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第2章 旅立ちの時
071 初めての野営
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今回の依頼についての話し合いが終わると、日を跨ぐことなく出発となった。
太陽は西の空へ沈みつつあって、あと2時間もすれば西側に聳える急峻の陰に隠れてしまうだろう。にも拘わらず出発することにリーベが疑問を抱かないはずがなかった。
「ねえおじさん。すぐ日が暮れちゃうんだから、明日出発にした方が良いんじゃない?」
セロン村の南部に佇む隔壁へ向う道中、彼女が尋ねた。すると先頭を歩いていたヴァールが前方を見つめたまま淡々と答える。
「ここの狩人の脚で狩り場まで半日かかるらしいからな。体力のないお前を連れてちゃあ、その2割増しの時間が掛かるだろうよ」
つまり、その差分を埋めるために今こうして歩いているということだ。
リーベはその事実に不甲斐なさを感じずにはいられない。
「ご、ごめん……」
「こうなるのをわかりきってお前を弟子に取ったんだ。お前が謝ることじゃない」
「おじさん……」
「まあ、腑抜けたこと抜かしてりゃ、その限りじゃねえがな」
「むう……」
「つまり、今のあなたは立派と言うことですよ」
フェアが笑うとヴァールはきまりが悪くなって頭をボリボリと掻いた。
「ヴァール、照れてる?」
2番目を歩いていたフロイデが小さな頭を傾け、リーダーの顔を覗き込みながら問う。
「なわけねえだろ! ……それよか、こっからは自然界なんだ。気張っていけ」
ことを有耶無耶にしようと発せられた言葉に前方を見やると、高さ5メートルほど石壁が眼前に迫っていた。
それは村の南西と南東にある高台を結ぶようにして築かれており、街道と打つかる地点に青銅の重厚な門扉を備えていた。リーベの胸ほどの高さのところに太い閂があり、ヴァールはそれを、まるで箒を扱うかのように軽々と引き抜いて、壁の足下に横たえた。それから門扉の左側1枚を両手で押し開く。
ゴゴゴゴと金属と砂が擦れる重厚な音を耳にすると、リーベは途端に緊張してきた。するとフェアがいつもの穏やかな口調で励ましてくれる。
「大丈夫です。私たちがついていますから」
「は、はい……ありがとう、ございます」
頼もしい限りだが、今回のターゲットと戦うのは自分なのだ。にも拘わらずこんな弱腰で良いのだろうか。
彼女はそう思いつつも村の外へ出た。
太陽が西の果てに達した。空が赤と青に塗り分けられ、浮かぶ雲は金色に染まる。そのきらびやかな情景とは裏腹に、地上は暗黒に染まりつつあった。一行は時間の許すギリギリまで歩き続け、ついに限界を迎えた。
「うし。ここで野営をするぞ」
「野営……」
(野営ってあれだよね? 空の下に拠点を作ってどうこうって言う……)
冒険者になればいつしか経験するものだと覚悟していたが、屋根のない場所に眠るのはやはり不安になった。
彼女が悶々とする一方、ヴァールは街道の真ん中で薪を組み重ねていった(薪は道中で集めたものだ)。
「何か手伝えることある?」
「じゃあ火をくれ」
「うん。わかった」
リーベはスタッフを取り出すと、火の粉を薪の山に放った。
火の粉は乾いた枝を喰らうかのように燃え広がり、程なくしてメラメラと炎をあげて燃え始めた。その温かな光に、パキパキと薪の爆ぜる音に、彼女の不安は幾分和らいでいった。
「ふう……温かい」
寒いわけではないが、手を翳して暖めていると、フェアが言う。
「ふふ、暖まるのも結構ですが、まずは食事にしましょう」
彼が言う傍らでは既にフロイデが食事を始めていた。干し肉をグニグニと咀嚼しながら、遠い目をして言う。
「テルドルに帰りたい……」
「まだ初日だってのに気が早いヤツだ」
そう言いながらも、ヴァールも同じ目をしていた。
そんな様子を可笑しく思いつつも、リーベはビスケットをかじり始めた。
その質素な味わいに、固い食感に。彼女は兄弟子と同じ感想を抱いた。ビスケットと共に温かな食事のありがたみを噛み締めている内、食事を終えた。
「ごちそうさまでしたっと――ねえ、これからどうするの?」
手製の爪楊枝で歯を掃除していたヴァールに問い掛ける。
