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身代わりの結婚
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しばらくして少しだけ緊張が解れてきたところで、ハンドルを握る碧斗さんをこっそり盗み見た。
今日の彼は、グレースーツを着用している。
そういえば私が見かけたときの碧斗さんがいつもスーツ姿だったのは、直前まで仕事をしていたからだろうかと、ふと疑問がよぎった。
忙しい立場にあるのだから、そんな時間に追われるような生活も仕方がないのだろう。なんにせよ、スーツをピシッと着こなす姿は素敵だ。
「いつ日本に戻ってきたの?」
不意に問いかけられて、目を瞬かせる。
「おととい、です」
私のぎこちない態度を、彼が小さく笑った。
「そう。フランスでの話も、また聞かせてほしいな」
「え、ええ」
当たり障りのない話をしているうちに、目的のカフェに到着した。
そこは人通りの多い道からは逸れた所にある店で、レンガ造りの外観がかわいらしい。
碧斗さんの印象とはかけ離れている気がするが、もしかすると姉と来たことがあるのだろうか。
姉とは、きっといろいろな場所へ出かけていたのだろう。
もう関係が切れているとはいえ、私の知らないふたりの姿を考えただけで気分が沈みそうになった。
店員の案内で、窓に面した席に着く。ガラスの向こうには、店の外からは見えなかった洋風の庭園が広がっていた。
庭の奥にはピンクのコスモスが咲き乱れ、手前の花壇には赤やオレンジ色のケイトウが満開を迎えている。
中央には蛇行した一本道が通っており、それを辿った先に植えられたコムラサキの鮮やかな紫色の実が目を惹いた。
別の一角には、緑があふれている。あれは、ハーブだろうか。遠目だからはっきりしないが、おそらくミントやローズマリーのようだ。
統一性なく様々な植物が植えられているが、それがかえってオシャレで目を楽しませてくれる。一見して無造作なようでも、おそらくそう見えるように手が入れられているのだろう。とにかく素敵で、いつまでも見ていられそうだ。
寸前に抱いた暗い気持ちが、庭を眺めているだけで嘘のように晴れていった。
「気に入ってくれたかな?」
外の景色に釘づけになっていた私に、向かいの席から声がかかる。ハッと我に返り、慌てて碧斗さんに向き直った。
「すごくかわいくて、つい見惚れてしまいました」
そう言いながら、再び庭に視線を送った。
「そうか。この店は、今日のために部下に教えてもらったんだ」
つまりここは、姉とは無関係な場所だ。そんな些細な事実に、気分が浮上する。
碧斗さんだって今回の話は突然だったろうに、私のためにこんな気遣いを見せられて、ありがたさとうれしさに自然と笑みが浮かんだ。
「よかった。やっと笑ってくれたね」
「え?」
どういう意味かと、控えめに視線で問い返す。
「こんな事態だから仕方がないとはいえ、会ったときから表情が強張っていたから」
今日は家を出る前からずっと不安で、ところどころ記憶が曖昧になっている。
そこへさらに長年の想い人からふたりだけで話したいと連れ出されて、緊張がずっと続いていたのだからそうなるのも仕方がないだろう。
彼の指摘が気恥ずかしくて、顔を隠すように頬に手を添えた。
今日の彼は、グレースーツを着用している。
そういえば私が見かけたときの碧斗さんがいつもスーツ姿だったのは、直前まで仕事をしていたからだろうかと、ふと疑問がよぎった。
忙しい立場にあるのだから、そんな時間に追われるような生活も仕方がないのだろう。なんにせよ、スーツをピシッと着こなす姿は素敵だ。
「いつ日本に戻ってきたの?」
不意に問いかけられて、目を瞬かせる。
「おととい、です」
私のぎこちない態度を、彼が小さく笑った。
「そう。フランスでの話も、また聞かせてほしいな」
「え、ええ」
当たり障りのない話をしているうちに、目的のカフェに到着した。
そこは人通りの多い道からは逸れた所にある店で、レンガ造りの外観がかわいらしい。
碧斗さんの印象とはかけ離れている気がするが、もしかすると姉と来たことがあるのだろうか。
姉とは、きっといろいろな場所へ出かけていたのだろう。
もう関係が切れているとはいえ、私の知らないふたりの姿を考えただけで気分が沈みそうになった。
店員の案内で、窓に面した席に着く。ガラスの向こうには、店の外からは見えなかった洋風の庭園が広がっていた。
庭の奥にはピンクのコスモスが咲き乱れ、手前の花壇には赤やオレンジ色のケイトウが満開を迎えている。
中央には蛇行した一本道が通っており、それを辿った先に植えられたコムラサキの鮮やかな紫色の実が目を惹いた。
別の一角には、緑があふれている。あれは、ハーブだろうか。遠目だからはっきりしないが、おそらくミントやローズマリーのようだ。
統一性なく様々な植物が植えられているが、それがかえってオシャレで目を楽しませてくれる。一見して無造作なようでも、おそらくそう見えるように手が入れられているのだろう。とにかく素敵で、いつまでも見ていられそうだ。
寸前に抱いた暗い気持ちが、庭を眺めているだけで嘘のように晴れていった。
「気に入ってくれたかな?」
外の景色に釘づけになっていた私に、向かいの席から声がかかる。ハッと我に返り、慌てて碧斗さんに向き直った。
「すごくかわいくて、つい見惚れてしまいました」
そう言いながら、再び庭に視線を送った。
「そうか。この店は、今日のために部下に教えてもらったんだ」
つまりここは、姉とは無関係な場所だ。そんな些細な事実に、気分が浮上する。
碧斗さんだって今回の話は突然だったろうに、私のためにこんな気遣いを見せられて、ありがたさとうれしさに自然と笑みが浮かんだ。
「よかった。やっと笑ってくれたね」
「え?」
どういう意味かと、控えめに視線で問い返す。
「こんな事態だから仕方がないとはいえ、会ったときから表情が強張っていたから」
今日は家を出る前からずっと不安で、ところどころ記憶が曖昧になっている。
そこへさらに長年の想い人からふたりだけで話したいと連れ出されて、緊張がずっと続いていたのだからそうなるのも仕方がないだろう。
彼の指摘が気恥ずかしくて、顔を隠すように頬に手を添えた。
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