冒険姫リーベ 英雄の娘はみんなの希望になるため冒険者活動をがんばります!

森丘どんぐり

文字の大きさ
58 / 79
第1章 英雄の娘、冒険に出る

057 夕闇の中で

しおりを挟む
 空は赤く染まり、街道を挟む樹木は暗黒に霞む。その度合はじわりじわりと増していって、まるで『もうすぐ夜だぞ?』と冒険者一行を揶揄っているかのようだ。

 しかしリーベのふくらはぎは焼けるように熱く、ブーツは鉛のように重い。そして体力も限界に近づいている。もはや夜気の嘲弄を毅然とあしらうことなど出来ず、ただ黙して歩みを進めるしかなかった。

「ぬう……ふう…………」

喘ぎながら歩いていると、手を貸してくれていたフェアが心配そうに尋ねてくる。

「休憩にしましょうか?
「い、いえ……あと、少しなので……ぜえ…………」

 理由はそれだけではない。ここで脚を止めたらもう歩けない気がしたのだ。

「あとちょっとで森が途切れる。そこで一休みするぞ」

 リーダーであるヴァールの言葉を受け、リーベは前方を見やる。数百メートル先で森が途切れており、森の向こうには小さく集落が見える。

(ライル村だ……!)

 目的地を見つけると途端に気力が湧いてきた。これならあと少し、頑張れそうだ。








  空が本格的に暗くなってきた頃、一行はようやくライル村に帰り着いた。

 濃厚な闇の中、家屋の窓にはランプの明かりを切り抜いた人影が見える。

 街と村の差はあれど、この光景はテルドルのそれと本質的には変わりなく、故にリーベは達成感と共に安心感を得るのだった。

「……づ、づいだあ…………」

 リーベは柵に手を突いて膝を折った。
 すると顔がカーッと熱くなって、額には汗が噴き出す。拭おうとも思ったが、そんな気力さえ彼女に残されていなかった。汗が目の脇を伝っていくのを感じていると、フロイデがしゃがみ込んで目を合わせてきた。

「だいじょう、ぶ……?」
「は、はい……大丈夫、です……」

 力を振り絞って立ち上がると、ヴァールと目があう。

「歩くのは結構大変だろ?」
「う、うん……」

 彼女は日頃、食堂のホールを忙しなく動き回っているから体力には自信があったのだが、それは思い違いだった。短距離を往復するのと、重荷を抱えて長距離を歩き続けるのは全く別の運動であり、思うように動けないのは当然のことだった。

「いきなりこれくらい歩けるんなら、まあ、及第点ってとこだな」
「ほ、ほんとう……?」
「嘘ついても仕方ねえだろ? それよか、さっさとパウロんとこ行こうぜ?」
「パウロさん?」
「あのおじちゃんのお家に泊まる、の?」
「そうだ」

 ヴァールが短く答えると、フェアが補足する。

「ライル村には宿屋がありませんので、村長宅がそれを兼ねているんですよ」
「そう言うこった。んじゃ、行くぞ」
 







 ドンドンドン!

「パウロ、いるかー?」

 ヴァールがドアを叩きながら呼び掛けると、直ぐさまパウロがやって来た。相変わらず人の良い笑みを浮かべていたが、今はそれに加えて安堵を滲ませていた。

「お帰りなさい。中々戻って来ないので心配しましたよ」
「悪いな。それよか、一晩頼めるか?」
「もちろん。さ、ロクなおもてなしは出来ませんが、ゆっくりしていってください」
「お世話になります」

 彼らは口々に挨拶すると、主人の案内に従って客間へと向った。

 この家には客間として2人部屋が2つあって、自然、冒険者一行は2組に分かれることになった。

「部屋割りはどうしましょう」

 フェアが言うと、フロイデがビクリと跳ね上げる。彼は顔を真っ赤にし、伏し目がちにチラチラとリーベを見ていた。

 するとヴァールが呆れた調子で言う。

「俺とリーベ。フェアとそこのむっつりで良いだろ」
「む、むっつりじゃない……!」
「はん! どうだか!」
「はは……それより、早く荷物を置いちゃお?」
「そうだな」

