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第1章 英雄の娘、冒険に出る
036 それぞれの使命
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武器屋を後にしたリーベたちはそのまま東門にやって来た。
門の傍らには門番のサイラスの姿があった。その佇まいは何時にも増して凜々しく、この街の番人としての威厳が満ち満ちていた。
しかし彼女の姿を認めるや相好を崩し、親しげに手を上げる。
「やあリーベちゃん。それにフェアさんも。これから鍛練ですか?」
「はい! これからフェアさんに魔法を教わるんです!」
リーベは自分の武器を手にした喜びと、本格的に魔法を教わることに対する好奇心とにすっかり昂ぶっていた。
「ふふ、教え甲斐のありそうで、私も楽しみです」
フェアが穏やかに笑うと、彼女は燥ぎすぎたと羞恥に頬を染める。
「ははは! 良い師弟じゃないですか!」
一頻り笑うとサイラスは笑みを取り払い、代わりに感慨深げな顔をする。
「そっか……ウワサには聞いてたけど、本当に冒険者になったんだね」
「……わたし、この街のみんなに元気になって欲しいんです」
「元気に?」
「はい。……あんなことがあって、街のみんなが怖がっちゃってて……だからお父さんみたいにみんなの希望になれたらなって」
「なるほどね……確かに、あれから街が死んだみたいだもんね」
彼は恥じ入るように視線を落とした。
「本当なら俺たち衛兵だけが頑張らなきゃいけないのに、リーベちゃんにも迷惑かけちゃってごめんね?」
「い、いえ……」
気まずい沈黙が流れる中、フェアが話題を転換する。
「ところで、何やらいつもと雰囲気が違うように感じるのですが、何かあったのですか?」
「あ、わたしも気になってたんです」
するとサイラスは頬を掻きながら答えてくれた。
「ええ、実はこの前の会議で俺たち衛兵の職務態度を指摘されたそうで。つい昨日、厳しく指導されたんです」
その言葉にリーベは、とある衛兵が警邏の途中で広場で買い食いしている姿を思い出した。
「ああ……」
納得していると、サイラスが彼女らの背後を指した。振返るとちょうど衛兵がやって来る。しかしその歩き方は今までのそれとはまるで違っていた。ピンと指を伸ばし、膝をしっかり上げながら歩いている。まるで行進でもしているかのようだ。
東門正面の十字路までやって来ると前後左右を指差した後、なんと彼は空まで見回した。
「異常なあしっ!」
朗々とした声を発し、今度はサイラスの方を見て合図を送る。するとサイラスは彼と同様に辺りを見回し、声を張り上げる。
「異常なあしっ!」
十字路の彼が鎧をジャラジャラ言わせながら去って行くと、サイラスさんは苦笑した。
「……とまあ、こんな事を義務づけられちゃってね」
「勝手が違うと大変でしょう」
フェアさんが言うと彼は額を拭った。
「はい。……まあ、すぐ慣れると思いますが」
「夜はどうするんですか?」
「夜は投光器を使って確認したり、合図をしたりすることになったんだよ」
投光器とは魔法のランプの派生品で、遠くを照らすためのものだ。
「へえ……本格的というか、なんというか」
「騎士団も本腰を入れているのですね」
「はい。それに魔法兵も増員する計画もあるみたいで。冒険者ギルドの方は何か?」
「こちらは魔物の警戒圏を広げることになりまして。該当地域の調査が急がれています」
「なるほど……これはお互い大変になりましたね」
「ええ。しかし全ては平和のためですから」
冒険者と衛兵。2人の会話を耳にしているとこの街が変わりつつある事をリーベは肌で感じた。平和のため、人々を安心させるために行動を起こしているのは彼女だけではないのだ。当然のことではあるのだが、彼女はその事実に励まされ、負けてられないという気持ちでいっぱいになった。
