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第2章 旅立ちの時
064 大発見!
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食堂の開店時間まではまだ少しあり、夫婦は揃って仕込み作業をしていた。そんな中、娘が帰ってくる。冒険者ギルドで報告を済ませた帰りなのだ。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「おかえり」
シェーンがじゅうじゅうとフライパンを扱っている傍ら、エルガーはニンジンを切る手を止めて娘を見やる。
「どうだ? 報酬はたんまりもらえたか?」
「うん! あんな大金、初めて見たよ!」
「ははは! そうだろう!」
「ナイフを持ったままよそ見をしないで下さい」
調理場で母は威厳を以て夫の危険行為を窘める。
「お、悪い」
妻の注意を受けてエルガー切ったものはボウルに入れ、包丁は刃を壁側に向け、まな板の奥に置いた。
「んで、これからはどうすんだ」
「食堂の仕事を手伝ったりしないで、部屋で大人しくしてろっておじさんが」
(……確かにそう言われたけれども、お父さんたちが働いてるのに、呑気に休めないよ!)
「でもでも! お店忙しいだろうし、ランチだけでも手伝わせて――」
「ヴァールがそう言ったのなら、それに従わなきゃダメだろ?」
「そうよ。お店のことは心配しないでいいから、あなたはあなたの仕事をしなさい」
シェーンはきのこソースを仕上げながら夫の主張に言葉を添えた。
「……わかったよ。もし必要な時は言ってね」
そう言い残すと、リーベは一人寂しく自室に引き上げていった。
それからしばらく、リーベはダンクと一緒に魔物の図鑑を読んでいたが、あまり頭に入っては来なかった。
学ぶことに退屈も何もないというのはわかっているが、そう感じてしまうのが人間である。
昨日までの冒険で知識を付けることを課題とし、現にこうして読書をしているワケだが、体を動かすのを当たり前としている彼女にとって、じっと腰を据えて学ぶのは苦行であった。
「だめだ……ちっとも頭に入ってこないや」
リーベの独り言に呼応するように、階下から賑わう声が漏れ聞こえてくる。エーアステが開店時刻を迎えたのだ。
(今頃お母さんたちは忙しく働いているだろうな……)
「はあ……」
パタンと図鑑を畳んだその時、裏表紙から古くなったページが抜け落ちた――いや、ページではない。何か、別の用紙だ。
「なんだろ?」
それは2つ折りになっており、つまみ上げるとぱらりと開いた。そこに記されたものはリーベに退屈を忘れさせるに値するものだった。
「……こ、これはっ⁉」
エーアステ一家は食堂を営んでいるため、食事の時刻が一般家庭のそれとは数時間ズレているのだ。昼下りの今、一家は遅めの昼食を終えた。
「ごちそうさまでした」
エルガーが率先して皿を集める中、リーベは声をあげる。
「ちょっと待って!」
「なんだ? そんなニヤニヤして」
「何か良いことでもあったのかしら?」
良いこととはちょっと違うが、彼女にとってたいへん愉快な発見があったのだ。
リーベはスカートのポケットから例の用紙を取り出し、広げて見せた。彼女の目からはうっすらとしか見えないが、両親の目には『エルガーさんへ』から始まる甘ずっぱい文字の羅列が鮮明に映った。
「これなーんだ?」
「ん? なんだ――」
「きゃああああっ⁉」
突如、シェーンが悲鳴を上げたかと思うと、彼女は用紙を掠め取り、机の下に隠した。そしていつもの理性的な振る舞いからおよそ想像も付かない動揺を見せて娘に問う。
「りりりリーベ! これを何処で見つけたの!」
「お父さんに借りた図鑑に挟まってたの」
「エルガーさん! なんでそんなところにしまってたんですか」
