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十章
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口をあんぐりと開けて、私の顔を穴のあくほど見つめてくる。台所からエリザがスープの入ったボウルをお盆に乗せて持ってきて、私の前に置いた。「何を掴んで引っ張るの?」どうやら聞こえていたようだ。テーブルの向かい側で、クロスが真顔になる。絶対に言うなよ、と目で訴えてくる。
「珍しい植物が大きな岩の上に生えていたんです。我々はそれを集める旅をしているので、後ほど採取しに行こうと思うのです」
「まあ、そうなの!なにかお手伝いできるかしら」
「パンとスープじゃ足りないので、なにか美味しい物が食べたいです」
「わかったわ!」
スラスラと嘘をついてしまった自分にも、そしてあっさりそれを信じた彼女にも少々釈然としない物があった。“ねじ”のことを秘密にする、というのは現時点では決定事項なのだが、嘘をつかなくてもいいのでは?と考えてしまった。何よりエリザがあっさりと話を受け入れてくれたことに、罪悪感と僅かなモヤモヤした感情を抱いた。わざと、嘘だとわかっててわざと、信じたフリをしている?なんと優しい。心が痛くなるばかりだ。
「どうしたの?」
「いえ、すいません。今のは嘘です。でも、本当のことも言えないんです」
エリザは暖かな微笑みを湛えて私を見下ろしたまま、ゆっくりと頷いた。
「それでいいわ。気をつけてね」
軽く腹を満たした後、私はすぐに準備を整えた。とは言っても、服を着替えて鞄を肩から下げただけなんだが。二階で着替えて、再び一階に降りる。エリザとクロスが、並んで私を待っていた。
「場所は覚えてる?」
「うん、バッチリ」
助かった。私は“ねじ”の場所を覚えていない。あのときは方向感覚も狂っていたし、意識を失ったせいか、前後の記憶が曖昧なのだ。
階段を降りきった私にエリザが一歩近づき、白いマフラーを私の首に掛けた。毛糸でできた、柔らかい代物だ。「ありがとうございます」礼を言う私の頬に手を添え、彼女は柔らかく微笑んだ。
「それはね、娘のよ。あげるんじゃなくて、貸すのよ」
「……わかりました。無傷で返しに来ますね」
エリザの目は、優しく光っていたが、同時に強いなにかの感情もあった。今は何も言うまい。
「じゃ、ちょっと行ってきますね」
「行ってらっしゃい」
.
「珍しい植物が大きな岩の上に生えていたんです。我々はそれを集める旅をしているので、後ほど採取しに行こうと思うのです」
「まあ、そうなの!なにかお手伝いできるかしら」
「パンとスープじゃ足りないので、なにか美味しい物が食べたいです」
「わかったわ!」
スラスラと嘘をついてしまった自分にも、そしてあっさりそれを信じた彼女にも少々釈然としない物があった。“ねじ”のことを秘密にする、というのは現時点では決定事項なのだが、嘘をつかなくてもいいのでは?と考えてしまった。何よりエリザがあっさりと話を受け入れてくれたことに、罪悪感と僅かなモヤモヤした感情を抱いた。わざと、嘘だとわかっててわざと、信じたフリをしている?なんと優しい。心が痛くなるばかりだ。
「どうしたの?」
「いえ、すいません。今のは嘘です。でも、本当のことも言えないんです」
エリザは暖かな微笑みを湛えて私を見下ろしたまま、ゆっくりと頷いた。
「それでいいわ。気をつけてね」
軽く腹を満たした後、私はすぐに準備を整えた。とは言っても、服を着替えて鞄を肩から下げただけなんだが。二階で着替えて、再び一階に降りる。エリザとクロスが、並んで私を待っていた。
「場所は覚えてる?」
「うん、バッチリ」
助かった。私は“ねじ”の場所を覚えていない。あのときは方向感覚も狂っていたし、意識を失ったせいか、前後の記憶が曖昧なのだ。
階段を降りきった私にエリザが一歩近づき、白いマフラーを私の首に掛けた。毛糸でできた、柔らかい代物だ。「ありがとうございます」礼を言う私の頬に手を添え、彼女は柔らかく微笑んだ。
「それはね、娘のよ。あげるんじゃなくて、貸すのよ」
「……わかりました。無傷で返しに来ますね」
エリザの目は、優しく光っていたが、同時に強いなにかの感情もあった。今は何も言うまい。
「じゃ、ちょっと行ってきますね」
「行ってらっしゃい」
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