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姉の婚約
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「うちとしては、これ以上ないありがたい話よ」
「惣一朗も、前の世代でうちにはずいぶん助けられたから是非にと言っている」
惣一朗とは小野寺のおじ様で、碧斗さんの実父だ。
父の言葉から想像するに、小野寺家はこの話に乗り気らしい。
もちろんうちの両親もそうだと、ふたりの表情から伺えた。
「ねえ、それって私と音羽のどちらに来た話なの」
一瞬私に向けられた姉の視線は、なぜか鋭いものだった。
「とくに指定はないわ」
それはまた、曖昧な話だ。
ただ縁をつなぐことだけを重視して、相手はどちらでもいいと聞こえるのが引っかかる。
そこに、当事者である碧斗さんの意志は含まれているのだろうか。
「じゃあ、私が婚約者になるわ」
疑問を感じているのは私だけのようで、姉がずいっと身を乗り出した。
「え?」
迷いのない姉の申し出に、思わず声が漏れる。
そんな私を、姉は小ばかにしたように見た。
「私の方が音羽より成績はいいし、見た目も自信がある。それに碧斗さんだって、まだ子どものこの子よりも私を望むはずよ」
そう堂々と言い切った姉の横で、顔をうつむかせた。
姉はとにかく器用な人で、それほど必死にならなくともなんでも無難にこなしてしまう。
学業はもちろん、茶華道などの習い事もそうだった。それに、社交性も高くて交友関係も広い。
私が睡眠時間を削ってがんばっても、どの分野でも姉には敵わない。
努力だけではどうにもならない外見を比べても、美人な姉の方が望まれるのは一目瞭然だ。年齢的にもその通りで、たしかに彼女の方がふさわしいと納得した。
「まあ、ずいぶん乗り気ね」
母の表情が、安堵で明るくなる。
「だって、碧斗さんカッコいいじゃない。それに次期社長に決まっているんでしょ? 超優良物件だわ」
数回顔を合せて碧斗さんが好きになっていたのかと思いきや、姉から飛び出したのは打算的な言葉だった。
父の説明によれば、今の碧斗さんは様々な部署で経験を積んでおり、数年後には副社長に昇格することが決まっている。
社長を継ぐのはいつになるかは不明だが、彼がその座に就くのはおじ様も本人も望んでいるという。
「そうね。一嘩は美人だし、学校の成績も音羽よりよかったもの。あちらも優秀な方に来てほしいのは当然だわ」
母の言葉に胸がズキリと痛み、顔をうつむかせた。
「おい」
短いひと言で父が母を咎めたが、それを気にするような人ではない。
物心ついた頃から、母はことあるごとに私と姉を比較してきた。姉を褒めつつ遠回しに私を貶めすような言い回しは頻繁にされてきたが、何度言われても慣れはしない。
母がそういう態度でいるのもあり、姉はすっかり私を見下している節がある。
ただ、母が私を嫌っているわけでないのは感じている。
私が習い事をしたいと言えば可能な限り許可してくれたし、誕生日やクリスマスのプレゼントも姉妹間で差をつけられたことはない。
母の言動は無自覚なもので、そういう性格の人なのだと、いつの頃からかあきらめの気持ちで受け入れていた。
「あなた。一嘩がそう言うのなら、いいわよね?」
一応は尋ねているように聞こえるが、母の表情から父の意見に関わらず決定事項だと告げているのが察せられる。
「……ああ」
こちらをチラリと見た父は、一瞬間をおいて端的に返した。もちろん、私に反対するつもりはない。
「惣一朗も、前の世代でうちにはずいぶん助けられたから是非にと言っている」
惣一朗とは小野寺のおじ様で、碧斗さんの実父だ。
父の言葉から想像するに、小野寺家はこの話に乗り気らしい。
もちろんうちの両親もそうだと、ふたりの表情から伺えた。
「ねえ、それって私と音羽のどちらに来た話なの」
一瞬私に向けられた姉の視線は、なぜか鋭いものだった。
「とくに指定はないわ」
それはまた、曖昧な話だ。
ただ縁をつなぐことだけを重視して、相手はどちらでもいいと聞こえるのが引っかかる。
そこに、当事者である碧斗さんの意志は含まれているのだろうか。
「じゃあ、私が婚約者になるわ」
疑問を感じているのは私だけのようで、姉がずいっと身を乗り出した。
「え?」
迷いのない姉の申し出に、思わず声が漏れる。
そんな私を、姉は小ばかにしたように見た。
「私の方が音羽より成績はいいし、見た目も自信がある。それに碧斗さんだって、まだ子どものこの子よりも私を望むはずよ」
そう堂々と言い切った姉の横で、顔をうつむかせた。
姉はとにかく器用な人で、それほど必死にならなくともなんでも無難にこなしてしまう。
学業はもちろん、茶華道などの習い事もそうだった。それに、社交性も高くて交友関係も広い。
私が睡眠時間を削ってがんばっても、どの分野でも姉には敵わない。
努力だけではどうにもならない外見を比べても、美人な姉の方が望まれるのは一目瞭然だ。年齢的にもその通りで、たしかに彼女の方がふさわしいと納得した。
「まあ、ずいぶん乗り気ね」
母の表情が、安堵で明るくなる。
「だって、碧斗さんカッコいいじゃない。それに次期社長に決まっているんでしょ? 超優良物件だわ」
数回顔を合せて碧斗さんが好きになっていたのかと思いきや、姉から飛び出したのは打算的な言葉だった。
父の説明によれば、今の碧斗さんは様々な部署で経験を積んでおり、数年後には副社長に昇格することが決まっている。
社長を継ぐのはいつになるかは不明だが、彼がその座に就くのはおじ様も本人も望んでいるという。
「そうね。一嘩は美人だし、学校の成績も音羽よりよかったもの。あちらも優秀な方に来てほしいのは当然だわ」
母の言葉に胸がズキリと痛み、顔をうつむかせた。
「おい」
短いひと言で父が母を咎めたが、それを気にするような人ではない。
物心ついた頃から、母はことあるごとに私と姉を比較してきた。姉を褒めつつ遠回しに私を貶めすような言い回しは頻繁にされてきたが、何度言われても慣れはしない。
母がそういう態度でいるのもあり、姉はすっかり私を見下している節がある。
ただ、母が私を嫌っているわけでないのは感じている。
私が習い事をしたいと言えば可能な限り許可してくれたし、誕生日やクリスマスのプレゼントも姉妹間で差をつけられたことはない。
母の言動は無自覚なもので、そういう性格の人なのだと、いつの頃からかあきらめの気持ちで受け入れていた。
「あなた。一嘩がそう言うのなら、いいわよね?」
一応は尋ねているように聞こえるが、母の表情から父の意見に関わらず決定事項だと告げているのが察せられる。
「……ああ」
こちらをチラリと見た父は、一瞬間をおいて端的に返した。もちろん、私に反対するつもりはない。
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