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第一章 劈頭編
6話目 出張、京都旅(二)
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京町屋が軒を連ねる伝統的な風景に、久保は胸を躍らせながら、人で賑わう街道を闊歩する。見藤の後について行くと、目的地は中心街から少し外れた場所にあった。
「ここだな」
「はえぇ……」
そこは独特の雰囲気を醸し出している店だった。【小野小道具店】と看板を掲げている。店の奥には中庭があるのだろうか、少しだが藤棚が見えている。そういえばちょうど、藤の花の開花時期だ。
久保は京都の神社にある藤棚も有名な観光スポットであることを思い出し、後で巡ろうと頭の片隅においておく。
その店は歴史を感じさせる京町屋の佇まいだが、屋根の上に取り付けられた鍾馗と呼ばれる魔除け。その魔除けは専ら向かいの家を睨んでしまわない様に視線を上方向にずらしたものが多いらしい。
だが、この魔除けはどういう訳か、こちらと目が合うのだ。一言で言ってしまえば不気味だ。
見藤は特に気にする様子もなく店の中へと入っていく。久保もそれに続く。店内は薬でも扱っているのか、少し漢方のような匂いがした。
久保が店内を見渡すと、壁一面に木製の薬棚が置かれていて、所々に乾燥させた植物が吊り下げられ置いてある。それと、変な置物も。カウンターには、白と黒の牛柄をした老描が一匹、日向ぼっこをしている。
来店に気付いた店主が、二人に声を掛けた。
「あぁ、いらっしゃい。事前に言われた物なら揃っているよ」
「悪いな、キヨさん」
「いいさ」
キヨと呼ばれた店主と見藤は顔馴染であるようで親し気に話している。彼女は気品ある老婆だった。白髪と言うには綺麗な銀髪を後ろで結わえ、着物の上に割烹着を着用し、その背筋はまっすぐ伸びている。
店主は見藤の後ろに立つ久保に気づくと軽く会釈をし、つられて久保も会釈を返す。すると、店主はしみじみとした様子で見藤に話し掛けた。
「お前さんが人を連れているなんて珍しいねぇ」
「助手だな」
「まぁ、丸くなったもんだ」
「……からかわんでくれ」
見藤は店主に久保を紹介する。
二人のやりとりからして、見藤は店主に頭が上がらないようだ。すると、店主は意味深な笑みを浮かべながら久保に声を掛けた。
「こき使われると思うけど、頑張って」
「ははは……」
それは見藤の書類関連の仕事のことだろうか、久保の口からは乾いた笑い声しか出なかった。
そんな会話を楽しみながら、ここはどういった店なのか尋ねてみた。途中、見藤がまずい、という表情をしたのだが、なにぶん久保には見えていなかった。それが悪かった、年寄りの話は長いものだ。
ここ、小野小道具店は代々何世代も受け継がれてきたそうだ。見藤のように怪異を相手とする仕事を生業とするもの、祈祷師、拝み屋、霊媒師、久保にはどれも同じものだと思うが。そう言った者達が呪いに使う道具を求めてやってくるのだという。
―― 怪異や心霊現象の情報もその一つだ。時に、情報は何物にも代え難い武器となる。
「この店は情報のハブだ」
長話の合間、見藤がそっと久保に耳打ちする。
そして、「俺が怪異事件の調査に駆り出されるのはこの婆さんのせいだ」と嫌味ったらしく、辟易とした表情で言った。その事実に久保は驚き、店主を見た。彼女はなんら普通の老婆だ。
そんな老婆が世にも奇妙な世界の情報を統括し、呪い道具を扱う専門店を切り盛りしている。この店主は一体何者なのだろうか。
――そんな久保の疑問と好奇心に応えるように、店主の長話は続く。
なぜそういう店となった経緯だが。京都には小野 篁という人物の、あの世にまつわる伝説が残されているのは有名な話だ。さて、この店主、名を小野キヨと言う。
小野妹子の子孫であるとされる小野 篁、小野篁の子孫とされる小野小町、その小野小町の子孫が切り盛りしているのが、ここ小野小道具店という事だそうだ。
古より呪いが盛んだったと伝わる京都と、あの世とこの世を行き来し、夜は地獄の裁判官の補佐官をしていたと伝えられている小野篁。
その子孫の子孫が、こうして呪い道具店を営むことは代々受け継がれて来た役目だという。
――まさか歴史上の人物の名をここまで列挙されるとは思わなかった。
久保の呟きはなんとも素直な感想だった。