そんな気概を察したサイラスは微笑んで門を開けた。
「お互い、頑張ろうね」
「はい!」
東門を出たそこではヴァールとフロイデが木剣を打ち合わせていた。
両者の体格差は圧倒的で、まさに大人と子供だ。しかしフロイデはそれを感じさせないほど果敢に喰らい付いていて、その勇敢な姿にリーベは目を奪われた。
「くっ!」
上段からの振り下ろしに押され、彼は苦悶する。
「お前はチビなんだから力でやり合うな!」
「――っ! チビじゃ、ない……!」
叱咤の声に呼応するように、相手の剣を左側面へ流し、その隙に肉薄。左腕を相手の腕に絡めて剣を封じ、右手に保持した長剣を喉笛へ突きつける。
「ふう……ふう…………!」
「そうだ。それでいい」
ヴァールの声を最後に戦いは――いや、組み討ちは終わり、2人は険を取り払い、剣を下ろした。
弟子がだくだくと汗を流す一方、師匠は微かに汗を滲ませているだけだった。グローブの甲で狭い額を拭うと、小さな目をリーベに向けてくる。
「よう。ちゃんと買えたみてえだな」
陽気な言葉と共にクマのような大きな手を軽く上げた。
「うん、見て見て!」
リーベは駆け寄ると肩に回したベルトに難儀しつつもスタッフを取出し、見せつける。
「なんだ、お前にしちゃ、随分地味じゃねえか」
(おじさんたらすぐ意地悪言うんだから!)
「違うよ! これは燻し銀なんだから!」
「だはは! 物は言いようだな!」
大口を開けて笑うから唾が飛ぶ。リーベは咄嗟にスタッフを掲げて逃したものの、代わりに顔を汚す羽目になった。
「ぬう……」
「ふふ、気に入って貰えたようで嬉しい限りです」
リーベが顔を拭う傍らでフェアが微笑むと、ヴァールは苦笑した。
「たく、オモチャじゃねえんだぞ?」
「わかってるよ!」
反論していると、むっつりと口を閉ざしていたフロイデと目が合う。
もの言いたげに見えたがしかし、ぷいっと目を背けられてしまう。
「?」
首を傾げる彼女を他所に、師匠2人は話を進める。
「魔法の訓練をするには手狭ですし、あそこへ行きましょう」
「おっそうだな。行くぞフロイデ」
「……うん」
2人が歩き出す中、リーベはフェアに尋ねる。
「行くって、どこにですか?」
「それは着いてからのお楽しみです。それより、私たちも参りましょうか」
「あ、はい!」
テルドルの東門から延びる街道は緩やかに傾斜していて、北東の平地を目指してゆったりと大きな弧を描いている。故にその道程は酷く単調で、おまけに景観にも変化がないのだから、リーベが途方もないという感想を抱いてしまうのも致し方ないことだろう。
「うへえ……どこまで、行くん、ですか……?」
坂を下るのにも存外体力を使うもので、厚着に武装していることもあり、彼女はすぐに疲れだした。
「もうそろそろです――と、ここです」
街道の脇に大きな広場が現われた。外周は木の柵で囲われている他、鳴子が施されている。
手前には小屋があり、奥の方には金属製の的が4つ立てられている。
この光景に彼女は以前、冒険者の客が『練習場が――』という話をしていたのを思い出す。
「こ、ここが練習場、ですか……? ふう……」
「そうです。街の近くで魔法の練習をするのは危ないからと、冒険者ギルドが作ったんですよ」
「へえ……でも、その割には人がいないですね」
率直に問い掛けると彼は苦笑した。
「ええ。街にいるときくらい、ゆっくりしたいという方が多いんですよ」
「なるほど……」
痛いほどに共感していると、フェアは言う。
「では、少し休憩したら訓練に入りましょうか」
「わかりました」
適当なところに腰を下ろし、一息つく。すると遠くで剣士2人が木剣を振るっているのが目に付いた。
リーベらがスタッフを選んでいる時から剣を振っていたにも関わらず、その動作にはキレがあった。さすが冒険者だとリーベは感心させられたが、同時に、自分もあれくらいの体力を付けなければいけないのだと思い知らされる。遠大極まる目標に溜め息が零れるも、やる気が損なわれることは無かった。
