わたしの愛した世界

伏織

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終章

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終章



あの小さな村に住む人間を全員殺しても、彼女の心は曇ったままだった。腹の中の重石が取り除かれるどころか、どんよりと息の詰まるほどに重さを増していく。


「あんたの弟は、クズよ」


金髪の女は最期まで屈することはなかった。それどころか、死ぬ直前まで強い目つきで彼女を睨み続け、息絶える前にはそんな言葉をつぶやいた。憎らしそうに、今まで何度も人間の怨嗟を目の当たりにしてきた彼女ですら、寒気がするような冷たい声だった。

自分よりも弱い立場の者に対して、たった一瞬でも怯えてしまったことが、彼女の怒りの炎に更に薪を焼べる結果となった。


弟のルークは、彼女にとってはたった一人の、大切な家族であった。彼女が国軍に入隊したとき、ルークはまだ9歳の子供だった。彼女と離れ、知らない親戚の家に住むことになり、きっと寂しかったことだろう。
ルークは毎月欠かさず手紙をよこし、彼女も毎月返事を書いた。しかし、何年も続いたその習慣はもう終わりを告げたのだ。



数日前に突如、早馬で彼女の暮らす軍事施設にやってきた眼鏡の弱そうな男が、最悪のニュースを持ってきた。ルークが殺されたという。


早馬とはいえ、そんなに早くその知らせが来たのは、彼女は彼が殺された森に近い基地に訓練に来ていたためだ。訓練後に2日の休みがるので、久々に会ってゆっくりと酒でも酌み交わそうと、弟と手紙で約束していた。


しかし、こんなことになってしまった。




森の中で無残に殺されたルークの亡骸を目の当たりにしたとき、彼女の胸のうちは一気に空っぽになった。今はそこに灼熱の怒りと憎しみが漂い、赤々と染まった悲しみの海が広がっている。

そして少し、ほんの少しだけ、恐怖もあった。彼女は軍で表向きは下っ端で、他の女同様に男たちから邪魔に思われるか色眼鏡で見られる立場であった。しかし裏では上層部からの命令に従って政府の反乱分子や邪魔な政治家を捕らえて拷問にかけたり、暗殺をしたりといった汚れ仕事をやってきた。

人間のまぶたを無理やり剥がしたり、生きたままネズミに腸を食わせたり、そういったことを当たり前のようにやって来た。最初はもちろん嫌だった。不愉快だったし、毎日眠れない時期もあった。それに順応して、彼女は生き残ってきた。自分は強い女なのだ。


そんな彼女でも、弟の死に様には報えた。
非常に切れ味の良い刃物で、的確に顎を貫いて殺しただけでは飽き足らず、滅多刺しにして腸どころか、心臓までが飛び散っていた。憎悪よりも、生き物としての関心が全く無いような、物を壊すような殺し方に思えた。


あの女の言うように、弟は彼女の知らないところでなにか悪いことをしていたのかもしれない。クズかもしれない。しかしそんなことは関係ない。家族なのだから、どんなときでも味方でいるべきだ。


だから、彼女は自分の弟を殺した奴らを追いかけることにしたのだ。初日に目と鼻の先まで迫った。同じ宿に宿泊して夜を待って殺そうとした。
もう少しで殺してやる事ができたはずなのに、想定外にも敵は勘が良かった。その上、彼女を殴って気絶している間にまんまと逃げおおせた。

怒りのあまり、彼女は宿の住人を殺した。宿の主人から奴らのことを聞き、近所の問屋に奴らの関係者がいることを知った。その女を拷問したが、また想定外なことに、女は彼女よりも遥かに強い女だった。


「あんたの弟は、クズよ」


うるさい。


苛立ちをぶつけるために、近くの木を蹴った彼女を、眼鏡の男が怯えた目で見ていた。そいつを無視して、その更に隣を歩いていた男に口笛で合図する。その男は屈強で、顔に傷がある。彼女の部下で、あの夜は彼女に従って村の人間を殺していった。乱暴に村人を殺していった彼女とは違い、彼は静かに、一瞬で村人の命を消していった。無意味な苦痛は好まない質であった。


こちらを見た男に、彼女は少し離れた前方にある、小さな一軒家を顎で示した。森の中に、その家だけがぽつんと立っているのだ。


男は頷いて、腰の鞘から大きな、湾曲した刀を引き抜いた。静かに走り出した男を立ち止まって見送りながら、彼女はあの日頃しそこねた少女の顔を記憶に蘇らせた。


「絶対殺してやる」



物騒なつぶやきは、森の中を吹き渡る風に溶けていった。







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