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第2章 旅立ちの時
065 VSクサバミスライム
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「アイスフィスト!」
双円錐の氷塊が空を裂き、金属製の的の縁にその身を強かに打ち付ける。この衝突によって軌道を逸らされた氷塊は、そのまま後方に聳える土手に斜めに着弾し、深い弾痕を残した。
「ふう……ダメか」
ラソラナ退治のために中断した訓練を再開し、既に2時間が経過しようとしているがしかし、相変わらず命中に不安がある。
リーベの師事するフェアはこの前の戦闘中にアイスフィストを使用していた。
前方に剣士2人がいて、的は僅かにだが動いていた。そんな状況下でもピシャリと命中させて見せたのだ。必要なのはあれほどの正確性であり、的を掠めるのが精々では、とても魔法使いなど務まるまい。
(もっと、頑張らないと……!)
気持ちを新たにした時、折り悪く「休憩にしましょう」と言われてしまった。
「……はあい」
リーベたち魔法使い組に剣士組が合流して休憩を取っていた。その間、両師匠は互いの弟子の具合を尋ね合ったりしていた。一方、弟子はというと……
「牛乳、飲んだ?」
「今朝ですか? 飲みましたよ」
素直に答えるとフロイデは満足げに小鼻を膨らませる――リーベと習慣を共有できて嬉しいのだ。
「牛乳は凄い。風邪引かなくなるし、背も伸びる……!」
「はは……凄いですよね」
(ライル村に行ってからフロイデさんの牛乳好きに拍車が掛かったような……)
そんなことを考えているとヴァールが立ち上がりながら言う。
「リーベ、出番だぞ」
「へ?」
間の抜けた声を発しながら、彼の指し示す方を見やる。すると10メートルほど先には人の頭ほど大きな緑色の滴があった。それは極めて緩慢な動作で動いており、リーベは思わず「ナメクジ?」と口にしていた。
だがナメクジにはあるはずの目が見当たらず、形状も丸い。さらには内部には大きな胡桃のような物体が漂っている。
「あれは……魔物?」
スタッフを手に立ち上がった彼女が眉を顰めると、フロイデが呟くように言う。
「……スライム」
「す、スライム……っ⁉」
獲物を体内に捕らえ、生かさず殺さずの状態を維持し、長い長い時間を掛けて消化していくという、この世で最も残酷な生物――それがスライムだ。
そしてそのスライムが今、自分の目の前にいる。
この事実にリーベは慄かずにはいられなかった。
「無理無理、ムリだよ! 勝てっこないし、わたし死んじゃうよ!」
必死に訴えると、フェアが彼女の肩を優しく揺さぶって宥める。
「落ち着いてください。アレはスライムと言っても、クサバミスライムです」
スライムはその食性によって数種に分類される。
クサバミスライムはその名の通り、草を――植物を食む魔物であり、危険度はかなり低いとされている。現にあの魔物はまるで草刈りでもしてくれているかのように、練習場に生えた雑草を食んでいた。
「な、なんだ……驚かさないでくださいよ……」
リーベが安堵する脇でヴァールがフロイデの小さな頭に拳骨を落とす。
「質の悪い冗談を言うな!」
するとフロイデは目に涙を溜めながら頭を押さえた。
「うう……普通に言っただけだもん…………!」
「言葉足らずにもほどがあんだろ!」
そんな2人を見ているとリーベは、フロイデが可愛そうになってくる。だからひとまず、話しを進めた。
「ええと、アレと戦えば良いの?」
「そうだ。フェア、サポートしてやれ」
「わかりました」
短く答えると、フェアは何故か楽しそうに言う。
「いいですか? スライムの弱点は体内を漂っているあの石のようなものです。核あるいは心臓と言ったりしますが、アレを破壊することで粘性を維持できなくなり、自壊します」
「なるほど……」
「この場合、どの魔法が有効か、わかりますか?」
リーベは考える。
(威力ならメガ・ファイアだろうけど、核を壊さなきゃいけないんだよね? だったら――)
「アイスフィスト……ですか?」
「そうです。……命中に不安があるでしょうが、クサバミは人を即死させられるような攻撃はできません。ですので焦らず、数をこなして行きましょう」
「はい――やってみます!」
リーベは3歩前に出ると両手でスタッフの柄を握り込み、掲げる。
(クサバミスライム、勝負……!)
