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第1章 英雄の娘、冒険に出る
038 質素な食事
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(慎重に慎重に……)
リーベがゆっくりと魔力を籠めていくと、紫紺の珠は太陽のように白く、煌々と輝いた。その時、フェアの口から次なる指示が飛ぶ。
「そこで止めてください」
「は、はい……!」
魔力の供給を断たず、かといって流し過ぎず。絶えず同量の魔力を籠めた状態を維持する。そう意識しているがしかし、チラチラと光量が変化してしまう。しかしここで慌ててしまえば全てがご破算だ。努めて冷静に魔力を調整し……
「そうです。そのまま……」
「すう……ふう……」
「ゆっくりと魔力を弱めて……そこで止めてください。そうです……今度は強めて……」
言われるままに魔力を制御していると、スタッフを握り絞めた両手の平にじっとりと汗が滲むのが分かる。それだけじゃない。額や背中にと、まるで猛暑日であるかのようだ。
「ふうう……」
集中していたその時、目に汗が入り、制御を手放してしまう。
ボウッ!
「きゃあ!」
珠から人1人呑み込めそうなほど大きな炎が上がり、黒煙を立ち上らせている。その様はまるで松明のようだ。
「ど、どうすれば……!」
戸惑っていると、透かさずフェアが叫ぶ。
「そのままで!」
彼は手の中に大きな滴を生み出し、唸る業火に呑み込まれていた珠に叩き付ける。
すると「ドジュウウッ!」とまるで呻くような音と共に業火は消え失せた。
リーベはボヤを起こした戸惑いと恐怖、そして炎が収まったことへの安堵で胸がいっぱいだった。心臓はバクバクと激しく拍動し、こめかみの辺りでは脈打を打っている。それらに促されて汗が水源のように滲み出る。
「お怪我はありませんか?」
フェアに言われて彼女は我を取り戻した。
「あ……はい。その、ごめんなさい……」
「訓練に失敗はつきものです。それよりも、手放さないでいてくれたお陰で、安全に消火できました」
彼が微笑むのを見て、彼女はようやく落ち着いた。
鎮まりつつある心臓を、胸当てごしに押さえて溜め息をつく。
「ほっ……助けてくれて、ありがとうございます」
「いえ。これも役目ですから。杖も無事のようですね」
「え? ……ああ、ホントだ」
あれほどまでに燃えていたのに、僅かにも焦げていなかった。
「どうして焦げてないんですか?」
疑問を打つけると彼は難しそうに目を瞑った。
「それを説明するには魔術理論について語らなければなりません。長くなりますので要約しますと、魔法で生み出した火は魔力の塊であって、本物の火ではありません。なので魔力を流している物に対しては引火できないのです」
「? ええと……」
「難しいことですので、そういう物だと思っていただければ結構です」
「わ、わかりました……」
自分を納得させるべく内心、胸に言い聞かせていると、返事代わりか腹が鳴った。慌てて腹を押さえると、フェアはくすりと笑って空を見上げた。
目線を追うと、太陽は既に天頂を過ぎていた。
「おや、もうこんな時間ですか。少し遅いですが、お昼にしましょう」
そう言ってヴァールたちに手を振ると、向こうも振り返してきた。
「テルドルに戻るんですか?」
「いいえ。ここで食べます。食べますが……お口に合うかどうか」
彼にしては珍しく、申し訳なさそうな顔をしていた。
それを不思議に思いつつも、彼を苦渋させるその何かに対し、リーベは畏怖の念を募らせるのだった。
練習場に立てられた小屋の中には家具の類いが一切なく、雨風を凌ぐためだけの空間であった。そんな無機質な空間の中で、リーベたち4人は車座になって昼食を摂ることに。しかし彼女はエーアステに戻って食べるものだと思っていたものだから、何の用意もしていなかった。
「あの、わたし、お弁当なんて持ってきていないんだけど……」
「俺らの方で用意しといたから安心しな」