「小野さんが多すぎて全く説明が頭に入ってこないんですが……」
「とどのつまり、ここはそれくらい歴史がある呪い道具屋だってことだ」
要約するとその通りだろう。久保がキヨの長話しを聞かされているうちに、見藤は道具の確認を終えた様子だ。パチン、と木箱を閉じる音が店内に響いた。
そうするとまるで、見藤が作業を終えるのを待っていたかのように、老猫が見藤の足元にすり寄って来る。見藤もまんざらでもなさそうに、老猫の顔を撫でている。
その様子を見たキヨは微笑ましそうにしながらも、何か思い出したことがあったのか、少し心配そうに見藤へ声を掛けた。
「今年の夏は少し大変そうだねぇ」
「まぁ、何とかやるよ」
「十分気を付けるんだよ。まぁ、調査が終わったら情報は買い取るから」
「あぁ、よろしく頼む」
二人の会話から察するに、見藤は怪異による事件・事故の実地調査を行い、その情報をキヨに買い取って貰っている。そして恐らく、見藤の元に持ち込まれる依頼と言うのは、彼女からの斡旋なのだろう。それ故、報告書という膨大な書類仕事に追われる羽目になっているのだ。
「そうそう、この間は煙谷さんがうちに寄ってねぇ」
「……あいつの話はやめてくれ」
「まぁまぁ、そう言わずに。あ、そうそう、お前さんがこっちに寄ったからには少しお願いしたいことがあって――」
なんとも口が達者な店主だ。続く長話しに久保は次第に時間を持て余し、手元で観光地を調べ始めた。もちろん、先ほどの藤棚を見られるスポットも忘れない。出張の目的は達成されたようなので、残りの時間は観光できると一人息巻いていた。
すると ――。
「知り合いの神社の境内に藁人形が数体見つかってねぇ。ここの所、頻発しているみたいで。知り合いも高齢なものだから、呪いを解くのも一苦労で……」
「そういうのは俺の仕事じゃ……」
「お前さんくらいじゃないと出来ないと思うよ。まぁ、お礼はするから」
「………………」
なんとも不穏な会話が聞こえてきた。
現実主義である見藤に、お礼をするという言葉は絶大な効果を発揮することを久保は知っていた。それも長年世話になっているであろう、専門的な道具を扱う店の店主キヨからの頼み。見藤が断れないことは目に見えていた。
「はぁ……分かったよ」
「まぁ、助かるよ。紙に住所を書いておくよ。それと、知り合いにも伝えておくから」
「頼む」
少しばかり見藤の顔に疲れが見えたのは気のせいではないだろう。
こうして、久保の京都観光計画は潰え、呪いの藁人形を回収するという物騒な予定変更となったのだった。
「ここだな」
「はえぇ……」
そこは独特の雰囲気を醸し出している店だった。【小野小道具店】と看板を掲げている。店の奥には中庭があるのだろうか、少しだが藤棚が見えている。そういえばちょうど、藤の花の開花時期だ。
久保は京都の神社にある藤棚も有名な観光スポットであることを思い出し、後で巡ろうと頭の片隅においておく。
その店は歴史を感じさせる京町屋の佇まいだが、屋根の上に取り付けられた鍾馗と呼ばれる魔除け。その魔除けは専ら向かいの家を睨んでしまわない様に視線を上方向にずらしたものが多いらしい。
だが、この魔除けはどういう訳か、こちらと目が合うのだ。一言で言ってしまえば不気味だ。
見藤は特に気にする様子もなく店の中へと入っていく。久保もそれに続く。店内は薬でも扱っているのか、少し漢方のような匂いがした。
久保が店内を見渡すと、壁一面に木製の薬棚が置かれていて、所々に乾燥させた植物が吊り下げられ置いてある。それと、変な置物も。カウンターには、白と黒の牛柄をした老描が一匹、日向ぼっこをしている。
来店に気付いた店主が、二人に声を掛けた。
「あぁ、いらっしゃい。事前に言われた物なら揃っているよ」
「悪いな、キヨさん」
「いいさ」
キヨと呼ばれた店主と見藤は顔馴染であるようで親し気に話している。彼女は気品ある老婆だった。白髪と言うには綺麗な銀髪を後ろで結わえ、着物の上に割烹着を着用し、その背筋はまっすぐ伸びている。
店主は見藤の後ろに立つ久保に気づくと軽く会釈をし、つられて久保も会釈を返す。すると、店主はしみじみとした様子で見藤に話し掛けた。
「お前さんが人を連れているなんて珍しいねぇ」
「助手だな」
「まぁ、丸くなったもんだ」
「……からかわんでくれ」
見藤は店主に久保を紹介する。