スタッフに魔力を籠めていると、クサバミスライムは動きを止めた。この魔物に顔が存在しないため判じがたいが、リーベには警戒しているように見えた。
如何にクサバミが弱くとも、スライムはスライム。恐怖を抱かないではいられない。
額には汗が浮かび、口内は乾く。しかしそれらを解消している余裕は無い。戦いは既に始まっているのだから。
「…………」
クサバミは彼女を睨んだ(?)まま動く気配がない。
(だったら!)
「アイスフィスト!」
放たれた魔弾はしかし、クサバミの背後に着弾して砂をまき散らすに留まった。
「外した! だったらもう1回――アイスフィスト!」
ヒュンと風を切って飛翔した魔弾は、今度はクサバミに命中した。しかし、核に当たらず、その液状の体に一時的に穴を穿つだけに終わった。
「あ、惜しい……!」
歯噛みしたその時、クサバミは大きく伸び上がり、まるで高波のように襲いかかってくる。「うわっと!」
彼女は咄嗟に横に跳んでこれを交わすと、視界の隅でヴァールとフェアが頷くのが見えた。
苦戦しているものの、2人の中で定められた基準を満たせてはいるようで。彼女は今の戦い方を維持しようと決めた。
リーベはクサバミが反転する前に距離を取り、流れ弾が仲間に当たらないよう、立ち位置を変える。そして放つ。
「アイスフィスト!」
仕切り直しの一撃はクサバミの体内に漂う核を掠め、ガッと固い音を響かせた。多少は核を抉ったものの、クサバミは依然、健在だった。ちょっと傷つけた程度ではダメらしいと知ると、彼女は歯を噛みしめる。
(もっと正確に撃ち込まないと!)
意識を澄ませ、慎重に魔力を練り上げる。するとスタッフの上の方に氷塊が生成される。後はこれを魔弾として、クサバミの核に撃ち込むだけ。狙いを付けて……今!
「アイス――」
今まさに魔弾として放とうとしたその時、クサバミが飛び掛かってきた。
不意の反撃は回避で対応するべきであるがしかし、核が間近に迫ってくるのを見て、体は別の動作をし始める。スタッフを体の脇まで引いた後、上体のひねりを開放する。
「――チェストおおっ!」
放たれずにあった氷塊を核に叩き付ける。するとゴッと固い感触が腕に伝わり、核が見事に砕ける。直後、クサバミの体は粘性を失った。
「やった――わぷっ!」
喜んだのも束の間、青臭く、冷たく、トロリとした体液が彼女を汚す。
その悪臭に、不快感に、リーベは変な声をあげずにはいられなかった。
「うへえ……」
と、その時、パサッとポニーテールが解け、髪が肩に掛かり、こそばゆい感覚が走る。
「ん――きゃああああああっ!」
なんと、上着が肌着ごとドロドロに溶けていたのだ。
もし革の胸当てをしていなかったら、大事なトコロを外気と人目に晒していたことだろう。
「な、なんでええええ⁉」
スタッフを手放し、慌てて胸を押さえながら叫ぶ。すると駆け寄ってきたフェアが自身の纏っていたローブをリーベに被せながら説明する。
「クサバミはその食性状、植物由来の繊維をも溶かすんです」
「そんな大事なこと、先に言ってくださいよ!」
と、その時。リーベは自らに熱烈な視線を注がれるのを感じた。
振り向くと、鼻血を垂らしたフロイデと目が合う。
「む、むふーっっっ!」
「~~っ! ふ、フロイデさんのえっち――っ!」
リーベは羞恥の余り、着替えも持たず小屋に逃げ込んだ。
双円錐の氷塊が空を裂き、金属製の的の縁にその身を強かに打ち付ける。この衝突によって軌道を逸らされた氷塊は、そのまま後方に聳える土手に斜めに着弾し、深い弾痕を残した。
「ふう……ダメか」
ラソラナ退治のために中断した訓練を再開し、既に2時間が経過しようとしているがしかし、相変わらず命中に不安がある。
リーベの師事するフェアはこの前の戦闘中にアイスフィストを使用していた。
前方に剣士2人がいて、的は僅かにだが動いていた。そんな状況下でもピシャリと命中させて見せたのだ。必要なのはあれほどの正確性であり、的を掠めるのが精々では、とても魔法使いなど務まるまい。
(もっと、頑張らないと……!)
