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第2章 旅立ちの時
069 因縁の地
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早朝。リーベは家族みんなで食卓を囲んでいた。しかし両親はもっと遅い時間に朝食を摂るため、今食事をしているのは彼女だけだ。
そこに若干の申し訳なさを抱きつつも、母特製のムニエルの美味に頬が揺るんでしまう。この場にフロイデがいたならば、きっとヨダレを垂らして物欲しそうな顔で見つめていたことだろう。
そんなことを考えつつ牛乳で喉を潤していると、父エルガーが口を開いた。
「体調はどうだ? 風邪とか引いてないだろうな?」
「元気満点! だから大丈夫だよ」
微笑み掛けると「そうか」と短く返された。替わって母シェーンが「そういえば」と切り出す。
「今日はセロン村へ行くのよね?」
「うん。お父さんと関係ある場所だから行ってみたくて」
そう言いながら父を見やると、彼はなぜか渋い顔をしていた。
「『行ってみたくて』ってお前……そりゃ順序が違うんじゃねえか?」
「順序?」
「自分の実力で倒せるかどうか。それが第1であって、場所が何処かなんてのは2の次だ。違うか?」
「それは……うん、そうだけど――でも! おじさんは『お前でもやれる相手だから』って」
するとエルガーは「そうか」と押し黙った。
それは弟子を信頼しているからなのか、はたまたその判断が誤っていたのか……リーベにはわからなかった。だから父を見守るも、答えはすぐにはない。
しばしの後、エルガーは再び口を開く。
「……俺はお前の魔法を見たわけじゃねえからアレだが、ハイベックスはまだ早いと思う」
「あなた」
シェーンが小さく制する。それが娘の気概を損ねないためであるのは考えるまでもない。
妻の制止を受け、エルガーは一瞬口籠もるが、瞑目し、頑なに続ける。
「ヴァールがなんて言ったかは知んねえが、それを真に受けすぎないことだ。ハイベックスを前にした時、ムリだと思ったなら潔く引き下がれ。……いいな?」
図鑑やサリーのお話を聞く限りだと、ハイベックスはかなり強力な魔物に思える。クサバミに引き分ける程度の彼女では苦戦を強いられるのは火を見るよりも明らかだ。
『おじさんが勝てるって言ってくれたから~』などと、無邪気に言ってなどいられないだろう。
それを思えば、父が意地悪で言っているのではない。経験に基づいてわたしに――孫弟子に警告してくれているのは明白だった。
リーベ伏していた顔を上げ、父の真心の籠もった視線を瞳で受け止めると頷き返す。
「……わかった。無理だけはしないよ」
「そうしてくれ……悪いな。気勢を削ぐようなこと言って」
「ううん。心配してくれてありがと。お父さん」
素直に言うとエルガーの瞳が優しく煌めいた。
パチンと、静観していたシェーンが手を鳴らし、元気の良い声を発する。
「ほら、早く食べないとみんな来ちゃうわよ」
「あ、そうだった!」
リーベは慌てて食事を再開する。
ムニエルはすっかり冷めてしまっていたが、彼女にはとても温かく感じられた。
朝食を終え、家族3人で談笑しているとゴンゴンとノッカーが鳴った。迎えが来たのだ。
リーベがリュックを背負い、スタッフを肩に掛けている合間にエルガーが解錠し、彼女の仲間を出迎える。
「よう。元気そうだな」
エルガーが陽気な言葉と共に見せた笑みは屈託の無いもので、先程の危惧が何かの聞き間違いかと思ってしまいそうだ。それは娘に手招きするシェーンにも同じことが言えた。
しかしその裏に強い心配の念が宿っていることをリーベは知っている。
その健気さに胸が締め付けられるが、かといって苦い顔をしてはいられない。両親の想いに応えると共に自らの使命を果たすため、彼女は今日も元気よく冒険に出なければならないのだ。
「おはようございます」
リーベは表へ出るなりみんなに挨拶をした。
「おはよう」
「おはようございます」
「おは、よう」
