わたしの愛した世界

伏織

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七章

7-17

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彼女の背中には縦に裂かれたような穴が空いており、そこから真っ赤なものが見えた。右腕は曲げて顔の下にあった。左腕は大きく曲線を抱くように伸び、手は指先を僅かに丸めた状態だった。左手の近くに、小さな靴が片方だけ、落ちていた。きっとあの男の子のものだろう。

部屋の中は荒らされておらず、綺麗なものだった。中央に丸いラグが敷かれ、その上に同じく丸いテーブルが置かれている。テーブルに広げられた紙とクレヨンに、胸がギュッと締め付けられた。壁には小さな子供が描いたような絵や、家族の写真が飾られていた。その写真に写っている男性は、先程、私達が泊まった部屋の入口で死んでいた男性だった。

大きな本棚や、窓際のロッキングチェア。この空間で、家族は毎日を過ごしているのだろう。こんなに温かみのある家があるなんて、羨ましいとおもった。残念ながら私の今までの人生には、家族団欒はあまり無かった。


部屋の隅に大きなキャビネットがあり、その前に、もう片方の靴が落ちているのを発見した。駆け寄ってそれを拾い上げ、同時に異臭がすることに気付く。他に可能性なんて考えようもなく、それは間違いなく、目の前のキャビネットからしている臭いだった。


「うぅっ」


嗚咽のような声が出た。腹の底が焼けた刃物で突かれている様に痛む。一瞬で体内の血液が頭に登ったような、よくわからない取り乱した状態になりながら、キャビネットの引き出しを上から順番に見ていった。
キャビネットは私の胸くらいまでの高さがあり、引き出しが全部で六つあった。真ん中は扉で、それを挟むようにして三段ずつだ。私は靴の落ちていたキャビネットの左側の引き出しを開けた

一段目、小さな子供の冬物らしき服。きっと汚したらすぐに着替えられるように、行動範囲付近に用意しているのだろう。

二段目、タオル。引き出しのサイズが大きすぎるのか、結構スペースが開いている。

三段目は、何故かやたら重かった。



わずかに引き出しが開いた瞬間、ツンと鼻を突くような臭いがした。遠い昔に、雷の音に驚いておもらしをしたときのことを思い出した。そして手が止まった。

引き出しが一センチほどしか開いていない今なら、まだ大丈夫だ。私はこれ以上錯乱することもないし、ショックも受けない。逃げてしまったほうが、きっと楽になれる。

しかし、もし中に何もなかったら?人間というものは脳の動作不良で幻覚を見る上に、幻聴や幻嗅というものもある。精神的に追い詰められた今の状況なら、ありえなくもない。気のせいなのだ。

「だめだ」このままでは堂々巡りに陥りそうだ。それはいけない。常に前を見なくては。常に冷静でいなくてはならない。じゃないと、いつまでも強くなれない。


何度か大きく深呼吸を繰り返し、心を落ち着けた。閉じていた目を開くと、先程よりも視界がクリアになった様に感じた。冷静さを欠いてしまうと、人間は目の前のことをきちんと把握できないものだ。

よし、とつぶやき、私は一気に引き出しを開けた。勢いよく引っ張ったせいで引き出しは全部出てしまい、私は尻もちをついた。引き出しはゴトンと鈍い音を立てて、床に落ちた。


引き出しの中に、小さな男の子が胎児の様に体を丸め、左を向いた状態で収まっていた。男の子目は大きく見開かれ、黒目がやや上方に向いている。口はポッカリと開き、引き出しの中を上目遣いで見つめている。
左肘の関節が、本来の可動域を越えて背中のほうまで曲がっていた。短いズボンを履いた太ももの肉がえぐれている。

そして、太ももの傷と同じ様に、男の子の側頭部もえぐれていた。





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