「野営の時はかわりばんこで見張りをするんだ」
そう答えると、他の2人に呼び掛ける。
「最初は俺とリーベでやるから、お前らはいつも通り休んでろ」
「わかりました」
「うん」
歯を掃除した後、フェアとフロイデは地面に毛布を敷いて、その上に横たわり、毛布の余りに包まった。
その野性的な休み方に、リーベは乙女として忌避感を抱いてしまった。しかし彼女も冒険者。否むことは許されなかった。
「…………」
モヤモヤとしている内、フロイデは「くうくう」と可愛らしい寝息を立て始めた。一方でフェアは沈黙を貫いているが、毛布がゆっくりと上下していることから眠っているのがわかる。
こうして起きているのはリーベとヴァールの2人きりになった。だから彼女はこの機会にと、不安を打ち明ける。
「……ねえおじさん」
「なんだ?」
パチンと、薪が爆ぜた。
「あのね、お父さんが言ってたの。『ハイベックスはまだ早いと思う』って」
「そうか……」
ヴァールは焚き火の世話をしながら続ける。
「確かに、アレは厄介な魔物だ。チョロチョロ動き回って、あっという間に距離を詰めてくる。師匠がそう言いたくなるのもわかる」
「じゃあどうして『お前でもやれる相手だから』なんて言ったの?」
「やれると思ったからだ」
明快な答えだった。しかしそれだけに、不思議になる。
エルガーの元で研鑽を積んだヴァールが、どうして師匠と違う尺度で物を見ているのだろうかと。
それを口にしようとした時、ヴァールは独り言ちるように付け加えた。
「……もしかしたら、俺には歪んで見えているのかもな」
「歪んで?」
「尊敬する師匠の娘だから。そんな理由で、実際よりも出来がよく見えてるのかもしんねえ」
「…………」
「実際にお前を見ているのはフェアだが、アイツも同じかもな」
「……じゃあわたしは、どうすればいいの」
「お前はどうしたい?」
「どうって……ううん…………」
リーベは自分のような駆け出し魔法使いの身に余る存在であるならば、素直にフェアに任せるべきだと思った。それが例え彼の補助を受けながらであったとしても、危険が伴うのならやはり、避けるべきだろう。
(いや、そう言い出したら成長なんて出来ないよ。それに、そんな軟弱な自分じゃ、とてもテルドルのみんなの希望になんてない!)
「わたしは……戦いたい」
勇気を奮い起こして、そう口にした。するとヴァールは真剣な口調で問いを重ねる。
「お前の手に負えねえ相手なのかもしんねえんだぞ? 本当に良いのか?」
「……うん。だって、だってはわたしは、冒険者なんだから……!」
師匠の瞳を見据えて言うと、答えを得られぬまま、背けられてしまった。彼は一服するかわりに焚き火の世話をし、数秒の間を経てこう言った。
「お前がその気なら、俺たちはその意思を支えるだけだ――そうだろ?」
ヴァールは明後日の方を見て言った。それをリーベは不思議に思って視線を追うと、その先には人影が。
「きゃ! ……なんだ、フェアさんですか」
「ふふ、驚かせてしまってすみません」
「起こしちゃいましたか?」
「いえ。そろそろ時間なので」
「あ、もうそんな時間ですか」
辺りを見回すと、既に真っ暗で、思いのほか時間が経過していたのだと知らされる。
その間、リーベの意識は師匠と自分の内面にだけ向けられていて、火の番も、辺りの警戒も、なにも出来ていなかったことに気付く。
(……こんな不器用じゃダメだ。もっと気を付けていかないと)
「話は戻りますが、ヴァールの言うとおりです。未熟者ですが、リーベさんの戦いを補助させていただきますので、どうぞ目標に集中してください」
「フェアさん……ありがとうございます。明日はきっと、勝って見せますから!」
「その意気だ」
ヴァールが弟子の肩を叩いた時、フロイデがムニャムニャと寝言を発する。
「さかながいっぱい……」
どうやら幸せな夢を見ているようで、3人は声を抑えて笑った。
「はあ……んじゃ、俺らは休むから、後は頼んだぞ」
「了解しました」
「お休みなさい」
「はい。お休みなさい」
そうしてリーベとヴァールは毛布に包まり、横になった。
「ねえおじさん」
「……寝ろ」
「寝るからさ、また手、繋いでよ」
「ガキじゃねえんだぞ?」
憎まれ口を叩きながらも、大きな手が差し伸べられる。