気持ちを新たにした時、折り悪く「休憩にしましょう」と言われてしまった。
「……はあい」
リーベたち魔法使い組に剣士組が合流して休憩を取っていた。その間、両師匠は互いの弟子の具合を尋ね合ったりしていた。一方、弟子はというと……
「牛乳、飲んだ?」
「今朝ですか? 飲みましたよ」
素直に答えるとフロイデは満足げに小鼻を膨らませる――リーベと習慣を共有できて嬉しいのだ。
「牛乳は凄い。風邪引かなくなるし、背も伸びる……!」
「はは……凄いですよね」
(ライル村に行ってからフロイデさんの牛乳好きに拍車が掛かったような……)
そんなことを考えているとヴァールが立ち上がりながら言う。
「リーベ、出番だぞ」
「へ?」
間の抜けた声を発しながら、彼の指し示す方を見やる。すると10メートルほど先には人の頭ほど大きな緑色の滴があった。それは極めて緩慢な動作で動いており、リーベは思わず「ナメクジ?」と口にしていた。
だがナメクジにはあるはずの目が見当たらず、形状も丸い。さらには内部には大きな胡桃のような物体が漂っている。
「あれは……魔物?」
スタッフを手に立ち上がった彼女が眉を顰めると、フロイデが呟くように言う。
「……スライム」
「す、スライム……っ⁉」
獲物を体内に捕らえ、生かさず殺さずの状態を維持し、長い長い時間を掛けて消化していくという、この世で最も残酷な生物――それがスライムだ。
そしてそのスライムが今、自分の目の前にいる。
この事実にリーベは慄かずにはいられなかった。
「無理無理、ムリだよ! 勝てっこないし、わたし死んじゃうよ!」
必死に訴えると、フェアが彼女の肩を優しく揺さぶって宥める。
「落ち着いてください。アレはスライムと言っても、クサバミスライムです」
スライムはその食性によって数種に分類される。
クサバミスライムはその名の通り、草を――植物を食む魔物であり、危険度はかなり低いとされている。現にあの魔物はまるで草刈りでもしてくれているかのように、練習場に生えた雑草を食んでいた。
「な、なんだ……驚かさないでくださいよ……」
リーベが安堵する脇でヴァールがフロイデの小さな頭に拳骨を落とす。
「質の悪い冗談を言うな!」
するとフロイデは目に涙を溜めながら頭を押さえた。
「うう……普通に言っただけだもん…………!」
「言葉足らずにもほどがあんだろ!」
そんな2人を見ているとリーベは、フロイデが可愛そうになってくる。だからひとまず、話しを進めた。
「ええと、アレと戦えば良いの?」
「そうだ。フェア、サポートしてやれ」
「わかりました」
短く答えると、フェアは何故か楽しそうに言う。
「いいですか? スライムの弱点は体内を漂っているあの石のようなものです。核あるいは心臓と言ったりしますが、アレを破壊することで粘性を維持できなくなり、自壊します」
「なるほど……」
「この場合、どの魔法が有効か、わかりますか?」
リーベは考える。
(威力ならメガ・ファイアだろうけど、核を壊さなきゃいけないんだよね? だったら――)
「アイスフィスト……ですか?」
「そうです。……命中に不安があるでしょうが、クサバミは人を即死させられるような攻撃はできません。ですので焦らず、数をこなして行きましょう」
「はい――やってみます!」
リーベは3歩前に出ると両手でスタッフの柄を握り込み、掲げる。
(クサバミスライム、勝負……!)
