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しおりを挟む優しくて、何だか安心する、女の人の声がした。辺りには誰も居なかった。が、人気の全く無い小さな公園が、すぐ目の前にあった。広さは一軒家の敷地より少し大きい位で、両側を大きなマンションに挟まれているせいか、夕方近い時刻を抜きにしても、かなり暗く感じた。
「どうしたの?悲しいの?」
その公園には遊具は無かったが、一番奥に小さな砂場が設けられていた。女の人の声は、公園の中から聞こえている。しかし姿は見当たらない。
公園に一歩踏み込むと、何だか周囲の音も聞こえにくくなった様な気がした。ついさっきまで泣いていたというのに、僕はその静かな雰囲気に一気に心を洗われてしまった。もう涙を流すことはなかった。
「どこに居るの?」
「ここよ、こっちよ」
周囲を見回して、その声が奥の砂場の方から聞こえることに気づいた。砂場のある一角は薄暗い公園の中でも特に暗く、ジメジメしている印象があった。
「どうしたの?来ないの?」
優しく問い掛ける声は少し低めで、吐息混じりの、婀娜っぽい響きがあった。母や保育園の先生以外の大人の女性と言葉を交わした経験が少ないためか、とても緊張した。再び口の中がカラカラに乾いてきた。喉の奥が締まって、乾いた粘膜が僅かに摩擦しあう。鉛の様に重くなった足を地面に擦り付ける様に、ゆっくりと声のする方に歩いて行った。
「もっと来て」
誘う様な声は、砂場の砂の中から聞こえている。
恐々砂場に入ると、僕は声が聞こえた辺りにしゃがみ込んだ。表面のサラサラとした灰色の砂を、軽く指で掻き分けてみる。
不思議と、怖いという感情は凪いでいた。
砂の中から、白い指が二本現れた。細く、つい今し方まで砂に埋まっていたとは思えない程に綺麗だった。それが芋虫のように動いて、僕の指先と触れ合う。
「擽ったい」鈴を転がす様な声で、クスクスと笑う声が砂の中から聞こえる。
更に砂を掘ってみると、他の指も出てきた。僕の手よりも大きい、大人の手だ。しかし男性のそれとは違う。華奢で滑らかで、柔らかい。
「ねえ、顔を見せてくれない?」
「お姉さんが砂の中から出て来れば良いんじゃない?」
自力で抜け出せるのではないか、と僕は思ったのだ。砂はサラサラとしていて軽いものだったので、大人の力でなら可能ではと。サラサラした砂とはいえ、大量に掛けられて埋まっている時点で、彼女には可成の重量だという発想は無かった。
「それは出来ないの。お願い、ここの砂を退けて頂戴」
「わかった」
「スコップは、止めてね。私が怪我しちゃうから」
バケツの中からスコップを取り出して、砂を掘ろうとしていた僕は、彼女の声にギクリと固まった。確かに、子供用のスコップではあるが材質はプラスチックではなく金属だ。しゃもじのように先端が丸くなってはいるが、縁が肌に当たれば痛いかも知れない。
「わかった」
僕は両手で砂を掻き分け始めた。
小さい手で掘るのは苦労した。一度に掘れる砂の量は少ないもので、おまけに砂がサラサラしているせいで、必死に掻いても砂が手の隙間を擦り抜けていく。
何とか頑張って、白い手から手首、腕と徐々に身体の中心に近付いていく。二の腕まで掘り進めたところで、グレーのサマーニットの半袖が見えた。
季節は少し肌寒くなり始めたところだ。彼女はもしや、寒いから砂の中に潜っているのかと子供らしい勘違いをしながら、僕は砂を掻き分け続けた。
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