シェーンは娘の前で夫を呼ぶときはいつも『あなた』か『お父さん』と呼ぶのだが、名前で呼んでしまっているあたり、動揺が甚だしいことがわかる。
そんな取り乱した妻を余所に、夫は懐かしむように答える。
「あー、確か読んでる途中で野暮用が入ってな。それで挟んだんだ」
「え? じゃあそれから読んでないのですか?」
「ああ。何処に置いたか忘れちまって――」
「ひどいっ!」
シェーンは金切り声をあげて夫に迫った。
「3日3晩悩んで書いたのに! どうして読んでくれないんですか!」
「だからそれは無くしたからって……」
仰け反りながら答えるも、納得は得られなかったようで、妻の追求は秒を刻むごとに苛烈になっていく。
「じゃあどうして無くしたんですか!」
「野暮用が――」
「野暮用ってなんですか! わたしの手紙よりも大事だったんですか!」
「お、お母さん。そのくらいにして――」
「リーベは静かにしてなさい!」
「は、はいいっ!」
(まずいことになった……ど、どうしよう…………)
対応に倦ねたリーベはあわあわとしながら、ことの趨勢を見守った。
「……それで、野暮用ってなんだったんですか?」
シェーンが威圧感たっぷりに問い質すも、エルガーは毅然と問い返す。
「お前こそ、あの時期に何があったか忘れたのか?」
「あの時期って……あ」
その瞬間、シェーンの顔から怒りが剥がれおち、変わって表れたのは恋する乙女のそれだった。
母の急変っぷりに驚かされたリーベは、黙らされたのを忘れて問う。
「ね、ねえ……その時期に何があったの?」
「ん? ああ、俺はそん時、王都のギルド本部に戻ってたんだよ。だけど『結婚するからテルドル支部に転属させてくれ』って上に訴えて、それがようやく通ったんだ」
「ああ……なるほど」
納得していると、エルガーは妻の方に向き直る。
「シェーン。手紙を無くしたのは悪かったよ。でも俺に取っちゃ、そんな紙切れよりもお前と一緒にいることの方が大事だったんだ。それはわかってくれ」
殺し文句に黙って頷くシェーン。その姿が如何に初なものだったかは言うまでない。
これで一件落着かと思われたがしかし、新たに問題が発生したのだ。
「シェーン。あの時読めなかった手紙を読ませてくれないか?」
「そんな今更……」
「今更でもだ。お前が俺のために書いてくれたもんを、俺が読まないでどうする」
「でも……恥ずかしいです…………」
「じゃあお前が俺に読み聞かせてくれ。そうすりゃ、俺が読まないでも済むだろ?」
「そんな……!」
夫婦は完全に、2人の世界へと旅立ってしまっていた。
こんな事になるのは久しぶりだが、そんなことは関係ない。娘にとって、両親の情事ほど見るに堪えないものなのだから。
リーベは呆れてパンパンと手を打ち鳴らすと2人を現実に連れ戻した。
「あ、そ、そうだ! ディナーの仕事をしないと!」
慌ただしく言うとシェーンは厨房へ逃げ込んでいくのだった。リーベはそこに若干のデジャブを感じつつも、退屈な日常へと帰って行くのだった。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「おかえり」
シェーンがじゅうじゅうとフライパンを扱っている傍ら、エルガーはニンジンを切る手を止めて娘を見やる。
「どうだ? 報酬はたんまりもらえたか?」
「うん! あんな大金、初めて見たよ!」
「ははは! そうだろう!」
「ナイフを持ったままよそ見をしないで下さい」
調理場で母は威厳を以て夫の危険行為を窘める。
「お、悪い」
妻の注意を受けてエルガー切ったものはボウルに入れ、包丁は刃を壁側に向け、まな板の奥に置いた。
「んで、これからはどうすんだ」
「食堂の仕事を手伝ったりしないで、部屋で大人しくしてろっておじさんが」
(……確かにそう言われたけれども、お父さんたちが働いてるのに、呑気に休めないよ!)