ヴァールもフェアもフロイデも。みんな元気だった。そしてリーベもまた、元気だ。そうなればもう、あとは出発するだけだ。
リーベは悶々とする胸を宥めつつ、両親の方へ振り返る。2人は作りっぽい笑みを浮かべていて、「いってらっしゃい」と妙に上擦った声で送り出してくれた。
「……いってきます」
リーベは今回で冒険は2度目になるが、この瞬間はやはり辛いものだった。
テルドルの街の南側には1段低い壁で囲われた区画がある。
如何にも後付けされたこの区画は冒険者ギルドが所有するものであり、魔物の素材を加工、保管するための建屋が幾つも連なっている。そのため人々はこの区画全体を指して『加工場』と呼んでいる。
加工場の一角ではあのソキウスが飼われているため、犬好きなリーベにとっては憧れの場所だった。だから今からそこを通過するとなっては、昂揚せずにはいられない。
馬車に揺られ、アーチを描く南内門を通過したリーベは左右後方に目を凝らす。
「むむむ……!」
しかし残念なことに、馬車の左右は幌で覆われていて視界が狭く、そのうえ隔壁があるのだからあの至上のもふもふは目に映らなかった。
「はあ……見えなかった」
「なんだ? ソキウスでも探してたんか?」
ヴァールが苦笑しながら問い掛ける。
「うん……でも馬車からじゃ見えないね」
残念に思って言うと、フェアがくすりと笑う。
「残念ですが、ソキウスの厩舎は加工場とは別の区画にあるのでは見えませんよ?」
「そうなんですか?」
リーベは自分の情報が誤りであると知った。
残念に思っているとフロイデが「ソキウス、繊細」と付け加える。
するとヴァールがニヤリと口角を吊り上げる。
「だからお前みたいのがちょっかい出せないよう、壁で囲ってんだよ」
「なにそれ!」
剥れてみせるとヴァールは豪快に、フェアはくすりと、そしてフロイデは「くぷぷ」と忍び笑いをした。
そんな和気藹々とした時間が過ぎていき、太陽が南西の空に至った頃、ヴァールはおもむろに馬車を停まらせた。
「どうかしたの?」
馬車の前方には小さく集落が見えている。にも拘わらず車を停めることには誰だって疑問を抱くだろう。リーベはそう思ったが、フェアもフロイデも、事情を知っている風だった。それが一層、彼女の疑問を深めていく。
「降りろ」
その言葉に従って降車すると、ヴァールは西の断崖を指し示した。
「ただの崖じゃ……あ、穴が空いてる」
断崖の一部にぽっかりと穴が空いていて、まるで洞窟のようだ。
(でも、なんであんな高いところに洞窟があるの?)
疑問に思っていると、彼は続ける。
「ヘラクレーエの巣だ」
「それって、あのカラスの?」
テルドルに2度も飛来したカラス型の魔物……1度目はリーベが襲われたが、冒険者であるフロイデが居合わせたため事なきを得た。しかし2度目は被害者が出た。
ここまで来て、リーベはようやく『喜んでばかりもいられねえぞ?』の意味を悟った。
「そうだ。お前とスーザンを襲ったヤツらの巣だ」
「…………」
スーザンは見るも無惨な姿になって帰ってきた。つまり、ここに運ばれてきて、食べられたのだ。あの大きなくちばしで生きたまま、何度も何度も啄まれて……
「うう……!」
想像した途端、強烈なまでの不快感がこみ上げてきた。だがそれは一瞬のことで、親しい人を失った悲しみが全てを呑み込んでいった。
「スーザンさん……」
人間だれにも日常があって、その中にささやかな幸せがあったのだ。人はそれを少しずつ摘み取っていき、やがて大きくなった幸せを胸に、穏やかに死を迎えるものだ。
しかしスーザンはそれが許されなかった。
魔物という理不尽な存在によって奪われてしまったのだ。
そう思うとリーベは悲しくて、悔しくて目に涙が滲み、黙祷を捧げるとそれが頬を伝った。
その感触によって感情が休息に膨らんでいくが、彼女は泣くのを堪えた。
リーベはスーザンの死を乗り越えなければならないのだ。
でない彼女らが愛する人々の希望になれないからだ。
故にリーベは胸に誓う。彼女のような犠牲者を出さないために全力を尽くす、と。
