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第四章 百物語編
35話目 創案されし御伽噺(四)
しおりを挟むそうして、事故が起こった時の状況を聞き終えた斑鳩と見藤は、現場調査として敷地内を出歩く許可を得た。手作り感が否めない許可証の入ったネームホルダーを首から提げて廊下を歩く。見藤に至ってはそれが邪魔だと、ワイシャツの胸ポケットへ入れ込んでしまっている。
二人は事が起きた現場へと向かう。廊下を闊歩しながら、ぽつりと言葉を溢したのは斑鳩だ。
「……に、しても今回もまた厄介だな」
「はぁ……」
「果たされなかった約束の対価を回収しに現れる怪異。それも小指を切り落としてまわるだと? 想像するだけでも気色悪いな」
溜め息で相槌を打つ見藤を横目にしながら、斑鳩は足を進める。そんな斑鳩に今度は見藤がぽつりと言葉を溢す。
「なぜ、この学校で被害者が多数いる……? 他はせいぜい一人だ」
「だな」
見藤は残された怪異の痕跡を辿り、要所で視線を動かす。そうして、行き着いた仮説を口にする。
「約束によって果たされるはずだった目的や、それに込められた願いが強ければ強い程、ユビキリマワリが現れやすいとなれば……」
「なるほど、辻褄が合うな」
斑鳩の納得した言葉に頷くと見藤は、ふと窓の外から聞こえて来る活気のいい掛け声に耳を傾ける。そうして、この校舎を飾る数々の弾幕を思い出す。この学校は中等教育ながら、様々な分野に力を入れている様子だった。
奇しくも、何かの縁か。ここには沙織が通っている。彼女の養父も、沙織はスポーツも勉学もよく出来た子だと話していたことを思い出す。そんな彼女が通う学び舎ともなれば、必然的にその教育レベルは高いものなのだろう。
ともなれば、大人たちが生徒にかける期待や部活動における大会への意気込み、志高く持った約束はまさに、件の怪異にとって存在意義を示すには十分だ。
そして、希望に満ちた子の将来を願う親の想いというのは、込められる願いの強さにしては十分すぎるのだろう。
件の怪異をおびき寄せるには必然的に餌をぶら下げなければならない。それは果たされるはずであった約束の大きさや、込められた願いの強さが強ければ強い程、いい餌となる。
「約束……。昔、したな……お前と」
約束と聞いて見藤は何か思い出すことがあったようだ。立ち止まり、顎に手を当てて考える素振りをしている。
そんな見藤の言動を見ていた斑鳩は、自身もその約束について思い当たる事があったのだろう。未だ考える素振りをしている見藤をからかうように口を開く。
「おいおい、その中身は覚えていないのか?酷でぇな」
「…………そんな事はない」
「俺は覚えてるぞ。まぁ、あんなガキの頃の口約束、時効だと思うが……」
と、そこまで言葉を進めたのはよかった。
―――― 突然、校舎に悲鳴が響き渡ったのだった。
「何だ!?」
二人は思考を止め、一目散に悲鳴が聞こえてきた方角へ走り出した。
斑鳩と見藤がその場に辿り着くと、二人は同時にひゅっと息を呑む。その光景は言葉に表してしまうと、どうにも嘔気をもよおしてしまいそうだった。
床にうずくまる女子生徒。その周りには飛散した血痕。そして、片方の手を抱えて痛みに耐えきれず崩れる表情。泣き叫ぶ声。彼女の近くには本来、転がっているはずのないもの。
斑鳩と見藤は即座に頭の思考を切り替え、処置にあたる。周囲には何事かと生徒達が集まり始めている。この凄惨な光景を目にしてしまえば、精神に大きな影響を受けることは免れないだろう。
斑鳩はすぐさま、声を張り上げ規制をかける。
「生徒達は近寄るな!! 手を貸せる大人はいるか!?」
その緊迫した雰囲気と彼の形相は非常事態であることを物語っており、生徒達は動揺しながらもその言葉に素直に従ってくれた。
「校医はいるか!?」
「そっちの指は止血!素手で触るな! 冷やすんだ、切断面を直接冷やすなよ、濡れたガーゼか何かで巻いておけ」
「早く救急車を呼んでくれ!」