スタッフに魔力を籠めていると、クサバミスライムは動きを止めた。この魔物に顔が存在しないため判じがたいが、リーベには警戒しているように見えた。
如何にクサバミが弱くとも、スライムはスライム。恐怖を抱かないではいられない。
額には汗が浮かび、口内は乾く。しかしそれらを解消している余裕は無い。戦いは既に始まっているのだから。
「…………」
クサバミは彼女を睨んだ(?)まま動く気配がない。
(だったら!)
「アイスフィスト!」
放たれた魔弾はしかし、クサバミの背後に着弾して砂をまき散らすに留まった。
「外した! だったらもう1回――アイスフィスト!」
ヒュンと風を切って飛翔した魔弾は、今度はクサバミに命中した。しかし、核に当たらず、その液状の体に一時的に穴を穿つだけに終わった。
「あ、惜しい……!」
歯噛みしたその時、クサバミは大きく伸び上がり、まるで高波のように襲いかかってくる。「うわっと!」
彼女は咄嗟に横に跳んでこれを交わすと、視界の隅でヴァールとフェアが頷くのが見えた。
苦戦しているものの、2人の中で定められた基準を満たせてはいるようで。彼女は今の戦い方を維持しようと決めた。
リーベはクサバミが反転する前に距離を取り、流れ弾が仲間に当たらないよう、立ち位置を変える。そして放つ。
「アイスフィスト!」
仕切り直しの一撃はクサバミの体内に漂う核を掠め、ガッと固い音を響かせた。多少は核を抉ったものの、クサバミは依然、健在だった。ちょっと傷つけた程度ではダメらしいと知ると、彼女は歯を噛みしめる。
(もっと正確に撃ち込まないと!)
意識を澄ませ、慎重に魔力を練り上げる。するとスタッフの上の方に氷塊が生成される。後はこれを魔弾として、クサバミの核に撃ち込むだけ。狙いを付けて……今!
「アイス――」
今まさに魔弾として放とうとしたその時、クサバミが飛び掛かってきた。
不意の反撃は回避で対応するべきであるがしかし、核が間近に迫ってくるのを見て、体は別の動作をし始める。スタッフを体の脇まで引いた後、上体のひねりを開放する。
「――チェストおおっ!」
放たれずにあった氷塊を核に叩き付ける。するとゴッと固い感触が腕に伝わり、核が見事に砕ける。直後、クサバミの体は粘性を失った。
「やった――わぷっ!」
喜んだのも束の間、青臭く、冷たく、トロリとした体液が彼女を汚す。
その悪臭に、不快感に、リーベは変な声をあげずにはいられなかった。
「うへえ……」
と、その時、パサッとポニーテールが解け、髪が肩に掛かり、こそばゆい感覚が走る。
「ん――きゃああああああっ!」
なんと、上着が肌着ごとドロドロに溶けていたのだ。
もし革の胸当てをしていなかったら、大事なトコロを外気と人目に晒していたことだろう。
「な、なんでええええ⁉」
スタッフを手放し、慌てて胸を押さえながら叫ぶ。すると駆け寄ってきたフェアが自身の纏っていたローブをリーベに被せながら説明する。
「クサバミはその食性状、植物由来の繊維をも溶かすんです」
「そんな大事なこと、先に言ってくださいよ!」
と、その時。リーベは自らに熱烈な視線を注がれるのを感じた。
振り向くと、鼻血を垂らしたフロイデと目が合う。
「む、むふーっっっ!」
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