そう語るヴァールの顔には表情という物がなかった。
他方、日頃無表情なフロイデはというと、今は明確に嫌そうな顔をしている。
この異常事態にリーベは大いに当惑したが、フェアから分け与えられたそれを見て、全てを理解したのだった。
「干し肉とビスケットです。行動食として常日頃携帯しているのですが……お察しの通り、味は悪いです。なので今のうち慣れていただこうと思ったんです」
「なるほど……」
リーベの父エルガーは冒険者を引退して良かった事の1つとして、これを食べなくて済むことをあげていた。それ程に不味いのだ。
彼女が恐々としていると、ヴァールが諭すように言う。
「日頃美味いもんばっか食ってるお前の事だ。今のうち慣れとかねえと後が大変だからな。観念しろ」
「……う、うん。わかった……」
それ程までに忌み嫌われる食べ物とは一体……恐ろしく思いつつも、一方で楽しみ感じている自分がいた。そのことにリーベは、人間の感性が妙なことを感じずにはいられなかった。
視線を下ろした先にそれらはある。
赤褐色の肉塊と、手のひらサイズのビスケット。いずれも質素な見た目で、とても食欲は湧いてこない。これを進んで食べるということは即ち、他に食べるものがないと言うことで。リーベは食事の面から冒険者業の過酷さを知らされるのだった。
「い、いただいても?」
「どうぞ」
「じ、じゃあ、いただきます」
みんなが見守る中、リーベは干し肉に齧り付いた。
「あぐ……むぐむぐ」
干しているだけあってパサパサとしていて、グニグニと固い食感は噛み千切るというより、噛み潰すと表現する方が適切だろう。味は牛肉の特有の赤い風味が凝縮されていて、微かな塩みを感じる。だがこの具合から鑑みるに『味付けのため』ではなく、『保存が利くように』という目的で調味されたのは明らかだった。これは確かに――
「美味しくない……」
「だろ?」
「そうでしょう」
「……やっぱり」
3人は口々に同意を示した。
それ程までに嫌われているこの食べ物が可愛そうになってくるが、それは彼らの献身の証なのだ。だから不味さも愛嬌というべきだろう。
「こっちは?」
ビスケットを手にすると、ヴァールが忠告する。
「固いからふやかして食えよ」
「ふやかすって、どうやっって?」
「咥えて唾でふやかすんだ。下手に砕こうとすると前歯がやられるぞ」
「ええ、怖い……」
「冒険者は前歯欠けてる人、多い」
フロイデの言葉にリーベ思いだした。
(そういえばボリスさんは前歯がなかったっけ……)
身近な人を襲った不幸に彼女は震え上がった。
(前歯がなくなったら、もう人前で笑えなくなっちゃう……!)
「うう……わ、わたしは干し肉だけでいいです」
ビスケットを置こうとした時、フェアがピシャリと言う。
「それはいけません。ただでさえ、冒険中は栄養が偏りがちなのですから、その上で偏食など言語道断です」
「ご、ごめんなさい……」
「分かれば良いのです。それより、私たちもいただきましょう」
「そうだな」
「……うん」
こうして昼食が始まったのだが、誰もが黙々と食していて団欒などなかった。
リーベがゆっくりと魔力を籠めていくと、紫紺の珠は太陽のように白く、煌々と輝いた。その時、フェアの口から次なる指示が飛ぶ。
「そこで止めてください」
「は、はい……!」
魔力の供給を断たず、かといって流し過ぎず。絶えず同量の魔力を籠めた状態を維持する。そう意識しているがしかし、チラチラと光量が変化してしまう。しかしここで慌ててしまえば全てがご破算だ。努めて冷静に魔力を調整し……
「そうです。そのまま……」
「すう……ふう……」
「ゆっくりと魔力を弱めて……そこで止めてください。そうです……今度は強めて……」
言われるままに魔力を制御していると、スタッフを握り絞めた両手の平にじっとりと汗が滲むのが分かる。それだけじゃない。額や背中にと、まるで猛暑日であるかのようだ。
「ふうう……」
集中していたその時、目に汗が入り、制御を手放してしまう。
ボウッ!
