俺が初めて智樹のアパートに泊まった時のことだ。あれからまだそう日も経ってないのに、何だか随分昔のことのように思えるのは、何故だろう。

　「ちょっと待ってて、今コーヒー用意するから」

　小さく頷いた智樹は、少し眠そうな目をしていて……


　無理もないか、深夜までバイトで、ろくに睡眠も取れてないだろうから。


　それにおそらく……だけど、智樹はこの雨の中、ずっと俺を待っていた筈だ。


　どれだけ俺との旅行を楽しみにしていたことか……
　どれだけ俺の迎えを心待ちにしていたことか……

　なのにどうして理由を問わない……
　どうして俺を責めない……

　いっそのこと酷い言葉で罵ってくれたら、俺の気持ちも少しは晴れるのに……


　そんなことを考えていたからかな、智樹がダイニングからリビングへと移動したことすら、俺は気が付かなくて、

　「智樹？」

　コーヒーで満たしたマグカップを手に、ソファに腰を下ろすこともせず、ただ立ち尽くす智樹の猫背気味の背中に声をかけた。

　「智樹、コーヒー飲んだら送って行くから」

　カップを二つ並べてテーブルに置き、智樹の顔を見上げた。

　瞬間、俺の顔が凍り付いた。

　「どう……して、それを……」

　智樹の手に握られていたのは、彼女が置いていったエコー写真で、俺は智樹の手からエコー写真を奪い取ると、クシャッと丸めてゴミ箱に向かって放り投げた。

　「これはなんて言うか、その……」
　『なんだ……』
　「えっ？」
　『そうだったんだね』
　「何……て？」

　どうしてだろう、さっきもそうだったけど、いつも読み取れる筈の唇の動きが、今日は全く読み取れない。

　俺は智樹の手を取ると、ソファに座るように促し、一つ息を吐き出すと、智樹の目を真っ直ぐに見つめた。