そのために今出来ること。
それはこの先のセロン村近郊に群がるハイベックスを撃退することだ。
「…………」
(あなたの犠牲は無駄にはしません。なのでどうか見守っていてください。スーザンさん)
そこに若干の申し訳なさを抱きつつも、母特製のムニエルの美味に頬が揺るんでしまう。この場にフロイデがいたならば、きっとヨダレを垂らして物欲しそうな顔で見つめていたことだろう。
そんなことを考えつつ牛乳で喉を潤していると、父エルガーが口を開いた。
「体調はどうだ? 風邪とか引いてないだろうな?」
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微笑み掛けると「そうか」と短く返された。替わって母シェーンが「そういえば」と切り出す。
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そう言いながら父を見やると、彼はなぜか渋い顔をしていた。
「『行ってみたくて』ってお前……そりゃ順序が違うんじゃねえか?」
「順序?」
「自分の実力で倒せるかどうか。それが第1であって、場所が何処かなんてのは2の次だ。違うか?」
「それは……うん、そうだけど――でも! おじさんは『お前でもやれる相手だから』って」
するとエルガーは「そうか」と押し黙った。
それは弟子を信頼しているからなのか、はたまたその判断が誤っていたのか……リーベにはわからなかった。だから父を見守るも、答えはすぐにはない。
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「あなた」
シェーンが小さく制する。それが娘の気概を損ねないためであるのは考えるまでもない。
妻の制止を受け、エルガーは一瞬口籠もるが、瞑目し、頑なに続ける。
「ヴァールがなんて言ったかは知んねえが、それを真に受けすぎないことだ。ハイベックスを前にした時、ムリだと思ったなら潔く引き下がれ。……いいな?」
図鑑やサリーのお話を聞く限りだと、ハイベックスはかなり強力な魔物に思える。クサバミに引き分ける程度の彼女では苦戦を強いられるのは火を見るよりも明らかだ。
『おじさんが勝てるって言ってくれたから~』などと、無邪気に言ってなどいられないだろう。
それを思えば、父が意地悪で言っているのではない。経験に基づいてわたしに――孫弟子に警告してくれているのは明白だった。
リーベ伏していた顔を上げ、父の真心の籠もった視線を瞳で受け止めると頷き返す。
「……わかった。無理だけはしないよ」
「そうしてくれ……悪いな。気勢を削ぐようなこと言って」
「ううん。心配してくれてありがと。お父さん」
素直に言うとエルガーの瞳が優しく煌めいた。
パチンと、静観していたシェーンが手を鳴らし、元気の良い声を発する。
「ほら、早く食べないとみんな来ちゃうわよ」
「あ、そうだった!」
リーベは慌てて食事を再開する。
ムニエルはすっかり冷めてしまっていたが、彼女にはとても温かく感じられた。
朝食を終え、家族3人で談笑しているとゴンゴンとノッカーが鳴った。迎えが来たのだ。
リーベがリュックを背負い、スタッフを肩に掛けている合間にエルガーが解錠し、彼女の仲間を出迎える。
「よう。元気そうだな」
エルガーが陽気な言葉と共に見せた笑みは屈託の無いもので、先程の危惧が何かの聞き間違いかと思ってしまいそうだ。それは娘に手招きするシェーンにも同じことが言えた。
しかしその裏に強い心配の念が宿っていることをリーベは知っている。
その健気さに胸が締め付けられるが、かといって苦い顔をしてはいられない。両親の想いに応えると共に自らの使命を果たすため、彼女は今日も元気よく冒険に出なければならないのだ。
「おはようございます」
リーベは表へ出るなりみんなに挨拶をした。
「おはよう」
「おはようございます」
「おは、よう」
ヴァールもフェアもフロイデも。みんな元気だった。そしてリーベもまた、元気だ。そうなればもう、あとは出発するだけだ。