「きゃあ!」
珠から人1人呑み込めそうなほど大きな炎が上がり、黒煙を立ち上らせている。その様はまるで松明のようだ。
「ど、どうすれば……!」
戸惑っていると、透かさずフェアが叫ぶ。
「そのままで!」
彼は手の中に大きな滴を生み出し、唸る業火に呑み込まれていた珠に叩き付ける。
すると「ドジュウウッ!」とまるで呻くような音と共に業火は消え失せた。
リーベはボヤを起こした戸惑いと恐怖、そして炎が収まったことへの安堵で胸がいっぱいだった。心臓はバクバクと激しく拍動し、こめかみの辺りでは脈打を打っている。それらに促されて汗が水源のように滲み出る。
「お怪我はありませんか?」
フェアに言われて彼女は我を取り戻した。
「あ……はい。その、ごめんなさい……」
「訓練に失敗はつきものです。それよりも、手放さないでいてくれたお陰で、安全に消火できました」
彼が微笑むのを見て、彼女はようやく落ち着いた。
鎮まりつつある心臓を、胸当てごしに押さえて溜め息をつく。
「ほっ……助けてくれて、ありがとうございます」
「いえ。これも役目ですから。杖も無事のようですね」
「え? ……ああ、ホントだ」
あれほどまでに燃えていたのに、僅かにも焦げていなかった。
「どうして焦げてないんですか?」
疑問を打つけると彼は難しそうに目を瞑った。
「それを説明するには魔術理論について語らなければなりません。長くなりますので要約しますと、魔法で生み出した火は魔力の塊であって、本物の火ではありません。なので魔力を流している物に対しては引火できないのです」
「? ええと……」
「難しいことですので、そういう物だと思っていただければ結構です」
「わ、わかりました……」
自分を納得させるべく内心、胸に言い聞かせていると、返事代わりか腹が鳴った。慌てて腹を押さえると、フェアはくすりと笑って空を見上げた。
目線を追うと、太陽は既に天頂を過ぎていた。
「おや、もうこんな時間ですか。少し遅いですが、お昼にしましょう」
そう言ってヴァールたちに手を振ると、向こうも振り返してきた。
「テルドルに戻るんですか?」
「いいえ。ここで食べます。食べますが……お口に合うかどうか」
彼にしては珍しく、申し訳なさそうな顔をしていた。
それを不思議に思いつつも、彼を苦渋させるその何かに対し、リーベは畏怖の念を募らせるのだった。
練習場に立てられた小屋の中には家具の類いが一切なく、雨風を凌ぐためだけの空間であった。そんな無機質な空間の中で、リーベたち4人は車座になって昼食を摂ることに。しかし彼女はエーアステに戻って食べるものだと思っていたものだから、何の用意もしていなかった。
「あの、わたし、お弁当なんて持ってきていないんだけど……」
「俺らの方で用意しといたから安心しな」
そう語るヴァールの顔には表情という物がなかった。
他方、日頃無表情なフロイデはというと、今は明確に嫌そうな顔をしている。
この異常事態にリーベは大いに当惑したが、フェアから分け与えられたそれを見て、全てを理解したのだった。
「干し肉とビスケットです。行動食として常日頃携帯しているのですが……お察しの通り、味は悪いです。なので今のうち慣れていただこうと思ったんです」
「なるほど……」
リーベの父エルガーは冒険者を引退して良かった事の1つとして、これを食べなくて済むことをあげていた。それ程に不味いのだ。
彼女が恐々としていると、ヴァールが諭すように言う。
「日頃美味いもんばっか食ってるお前の事だ。今のうち慣れとかねえと後が大変だからな。観念しろ」
「……う、うん。わかった……」
それ程までに忌み嫌われる食べ物とは一体……恐ろしく思いつつも、一方で楽しみ感じている自分がいた。そのことにリーベは、人間の感性が妙なことを感じずにはいられなかった。
視線を下ろした先にそれらはある。
赤褐色の肉塊と、手のひらサイズのビスケット。いずれも質素な見た目で、とても食欲は湧いてこない。これを進んで食べるということは即ち、他に食べるものがないと言うことで。リーベは食事の面から冒険者業の過酷さを知らされるのだった。
「い、いただいても?」
「どうぞ」
「じ、じゃあ、いただきます」
みんなが見守る中、リーベは干し肉に齧り付いた。
「あぐ……むぐむぐ」
干しているだけあってパサパサとしていて、グニグニと固い食感は噛み千切るというより、噛み潰すと表現する方が適切だろう。味は牛肉の特有の赤い風味が凝縮されていて、微かな塩みを感じる。だがこの具合から鑑みるに『味付けのため』ではなく、『保存が利くように』という目的で調味されたのは明らかだった。これは確かに――
「美味しくない……」
「だろ?」
「そうでしょう」
「……やっぱり」
3人は口々に同意を示した。
それ程までに嫌われているこの食べ物が可愛そうになってくるが、それは彼らの献身の証なのだ。だから不味さも愛嬌というべきだろう。
「こっちは?」
ビスケットを手にすると、ヴァールが忠告する。
「固いからふやかして食えよ」
「ふやかすって、どうやっって?」
「咥えて唾でふやかすんだ。下手に砕こうとすると前歯がやられるぞ」
「ええ、怖い……」
「冒険者は前歯欠けてる人、多い」
フロイデの言葉にリーベ思いだした。
(そういえばボリスさんは前歯がなかったっけ……)
身近な人を襲った不幸に彼女は震え上がった。
(前歯がなくなったら、もう人前で笑えなくなっちゃう……!)
「うう……わ、わたしは干し肉だけでいいです」
ビスケットを置こうとした時、フェアがピシャリと言う。
「それはいけません。ただでさえ、冒険中は栄養が偏りがちなのですから、その上で偏食など言語道断です」
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