リーベはその手から温もりと、師匠の偉大さを感じ、野営の不安が和らぐのだった。
「良い夢見ろよ?」
「うん……おやすみなさい。おじさん…………」
太陽は西の空へ沈みつつあって、あと2時間もすれば西側に聳える急峻の陰に隠れてしまうだろう。にも拘わらず出発することにリーベが疑問を抱かないはずがなかった。
「ねえおじさん。すぐ日が暮れちゃうんだから、明日出発にした方が良いんじゃない?」
セロン村の南部に佇む隔壁へ向う道中、彼女が尋ねた。すると先頭を歩いていたヴァールが前方を見つめたまま淡々と答える。
「ここの狩人の脚で狩り場まで半日かかるらしいからな。体力のないお前を連れてちゃあ、その2割増しの時間が掛かるだろうよ」
つまり、その差分を埋めるために今こうして歩いているということだ。
リーベはその事実に不甲斐なさを感じずにはいられない。
「ご、ごめん……」
「こうなるのをわかりきってお前を弟子に取ったんだ。お前が謝ることじゃない」
「おじさん……」
「まあ、腑抜けたこと抜かしてりゃ、その限りじゃねえがな」
「むう……」
「つまり、今のあなたは立派と言うことですよ」
フェアが笑うとヴァールはきまりが悪くなって頭をボリボリと掻いた。
「ヴァール、照れてる?」
2番目を歩いていたフロイデが小さな頭を傾け、リーダーの顔を覗き込みながら問う。
「なわけねえだろ! ……それよか、こっからは自然界なんだ。気張っていけ」
ことを有耶無耶にしようと発せられた言葉に前方を見やると、高さ5メートルほど石壁が眼前に迫っていた。
それは村の南西と南東にある高台を結ぶようにして築かれており、街道と打つかる地点に青銅の重厚な門扉を備えていた。リーベの胸ほどの高さのところに太い閂があり、ヴァールはそれを、まるで箒を扱うかのように軽々と引き抜いて、壁の足下に横たえた。それから門扉の左側1枚を両手で押し開く。
ゴゴゴゴと金属と砂が擦れる重厚な音を耳にすると、リーベは途端に緊張してきた。するとフェアがいつもの穏やかな口調で励ましてくれる。
「大丈夫です。私たちがついていますから」
「は、はい……ありがとう、ございます」
頼もしい限りだが、今回のターゲットと戦うのは自分なのだ。にも拘わらずこんな弱腰で良いのだろうか。
彼女はそう思いつつも村の外へ出た。
太陽が西の果てに達した。空が赤と青に塗り分けられ、浮かぶ雲は金色に染まる。そのきらびやかな情景とは裏腹に、地上は暗黒に染まりつつあった。一行は時間の許すギリギリまで歩き続け、ついに限界を迎えた。
「うし。ここで野営をするぞ」
「野営……」
(野営ってあれだよね? 空の下に拠点を作ってどうこうって言う……)
冒険者になればいつしか経験するものだと覚悟していたが、屋根のない場所に眠るのはやはり不安になった。
彼女が悶々とする一方、ヴァールは街道の真ん中で薪を組み重ねていった(薪は道中で集めたものだ)。
「何か手伝えることある?」
「じゃあ火をくれ」
「うん。わかった」
リーベはスタッフを取り出すと、火の粉を薪の山に放った。
火の粉は乾いた枝を喰らうかのように燃え広がり、程なくしてメラメラと炎をあげて燃え始めた。その温かな光に、パキパキと薪の爆ぜる音に、彼女の不安は幾分和らいでいった。
「ふう……温かい」
寒いわけではないが、手を翳して暖めていると、フェアが言う。
「ふふ、暖まるのも結構ですが、まずは食事にしましょう」
彼が言う傍らでは既にフロイデが食事を始めていた。干し肉をグニグニと咀嚼しながら、遠い目をして言う。
「テルドルに帰りたい……」
「まだ初日だってのに気が早いヤツだ」
そう言いながらも、ヴァールも同じ目をしていた。
そんな様子を可笑しく思いつつも、リーベはビスケットをかじり始めた。
その質素な味わいに、固い食感に。彼女は兄弟子と同じ感想を抱いた。ビスケットと共に温かな食事のありがたみを噛み締めている内、食事を終えた。
「ごちそうさまでしたっと――ねえ、これからどうするの?」
手製の爪楊枝で歯を掃除していたヴァールに問い掛ける。
「野営の時はかわりばんこで見張りをするんだ」
そう答えると、他の2人に呼び掛ける。
「最初は俺とリーベでやるから、お前らはいつも通り休んでろ」
「わかりました」
「うん」