門の傍らには門番のサイラスの姿があった。その佇まいは何時にも増して凜々しく、この街の番人としての威厳が満ち満ちていた。
しかし彼女の姿を認めるや相好を崩し、親しげに手を上げる。
「やあリーベちゃん。それにフェアさんも。これから鍛練ですか?」
「はい! これからフェアさんに魔法を教わるんです!」
リーベは自分の武器を手にした喜びと、本格的に魔法を教わることに対する好奇心とにすっかり昂ぶっていた。
「ふふ、教え甲斐のありそうで、私も楽しみです」
フェアが穏やかに笑うと、彼女は燥ぎすぎたと羞恥に頬を染める。
「ははは! 良い師弟じゃないですか!」
一頻り笑うとサイラスは笑みを取り払い、代わりに感慨深げな顔をする。
「そっか……ウワサには聞いてたけど、本当に冒険者になったんだね」
「……わたし、この街のみんなに元気になって欲しいんです」
「元気に?」
「はい。……あんなことがあって、街のみんなが怖がっちゃってて……だからお父さんみたいにみんなの希望になれたらなって」
「なるほどね……確かに、あれから街が死んだみたいだもんね」
彼は恥じ入るように視線を落とした。
「本当なら俺たち衛兵だけが頑張らなきゃいけないのに、リーベちゃんにも迷惑かけちゃってごめんね?」
「い、いえ……」
気まずい沈黙が流れる中、フェアが話題を転換する。
「ところで、何やらいつもと雰囲気が違うように感じるのですが、何かあったのですか?」
「あ、わたしも気になってたんです」
するとサイラスは頬を掻きながら答えてくれた。
「ええ、実はこの前の会議で俺たち衛兵の職務態度を指摘されたそうで。つい昨日、厳しく指導されたんです」
その言葉にリーベは、とある衛兵が警邏の途中で広場で買い食いしている姿を思い出した。
「ああ……」
納得していると、サイラスが彼女らの背後を指した。振返るとちょうど衛兵がやって来る。しかしその歩き方は今までのそれとはまるで違っていた。ピンと指を伸ばし、膝をしっかり上げながら歩いている。まるで行進でもしているかのようだ。
東門正面の十字路までやって来ると前後左右を指差した後、なんと彼は空まで見回した。
「異常なあしっ!」
朗々とした声を発し、今度はサイラスの方を見て合図を送る。するとサイラスは彼と同様に辺りを見回し、声を張り上げる。
「異常なあしっ!」
十字路の彼が鎧をジャラジャラ言わせながら去って行くと、サイラスさんは苦笑した。
「……とまあ、こんな事を義務づけられちゃってね」
「勝手が違うと大変でしょう」
フェアさんが言うと彼は額を拭った。
「はい。……まあ、すぐ慣れると思いますが」
「夜はどうするんですか?」
「夜は投光器を使って確認したり、合図をしたりすることになったんだよ」
投光器とは魔法のランプの派生品で、遠くを照らすためのものだ。
「へえ……本格的というか、なんというか」
「騎士団も本腰を入れているのですね」
「はい。それに魔法兵も増員する計画もあるみたいで。冒険者ギルドの方は何か?」
「こちらは魔物の警戒圏を広げることになりまして。該当地域の調査が急がれています」
「なるほど……これはお互い大変になりましたね」
「ええ。しかし全ては平和のためですから」
冒険者と衛兵。2人の会話を耳にしているとこの街が変わりつつある事をリーベは肌で感じた。平和のため、人々を安心させるために行動を起こしているのは彼女だけではないのだ。当然のことではあるのだが、彼女はその事実に励まされ、負けてられないという気持ちでいっぱいになった。
そんな気概を察したサイラスは微笑んで門を開けた。
「お互い、頑張ろうね」
「はい!」
東門を出たそこではヴァールとフロイデが木剣を打ち合わせていた。
