冒険姫リーベ 英雄の娘はみんなの希望になるため冒険者活動をがんばります!

森丘どんぐり

文字の大きさ
47 / 96
第1章 英雄の娘、冒険に出る

046 おじさんとして

しおりを挟む
 火照った体を夜風が撫でる。その心地よさにうっとりとしていられたのも束の間。リーベは周囲の人々がせかせかと家路を急いでいるのに気付いてしまった。

 彼らが何を恐れているのか、それは間違いなく魔物である。

 行き交う衛兵が投光器で空を見てはいるものの、その間隙かんげきを突かれることもあるだろう。そんな偏執的とも言える恐怖感が人々を苛んでいるのだ。

 その様子を目に焼き付けている内、徐々にリーベにも恐怖が伝播でんぱしていく。

「うう……早く帰ろ」

 幸いにして人通りは多い。それに交じっていけば多少、恐怖が和らぐことだろう。
 そういう訳で家路を急ぐ者の一人となった彼女だが、この目に人波の中、孤島のように佇む大きな人影を捕らえて脚を止めた。

「あ、おじさん」

 その背後にはフェアとフロイデもいた。フェアは彼女と同様に自前の入浴セットを持っていたが、あとの2人は着替えと手拭いだけしか持っておらず、彼らの入浴に対するスタンスの違いを如実に表わしていた。

「おう、リーベじゃねえか」

 ヴァールは大きな顔で辺りを見回しながら問う。

「お前1人か?」
「うん。お店はディナーだから」
「そうか」

 ボリボリとイガグリ頭を搔き回しながらこう言った。

「しゃあね。送ってってやるよ」
「え、いいの?」

 渡りに船とはこのことだ。頼もしく思っていると、ヴァールはニヤリと笑む。

「『くらいよ~、こわいよ~』なんて泣かれちゃ、俺らのメンツに関わるからな」
「なにそれ!」

 リーベが憤慨する中、ヴァールはケタケタ笑いながら相棒に言う。

「そういうことだから、お前らは先に入ってろ」
「わかりました。道中、お気を付けて」
「ああ。んじゃ、行くぞ」
「う、うん……」

 失礼な言葉はこうして有耶無耶にされてしまうのだ。

 いじられ役であるリーベは釈然としないながらも、ここで別れる2人に挨拶をしようとした。

 しかしフロイデが青い顔をしているのに気付き、口から出るはずの挨拶は問い掛けに変わってしまう。

「大丈夫ですか? 何処か具合でも悪いんじゃ……」

 すると彼は深い溜め息と共に悩みを吐露した。

「……お風呂、きらい」

 その言葉を聞いて、リーベはますます彼が猫っぽく見えてしまうのだった。

「そうなんですか……あんなに気持ちいいのに」

  損な性格だなと哀れに思っていると、フェアが苦笑する。

「ふふ、大人でも入浴を嫌う人は一定数いますからね」
「子供じゃない……!」
「おや、失礼致しました」

 2人のやり取りにくすくす笑っていると、ヴァールが急かす。

「ほら、駄弁ってねえでさっさと行くぞ」
「あ、そうだった」

 フロイデとフェアに挨拶する。

「それじゃあ、また明日。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ」

 フェアは微笑むと「今日はゆっくり休み、明日に備えてくださいね」と言い添えた。

「はい。それじゃ、お休みなさい」

 挨拶を終えるとヴァールと一緒にエーアステを目指す。
 その道中、リーベは自分のよりも遙かに高い位置にある顔を見上げて問い掛ける。

「ねえおじさん。わたしの初任務って、何を倒しに行くの?」
「ん? そうだな……お前を護りながらでもやれる相手ってなると限られてくるからなあ……何とも言えねえが、まあ、そこまで強いやつじゃねえよ」

 そうだろうなと納得していると、ヴァールは意外なことを口にする。

「どの道、初めはついてくるだけなんだ。お前が相手を気にしたって仕方ねえさ」
「え? わたしは戦わないの?」

 脚を止めた彼は『何を言ってんだ』とばかりに苦笑した。

「そりゃそうさ。冒険者学校も出てないし、体力もない。そんなヤツにいきなり戦わせるなんて、鬼畜もいいとこだ」
「で、でも! わたしは魔法が使えるんだよ?」
「それでもだ。仮にお前に戦わせたところで、緊張して棒立ちするのがオチさ。だからお前はまず、冒険に慣れることが仕事だ」
「じゃあ、わたしは今、どうして魔法を教わってるの? 戦わないなら後からでもいいんじゃないの?」
 思ったことを素直に伝えると、ヴァールは呆れて溜め息をついた。
「お前は街中で魔物に襲われたばかりだろ?」

 その言葉に心に焼き付いた恐怖が思い起こされ、彼女は喉を鳴らした。

「街中でさえ魔物に襲われる危険があるんだ。それが自然の中だとどうなる?」
「……もっと危険。だよね?」
「そうだ。そんなことが起こらないように最善は尽くすが、それでも運が向かないこともある。そうなりゃ、お前は自分で自分を護らなきゃなんねえんだ。フェアがお前に教えてやってるのも、全てはその為だ」

 そこまで言うと彼は一息つく。

「やる気は買うが、お前はもっと現実を見ろ。そうでなきゃ、冒険者は務まんねえぞ?」

 師匠の言葉がじわじわと心に浸透していく。その中で自分の未熟さを思い知り、まるで傷口に薬が沁みるような疼痛を味わった。

「…………ごめんなさい。わたし、そこまで考えてなかった」
「気を付けることだ。死にたくなかったらな」

 それよか、と気持ちを切り替えるように伸びをしながら言う。

「さっさと帰らねえと師匠が心配するぜ?」
「……そうだね。帰ろ」






 2人で家路を辿る中、ヴァールは忠告した。

「いくらテルドルの治安が良いからって、お前みたいな小娘が夜中に1人で出歩こうとすんなよ?」
「でも、お母さんが汗を流してきなさいって」
「それとこれとは別だ。明日からは俺が送ってってやるから、1人で出歩くな。いいな?」
「う、うん……わかったよ。でも、迷惑じゃない?」
「俺がやるって言ってんだ。迷惑もクソもあるか」

 ヴァールらしい物言いにリーベは思わず頬が緩む。同時に『心配してくれてるんだな』と温かい気持ちがこみ上げてきた。

(もう少しおじさんとしゃべっていたいな)

 そう思ったのも束の間、前方からは賑やかに談笑する声が聞こえて来た。見ると、そこには彼女の家であり、人々の憩いの場である食堂エーアステがあった。

 客の動線を断たないよう、裏口から入ろうとする。ごそごそと鍵を探っていると、ヴァールは「んじゃ、また明日な」と別れを告げた。

「お父さんには会っていかないの?」
「仕事中に行ったら邪魔だろ?」

 その気遣いを裏付けるように、背後からは父エルガーの「へいお待ち!」というセリフが小さく聞こえて来た。

「ふふ、そうだね。じゃあ、また明日」
「ああ、良い夢見ろよ」
「うん。お休みなさい」

 挨拶を交わすとリーベは裏口の戸を開けて暗闇の中に潜り込む。ドアを閉めようとしたその時、ふと外を覗いてみると、ヴァールがジッと彼女を見守っていた。

(……まったく、心配性なんだから)

「ふふ……!」

 リーベはヴァールに軽く手を振ってから戸を閉めた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった

ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。 学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。 だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。 暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。 よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!? ……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい! そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。 赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。 「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」 そう、他人事のように見送った俺だったが……。 直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。 「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」 ――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

処理中です...