歯を掃除した後、フェアとフロイデは地面に毛布を敷いて、その上に横たわり、毛布の余りに包まった。
その野性的な休み方に、リーベは乙女として忌避感を抱いてしまった。しかし彼女も冒険者。否むことは許されなかった。
「…………」
モヤモヤとしている内、フロイデは「くうくう」と可愛らしい寝息を立て始めた。一方でフェアは沈黙を貫いているが、毛布がゆっくりと上下していることから眠っているのがわかる。
こうして起きているのはリーベとヴァールの2人きりになった。だから彼女はこの機会にと、不安を打ち明ける。
「……ねえおじさん」
「なんだ?」
パチンと、薪が爆ぜた。
「あのね、お父さんが言ってたの。『ハイベックスはまだ早いと思う』って」
「そうか……」
ヴァールは焚き火の世話をしながら続ける。
「確かに、アレは厄介な魔物だ。チョロチョロ動き回って、あっという間に距離を詰めてくる。師匠がそう言いたくなるのもわかる」
「じゃあどうして『お前でもやれる相手だから』なんて言ったの?」
「やれると思ったからだ」
明快な答えだった。しかしそれだけに、不思議になる。
エルガーの元で研鑽を積んだヴァールが、どうして師匠と違う尺度で物を見ているのだろうかと。
それを口にしようとした時、ヴァールは独り言ちるように付け加えた。
「……もしかしたら、俺には歪んで見えているのかもな」
「歪んで?」
「尊敬する師匠の娘だから。そんな理由で、実際よりも出来がよく見えてるのかもしんねえ」
「…………」
「実際にお前を見ているのはフェアだが、アイツも同じかもな」
「……じゃあわたしは、どうすればいいの」
「お前はどうしたい?」
「どうって……ううん…………」
リーベは自分のような駆け出し魔法使いの身に余る存在であるならば、素直にフェアに任せるべきだと思った。それが例え彼の補助を受けながらであったとしても、危険が伴うのならやはり、避けるべきだろう。
(いや、そう言い出したら成長なんて出来ないよ。それに、そんな軟弱な自分じゃ、とてもテルドルのみんなの希望になんてない!)
「わたしは……戦いたい」
勇気を奮い起こして、そう口にした。するとヴァールは真剣な口調で問いを重ねる。
「お前の手に負えねえ相手なのかもしんねえんだぞ? 本当に良いのか?」
「……うん。だって、だってはわたしは、冒険者なんだから……!」
師匠の瞳を見据えて言うと、答えを得られぬまま、背けられてしまった。彼は一服するかわりに焚き火の世話をし、数秒の間を経てこう言った。
「お前がその気なら、俺たちはその意思を支えるだけだ――そうだろ?」
ヴァールは明後日の方を見て言った。それをリーベは不思議に思って視線を追うと、その先には人影が。
「きゃ! ……なんだ、フェアさんですか」
「ふふ、驚かせてしまってすみません」
「起こしちゃいましたか?」
「いえ。そろそろ時間なので」
「あ、もうそんな時間ですか」
辺りを見回すと、既に真っ暗で、思いのほか時間が経過していたのだと知らされる。
その間、リーベの意識は師匠と自分の内面にだけ向けられていて、火の番も、辺りの警戒も、なにも出来ていなかったことに気付く。
(……こんな不器用じゃダメだ。もっと気を付けていかないと)
「話は戻りますが、ヴァールの言うとおりです。未熟者ですが、リーベさんの戦いを補助させていただきますので、どうぞ目標に集中してください」
「フェアさん……ありがとうございます。明日はきっと、勝って見せますから!」
「その意気だ」
ヴァールが弟子の肩を叩いた時、フロイデがムニャムニャと寝言を発する。
「さかながいっぱい……」
どうやら幸せな夢を見ているようで、3人は声を抑えて笑った。
「はあ……んじゃ、俺らは休むから、後は頼んだぞ」
「了解しました」
「お休みなさい」
「はい。お休みなさい」
そうしてリーベとヴァールは毛布に包まり、横になった。
「ねえおじさん」
「……寝ろ」
「寝るからさ、また手、繋いでよ」
「ガキじゃねえんだぞ?」
憎まれ口を叩きながらも、大きな手が差し伸べられる。
リーベはその手から温もりと、師匠の偉大さを感じ、野営の不安が和らぐのだった。
「良い夢見ろよ?」
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