 リーベはヴァールと共に客間に入る。

 そこはベッドと机、それにポールハンガーがあるだけの簡素な部屋だった。

「ふう……」

 荷物を床に下ろすとリーベは開放感に包まれた。このままベッドに飛び込みたいという欲求が急速に膨らんでいくが、今はやめておいた。

「荷物置いたんなら居間に行くぞ?」
「あ、はーい」

 ヴァールと一緒に居間へ向うと、そこにはフェアとフロイデの姿があった。

「あの、パウロさんはどこへ?」
「むう……」

 問い掛けるも、フロイデは不機嫌で、答えてくれなかった。理由は言わずもがな、先程ヴァールに揶揄われたからだろう。

「ここにいるよ」

 隣室からパウロが現われた。

 その手にはトレイがあり、その上には牛乳で満たしたグラスが4つと、クッキーの盛られた皿が置かれていた。

「晩ご飯まで時間があるので、良かったら摘まんでください」
「牛乳……!」

 フロイデは直前の不機嫌さが嘘であったかのように目を輝かせ、グラスに手を伸ばした。

「はは、今朝搾ったものだよ。良かったらどうぞ」
「うん、いただきます……!」

 両手でグラスを持つと、ぐいぐいといい飲みっぷりを見せる。

「んっん……ぷは! 沁みる……!」

 白髭を作った少年の姿に亭主は愉快そうに笑んだ。

「気に入ってもらえたようで嬉しいよ。もっと飲むかい?」
「うん……!」

 そんな様子を見ていると、リーベは牛乳に一層の魅力を感じた。

「わ、わたしも……いただきます」

 濃厚な味わいであるにも関わらず、すっきりとした飲み心地で、いくらでもいけそうだった。

「あ、おいしい……」
「本当に」

 フェアが同意する。

「こんなにおいしい牛乳は久しぶりに飲みましたよ」
「ありがとうございます」

 おかわりを持ってきたパウロが上機嫌に笑む。

「これも皆さんが村を護ってくれるお陰です」

 リーベは自分が何の貢献も出来なかったことに若干の引け目を感じつつも、彼の笑顔を見ている内に今回の任務に参加できて良かったと思えた。

(わたしも早く、貢献できるようにならないと…………!)

 気持ちを新たにしていると、不意にパウロが顔を引きらせる。

「ん? なんか臭わない?」

 彼がきょろきょろと辺りを見回していると、白髭を作ったヴァールがニヤリと笑む。

「リーベだな」
「え、わたし⁉」
「ああ。だってお前、ラソラナに捕まったし、その後ソキウスに舐められただろ?」
「あ……」

 事実を突きつけられ、リーベは途端に恥ずかしくなってきた。

「~~っ!」

 火照る顔を隠していると、パウロが申し訳なさそうに言う。

「はは……あ、そうだ。ちょうど今、村の女たちが風呂に入ってたんだ。リーベちゃんも入っておいでよ」
「わ、わかりました~!」

 リーベは一息で牛乳を飲み干すと大急ぎで着替を取りに行き、踵を返して家の外に飛び出した。
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。

夜兎ましろ
ファンタジー
 高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。  ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。  バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

「餌代の無駄」と追放されたテイマー、家族(ペット)が装備に祝福を与えていた。辺境で美少女化する家族とスローライフ

天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:男性HOT18位】Sランクパーティ『紅蓮の剣』で、戦闘力のない「生産系テイマー」として雑用をこなす心優しい青年、レイン。 彼の育てる愛らしい魔物たちが、実はパーティの装備に【神の祝福】を与え、その強さの根源となっていることに誰も気づかず、仲間からは「餌代ばかりかかる寄生虫」と蔑まれていた。 「お前はもういらない」 ついに理不尽な追放宣告を受けるレイン。 だが、彼と魔物たちがパーティを去った瞬間、最強だったはずの勇者の聖剣はただの鉄クズに成り果てた。祝福を失った彼らは、格下のモンスターに惨敗を喫する。 ――彼らはまだ、自分たちが捨てたものが、どれほど偉大な宝だったのかを知らない。 一方、レインは愛する魔物たち(スライム、ゴブリン、コカトリス、マンドラゴラ)との穏やかな生活を求め、人里離れた辺境の地で新たな暮らしを始める。 生活のためにギルドへ持ち込んだ素材は、実は大陸の歴史を塗り替えるほどの「神話級」のアイテムばかりだった!? 彼の元にはエルフやドワーフが集い、静かな湖畔の廃屋は、いつしか世界が注目する「聖域」へと姿を変えていく。 そして、レインはまだ知らない。 夜な夜な、彼が寝静まった後、愛らしい魔物たちが【美少女】の姿となり、 「れーんは、きょーも優しかったの! だからぽるん、いーっぱいきらきらジェル、あげたんだよー!」 「わ、私、今日もちゃんと硬い石、置けました…! レイン様、これがあれば、きっともう危ない目に遭いませんよね…?」 と、彼を巡って秘密のお茶会を繰り広げていることを。 そして、彼が築く穏やかな理想郷が、やがて大国の巨大な陰謀に巻き込まれていく運命にあることを――。 理不尽に全てを奪われた心優しいテイマーが、健気な“家族”と共に、やがて世界を動かす主となる。 王道追放ざまぁ × 成り上がりスローライフ × 人外ハーモニー! HOT男性49位(2025年9月3日0時47分) →37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

社畜の異世界再出発

U65
ファンタジー
社畜、気づけば異世界の赤ちゃんでした――!? ブラック企業に心身を削られ、人生リタイアした社畜が目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界。 前世では死ぬほど働いた。今度は、笑って生きたい。 けれどこの世界、穏やかに生きるには……ちょっと強くなる必要があるらしい。

処理中です...