リーベは悶々とする胸を宥めつつ、両親の方へ振り返る。2人は作りっぽい笑みを浮かべていて、「いってらっしゃい」と妙に上擦った声で送り出してくれた。
「……いってきます」
リーベは今回で冒険は2度目になるが、この瞬間はやはり辛いものだった。
テルドルの街の南側には1段低い壁で囲われた区画がある。
如何にも後付けされたこの区画は冒険者ギルドが所有するものであり、魔物の素材を加工、保管するための建屋が幾つも連なっている。そのため人々はこの区画全体を指して『加工場』と呼んでいる。
加工場の一角ではあのソキウスが飼われているため、犬好きなリーベにとっては憧れの場所だった。だから今からそこを通過するとなっては、昂揚せずにはいられない。
馬車に揺られ、アーチを描く南内門を通過したリーベは左右後方に目を凝らす。
「むむむ……!」
しかし残念なことに、馬車の左右は幌で覆われていて視界が狭く、そのうえ隔壁があるのだからあの至上のもふもふは目に映らなかった。
「はあ……見えなかった」
「なんだ? ソキウスでも探してたんか?」
ヴァールが苦笑しながら問い掛ける。
「うん……でも馬車からじゃ見えないね」
残念に思って言うと、フェアがくすりと笑う。
「残念ですが、ソキウスの厩舎は加工場とは別の区画にあるのでは見えませんよ?」
「そうなんですか?」
リーベは自分の情報が誤りであると知った。
残念に思っているとフロイデが「ソキウス、繊細」と付け加える。
するとヴァールがニヤリと口角を吊り上げる。
「だからお前みたいのがちょっかい出せないよう、壁で囲ってんだよ」
「なにそれ!」
剥れてみせるとヴァールは豪快に、フェアはくすりと、そしてフロイデは「くぷぷ」と忍び笑いをした。
そんな和気藹々とした時間が過ぎていき、太陽が南西の空に至った頃、ヴァールはおもむろに馬車を停まらせた。
「どうかしたの?」
馬車の前方には小さく集落が見えている。にも拘わらず車を停めることには誰だって疑問を抱くだろう。リーベはそう思ったが、フェアもフロイデも、事情を知っている風だった。それが一層、彼女の疑問を深めていく。
「降りろ」
その言葉に従って降車すると、ヴァールは西の断崖を指し示した。
「ただの崖じゃ……あ、穴が空いてる」
断崖の一部にぽっかりと穴が空いていて、まるで洞窟のようだ。
(でも、なんであんな高いところに洞窟があるの?)
疑問に思っていると、彼は続ける。
「ヘラクレーエの巣だ」
「それって、あのカラスの?」
テルドルに2度も飛来したカラス型の魔物……1度目はリーベが襲われたが、冒険者であるフロイデが居合わせたため事なきを得た。しかし2度目は被害者が出た。
ここまで来て、リーベはようやく『喜んでばかりもいられねえぞ?』の意味を悟った。
「そうだ。お前とスーザンを襲ったヤツらの巣だ」
「…………」
スーザンは見るも無惨な姿になって帰ってきた。つまり、ここに運ばれてきて、食べられたのだ。あの大きなくちばしで生きたまま、何度も何度も啄まれて……
「うう……!」
想像した途端、強烈なまでの不快感がこみ上げてきた。だがそれは一瞬のことで、親しい人を失った悲しみが全てを呑み込んでいった。
「スーザンさん……」
人間だれにも日常があって、その中にささやかな幸せがあったのだ。人はそれを少しずつ摘み取っていき、やがて大きくなった幸せを胸に、穏やかに死を迎えるものだ。
しかしスーザンはそれが許されなかった。
魔物という理不尽な存在によって奪われてしまったのだ。
そう思うとリーベは悲しくて、悔しくて目に涙が滲み、黙祷を捧げるとそれが頬を伝った。
その感触によって感情が休息に膨らんでいくが、彼女は泣くのを堪えた。
リーベはスーザンの死を乗り越えなければならないのだ。
でない彼女らが愛する人々の希望になれないからだ。
故にリーベは胸に誓う。彼女のような犠牲者を出さないために全力を尽くす、と。
そのために今出来ること。
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