「でもでも! お店忙しいだろうし、ランチだけでも手伝わせて――」
「ヴァールがそう言ったのなら、それに従わなきゃダメだろ?」
「そうよ。お店のことは心配しないでいいから、あなたはあなたの仕事をしなさい」
シェーンはきのこソースを仕上げながら夫の主張に言葉を添えた。
「……わかったよ。もし必要な時は言ってね」
そう言い残すと、リーベは一人寂しく自室に引き上げていった。
それからしばらく、リーベはダンクと一緒に魔物の図鑑を読んでいたが、あまり頭に入っては来なかった。
学ぶことに退屈も何もないというのはわかっているが、そう感じてしまうのが人間である。
昨日までの冒険で知識を付けることを課題とし、現にこうして読書をしているワケだが、体を動かすのを当たり前としている彼女にとって、じっと腰を据えて学ぶのは苦行であった。
「だめだ……ちっとも頭に入ってこないや」
リーベの独り言に呼応するように、階下から賑わう声が漏れ聞こえてくる。エーアステが開店時刻を迎えたのだ。
(今頃お母さんたちは忙しく働いているだろうな……)
「はあ……」
パタンと図鑑を畳んだその時、裏表紙から古くなったページが抜け落ちた――いや、ページではない。何か、別の用紙だ。
「なんだろ?」
それは2つ折りになっており、つまみ上げるとぱらりと開いた。そこに記されたものはリーベに退屈を忘れさせるに値するものだった。
「……こ、これはっ⁉」
エーアステ一家は食堂を営んでいるため、食事の時刻が一般家庭のそれとは数時間ズレているのだ。昼下りの今、一家は遅めの昼食を終えた。
「ごちそうさまでした」
エルガーが率先して皿を集める中、リーベは声をあげる。
「ちょっと待って!」
「なんだ? そんなニヤニヤして」
「何か良いことでもあったのかしら?」
良いこととはちょっと違うが、彼女にとってたいへん愉快な発見があったのだ。
リーベはスカートのポケットから例の用紙を取り出し、広げて見せた。彼女の目からはうっすらとしか見えないが、両親の目には『エルガーさんへ』から始まる甘ずっぱい文字の羅列が鮮明に映った。
「これなーんだ?」
「ん? なんだ――」
「きゃああああっ⁉」
突如、シェーンが悲鳴を上げたかと思うと、彼女は用紙を掠め取り、机の下に隠した。そしていつもの理性的な振る舞いからおよそ想像も付かない動揺を見せて娘に問う。
「りりりリーベ! これを何処で見つけたの!」
「お父さんに借りた図鑑に挟まってたの」
「エルガーさん! なんでそんなところにしまってたんですか」
シェーンは娘の前で夫を呼ぶときはいつも『あなた』か『お父さん』と呼ぶのだが、名前で呼んでしまっているあたり、動揺が甚だしいことがわかる。
そんな取り乱した妻を余所に、夫は懐かしむように答える。
「あー、確か読んでる途中で野暮用が入ってな。それで挟んだんだ」
「え? じゃあそれから読んでないのですか?」
「ああ。何処に置いたか忘れちまって――」
「ひどいっ!」
シェーンは金切り声をあげて夫に迫った。
「3日3晩悩んで書いたのに! どうして読んでくれないんですか!」
「だからそれは無くしたからって……」
仰け反りながら答えるも、納得は得られなかったようで、妻の追求は秒を刻むごとに苛烈になっていく。
「じゃあどうして無くしたんですか!」
「野暮用が――」
「野暮用ってなんですか! わたしの手紙よりも大事だったんですか!」
「お、お母さん。そのくらいにして――」
「リーベは静かにしてなさい!」
「は、はいいっ!」
(まずいことになった……ど、どうしよう…………)
対応に倦ねたリーベはあわあわとしながら、ことの趨勢を見守った。
「……それで、野暮用ってなんだったんですか?」
シェーンが威圧感たっぷりに問い質すも、エルガーは毅然と問い返す。
「お前こそ、あの時期に何があったか忘れたのか?」
「あの時期って……あ」
その瞬間、シェーンの顔から怒りが剥がれおち、変わって表れたのは恋する乙女のそれだった。
母の急変っぷりに驚かされたリーベは、黙らされたのを忘れて問う。
「ね、ねえ……その時期に何があったの?」
「ん? ああ、俺はそん時、王都のギルド本部に戻ってたんだよ。だけど『結婚するからテルドル支部に転属させてくれ』って上に訴えて、それがようやく通ったんだ」
「ああ……なるほど」
納得していると、エルガーは妻の方に向き直る。
「シェーン。手紙を無くしたのは悪かったよ。でも俺に取っちゃ、そんな紙切れよりもお前と一緒にいることの方が大事だったんだ。それはわかってくれ」
殺し文句に黙って頷くシェーン。その姿が如何に初なものだったかは言うまでない。
これで一件落着かと思われたがしかし、新たに問題が発生したのだ。
「シェーン。あの時読めなかった手紙を読ませてくれないか?」
「そんな今更……」
「今更でもだ。お前が俺のために書いてくれたもんを、俺が読まないでどうする」
「でも……恥ずかしいです…………」
「じゃあお前が俺に読み聞かせてくれ。そうすりゃ、俺が読まないでも済むだろ?」
「そんな……!」
夫婦は完全に、2人の世界へと旅立ってしまっていた。
こんな事になるのは久しぶりだが、そんなことは関係ない。娘にとって、両親の情事ほど見るに堪えないものなのだから。
リーベは呆れてパンパンと手を打ち鳴らすと2人を現実に連れ戻した。
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慌ただしく言うとシェーンは厨房へ逃げ込んでいくのだった。リーベはそこに若干のデジャブを感じつつも、退屈な日常へと帰って行くのだった。
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