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身代わりの結婚

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 しばらくしてオーダーしたコーヒーが届いたところで、仕切り直すように背をすっと伸ばす。私の気配を察した碧斗さんが、こちらに視線を向けた。

「碧斗さん。姉がとんでもないことをしてしまい、本当にすみませんでした」

 彼の負った心の傷は、私の謝罪くらいで癒されるわけではない。そうわかっていても、謝らずにはいられなかった。

 碧斗さんの姉への想いがどれほど大きかったのかは知らないが、もう何年も婚約者として一緒にいたのだ。ふたりの間には、当事者だけが感じられる絆や情があったのだろうと想像している。

「もうこれ以上は、謝らなくて大丈夫だから」

「ですが……」

 繰り返しかけた私の言い分は、彼が首を左右に振ったためのみ込んだ。

「これまで誰にも明かしてこなかったが、彼女とは最初から上手くいっていなかったんだ」

「え?」

 そんなはずはない。
 ふたりは婚約当初から、連れ立って出かけていた。
 姉の態度は決していいものではなかったが、碧斗さんはいつだって大人の余裕で受け入れて、ときには宥めながら上手く付き合っていたように思う。

 ここ数年の間も、ふたりが一緒にいる姿を見かける機会はあった。傍から見た彼らの様子は、上手くいっていないと言われるようなものではない。

 不仲を感じさせる決定的なものはなく、むしろ姉は彼が私と接触するたびに苛立ちを見せていた。おそらくあれは、嫉妬や独占欲からくるものではなかっただろうか。

「小野寺からは姉妹のどちらかと婚約を、と提案したはずだ。波川では、どうやって彼女に決めたんだ?」

 考える間でもなく、あの日のやりとりはしっかりと覚えている。

「両親からお見合いの話を聞いたとき、相手が碧斗さんだと知って、姉がすぐに自分が婚約すると言いました。それで、そのまま……」

 大した話し合いもないまま、姉からの申し出ひとつで決めてしまったなど、さすがに申し訳なかったかもしれない。
 考えもなくペラペラ話してしまったと、言い訳のように言葉を重ねた。

「あ、姉は私より優秀で、それに身内が言うのもなんですが容姿も優れていて……」

 だからこそ碧斗さんにふさわしいのだと、あの場で母もすぐさま賛同していた。

 私では彼に相応しくないのだとあらためて考えてしまい、顔をうつむかせる。

「そうか」

 なんの感情も感じさせない声音で、碧斗さんがつぶやいた。
 視線だけそっと上げたところ、私と目が合った途端に彼は穏やかな表情を取り繕った。
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