両者の体格差は圧倒的で、まさに大人と子供だ。しかしフロイデはそれを感じさせないほど果敢に喰らい付いていて、その勇敢な姿にリーベは目を奪われた。
「くっ!」
上段からの振り下ろしに押され、彼は苦悶する。
「お前はチビなんだから力でやり合うな!」
「――っ! チビじゃ、ない……!」
叱咤の声に呼応するように、相手の剣を左側面へ流し、その隙に肉薄。左腕を相手の腕に絡めて剣を封じ、右手に保持した長剣を喉笛へ突きつける。
「ふう……ふう…………!」
「そうだ。それでいい」
ヴァールの声を最後に戦いは――いや、組み討ちは終わり、2人は険を取り払い、剣を下ろした。
弟子がだくだくと汗を流す一方、師匠は微かに汗を滲ませているだけだった。グローブの甲で狭い額を拭うと、小さな目をリーベに向けてくる。
「よう。ちゃんと買えたみてえだな」
陽気な言葉と共にクマのような大きな手を軽く上げた。
「うん、見て見て!」
リーベは駆け寄ると肩に回したベルトに難儀しつつもスタッフを取出し、見せつける。
「なんだ、お前にしちゃ、随分地味じゃねえか」
(おじさんたらすぐ意地悪言うんだから!)
「違うよ! これは燻し銀なんだから!」
「だはは! 物は言いようだな!」
大口を開けて笑うから唾が飛ぶ。リーベは咄嗟にスタッフを掲げて逃したものの、代わりに顔を汚す羽目になった。
「ぬう……」
「ふふ、気に入って貰えたようで嬉しい限りです」
リーベが顔を拭う傍らでフェアが微笑むと、ヴァールは苦笑した。
「たく、オモチャじゃねえんだぞ?」
「わかってるよ!」
反論していると、むっつりと口を閉ざしていたフロイデと目が合う。
もの言いたげに見えたがしかし、ぷいっと目を背けられてしまう。
「?」
首を傾げる彼女を他所に、師匠2人は話を進める。
「魔法の訓練をするには手狭ですし、あそこへ行きましょう」
「おっそうだな。行くぞフロイデ」
「……うん」
2人が歩き出す中、リーベはフェアに尋ねる。
「行くって、どこにですか?」
「それは着いてからのお楽しみです。それより、私たちも参りましょうか」
「あ、はい!」
テルドルの東門から延びる街道は緩やかに傾斜していて、北東の平地を目指してゆったりと大きな弧を描いている。故にその道程は酷く単調で、おまけに景観にも変化がないのだから、リーベが途方もないという感想を抱いてしまうのも致し方ないことだろう。
「うへえ……どこまで、行くん、ですか……?」
坂を下るのにも存外体力を使うもので、厚着に武装していることもあり、彼女はすぐに疲れだした。
「もうそろそろです――と、ここです」
街道の脇に大きな広場が現われた。外周は木の柵で囲われている他、鳴子が施されている。
手前には小屋があり、奥の方には金属製の的が4つ立てられている。
この光景に彼女は以前、冒険者の客が『練習場が――』という話をしていたのを思い出す。
「こ、ここが練習場、ですか……? ふう……」
「そうです。街の近くで魔法の練習をするのは危ないからと、冒険者ギルドが作ったんですよ」
「へえ……でも、その割には人がいないですね」
率直に問い掛けると彼は苦笑した。
「ええ。街にいるときくらい、ゆっくりしたいという方が多いんですよ」
「なるほど……」
痛いほどに共感していると、フェアは言う。
「では、少し休憩したら訓練に入りましょうか」
「わかりました」
適当なところに腰を下ろし、一息つく。すると遠くで剣士2人が木剣を振るっているのが目に付いた。
リーベらがスタッフを選んでいる時から剣を振っていたにも関わらず、その動作にはキレがあった。さすが冒険者だとリーベは感心させられたが、同時に、自分もあれくらいの体力を付けなければいけないのだと思い知らされる。遠大極まる目標に溜め息が零れるも、やる気が損なわれることは無かった。
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