見藤がその場にいた教員と共に処置を手早く行う最中、斑鳩は他の教員へ指示を出す。その場にいた教員数人が生徒達の誘導、救急への通報をたどたどしくはあるものの、確実に行っていった。
そうして、事態の収拾は少しずつ行われていく。大怪我を負った彼女は救急搬送され、即座に外科手術を受けることになるだろう。現場に残った斑鳩と見藤はその時の状況を聞き取り、部活動のため校内に残っていた生徒達は一度体育館に集められ、追って保護者が迎えに来る手筈となった。
これでひとまず事態の収拾は完了か、と見藤は体育館の出入口に佇みながら考えていた。そうすると、どうにも斑鳩の顔色が悪いことに気付く。
「おい、斑鳩。顔色が悪いぞ」
「…………俺にも娘がいる、到底他人事とは思えなくてな……。気分が悪い」
「少し休んで来い」
「あぁ……」
見藤の言葉に斑鳩は力なく答えると、その場を後にした。彼は足取り重く、少し先にあるトイレへ入って行った。見藤は何も言わず、その背を見送る。
斑鳩の反応は至極真っ当だろう。彼も人の親だ。怪我を負った女子生徒と自分の娘を重ねたのか、それとも彼女の両親の心情を慮《おもんぱ》ってか、彼はその心を砕いている。
「はぁ……」
見藤はもう何度目か分からない溜め息をつく。彼が目にしたのは、切断された小指ではなかった。あれは恐らく右手の第二指。ユビキリマワリは小指を切り落として回る、そんな認知が早くも書き換えられようとしているのか。
認知によって生まれた新たな怪異というのは、その認知が広まるにつれて姿形が変わることがある。そしてそれは、どうやら行動にも反映されるようだ。
(もし、約束や願いの強さで切り落とす場所が違ってくるのであれば……。最悪だ)
恐らくこの推測は正しい。見藤はその考えに至り、思わず眉間を押さえた。
もしそうであれば、今後被害はさらに大きくなるだろう。最悪の場合、死者が出ることも考えられる。
見藤は腕を組みながら体育館の出入口に寄りかかり、斑鳩の帰りを待っている。
その間にも体育館に集められていた生徒達は、迎えに来た保護者と共に次々に帰宅していく。見藤はそんな様子を遠目に見ながら佇んでいたのだが、不意に教員から声を掛けられた。
「すみません、斎藤の保護者のお知り合いでしょうか」
「……はい?」
見藤は思わず聞き返してしまった。――斎藤、その名は確か沙織の養父の名ではなかったか。
見藤の声音に、気まずさを感じたのか教員は遠慮がちに言葉を続ける。
「彼女の保護者の方と連絡がつかず終いで……。生徒本人に確認した所、あなたと保護者の方はお知り合いだと。あなたに確認を取って、良ければ一人でいいから帰宅させて欲しいと言っていて……」
「…………」
見藤は言葉が出てこなかった。あながち間違いではないが、知り合いなんて程度のものでもない。教員から話を聞き終えると、表情を険しいものへと変える。
見藤の形相を目にした教員は思わず肩をびくつかせた。
「この状況下で彼女を一人で下校させろ……?」
――あのクソ野郎、と言いかけた本心をぐっと飲み込んだ。そうして、とてつもなく大きな溜め息をついた。
いくら沙織が覚《さと》りという妖怪であったとしても、仮にも彼女の養父がその責任を放棄するなど、見藤から言わせてみれば人の屑である。
見藤が体育館内を見渡すと、もう残っているのは沙織ただ一人となっていた。教員に伝えに来てくれたことへの礼を述べる。
そして、沙織の元に足早に駆け寄った。
「帰るぞ」
「え、でも……おじさん達の仕事が――」
「斑鳩と合流して、家まで送る」
沙織が見た見藤は不機嫌そうに眉を寄せ、その目に怒りを映していた。そんな、言葉と表情が一致していない見藤を見つめる沙織はどこか嬉しそうであった。
そうして、斑鳩はトイレから出てくると、知らぬ間に見藤と共に沙織を送り届けることになっている状況に困惑しながらも、渋々承諾するのであった。
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