二人のやりとりからして、見藤は店主に頭が上がらないようだ。すると、店主は意味深な笑みを浮かべながら久保に声を掛けた。
「こき使われると思うけど、頑張って」
「ははは……」
それは見藤の書類関連の仕事のことだろうか、久保の口からは乾いた笑い声しか出なかった。
そんな会話を楽しみながら、ここはどういった店なのか尋ねてみた。途中、見藤がまずい、という表情をしたのだが、なにぶん久保には見えていなかった。それが悪かった、年寄りの話は長いものだ。
ここ、小野小道具店は代々何世代も受け継がれてきたそうだ。見藤のように怪異を相手とする仕事を生業とするもの、祈祷師、拝み屋、霊媒師、久保にはどれも同じものだと思うが。そう言った者達が呪いに使う道具を求めてやってくるのだという。
―― 怪異や心霊現象の情報もその一つだ。時に、情報は何物にも代え難い武器となる。
「この店は情報のハブだ」
長話の合間、見藤がそっと久保に耳打ちする。
そして、「俺が怪異事件の調査に駆り出されるのはこの婆さんのせいだ」と嫌味ったらしく、辟易とした表情で言った。その事実に久保は驚き、店主を見た。彼女はなんら普通の老婆だ。
そんな老婆が世にも奇妙な世界の情報を統括し、呪い道具を扱う専門店を切り盛りしている。この店主は一体何者なのだろうか。
――そんな久保の疑問と好奇心に応えるように、店主の長話は続く。
なぜそういう店となった経緯だが。京都には小野 篁という人物の、あの世にまつわる伝説が残されているのは有名な話だ。さて、この店主、名を小野キヨと言う。
小野妹子の子孫であるとされる小野 篁、小野篁の子孫とされる小野小町、その小野小町の子孫が切り盛りしているのが、ここ小野小道具店という事だそうだ。
古より呪いが盛んだったと伝わる京都と、あの世とこの世を行き来し、夜は地獄の裁判官の補佐官をしていたと伝えられている小野篁。
その子孫の子孫が、こうして呪い道具店を営むことは代々受け継がれて来た役目だという。
――まさか歴史上の人物の名をここまで列挙されるとは思わなかった。
久保の呟きはなんとも素直な感想だった。
「小野さんが多すぎて全く説明が頭に入ってこないんですが……」
「とどのつまり、ここはそれくらい歴史がある呪い道具屋だってことだ」
要約するとその通りだろう。久保がキヨの長話しを聞かされているうちに、見藤は道具の確認を終えた様子だ。パチン、と木箱を閉じる音が店内に響いた。
そうするとまるで、見藤が作業を終えるのを待っていたかのように、老猫が見藤の足元にすり寄って来る。見藤もまんざらでもなさそうに、老猫の顔を撫でている。
その様子を見たキヨは微笑ましそうにしながらも、何か思い出したことがあったのか、少し心配そうに見藤へ声を掛けた。
「今年の夏は少し大変そうだねぇ」
「まぁ、何とかやるよ」
「十分気を付けるんだよ。まぁ、調査が終わったら情報は買い取るから」
「あぁ、よろしく頼む」
二人の会話から察するに、見藤は怪異による事件・事故の実地調査を行い、その情報をキヨに買い取って貰っている。そして恐らく、見藤の元に持ち込まれる依頼と言うのは、彼女からの斡旋なのだろう。それ故、報告書という膨大な書類仕事に追われる羽目になっているのだ。
「そうそう、この間は煙谷さんがうちに寄ってねぇ」
「……あいつの話はやめてくれ」
「まぁまぁ、そう言わずに。あ、そうそう、お前さんがこっちに寄ったからには少しお願いしたいことがあって――」
なんとも口が達者な店主だ。続く長話しに久保は次第に時間を持て余し、手元で観光地を調べ始めた。もちろん、先ほどの藤棚を見られるスポットも忘れない。出張の目的は達成されたようなので、残りの時間は観光できると一人息巻いていた。
すると ――。
「知り合いの神社の境内に藁人形が数体見つかってねぇ。ここの所、頻発しているみたいで。知り合いも高齢なものだから、呪いを解くのも一苦労で……」
「そういうのは俺の仕事じゃ……」
「お前さんくらいじゃないと出来ないと思うよ。まぁ、お礼はするから」
「………………」
なんとも不穏な会話が聞こえてきた。
現実主義である見藤に、お礼をするという言葉は絶大な効果を発揮することを久保は知っていた。それも長年世話になっているであろう、専門的な道具を扱う店の店主キヨからの頼み。見藤が断れないことは目に見えていた。
「はぁ……分かったよ」
「まぁ、助かるよ。紙に住所を書いておくよ。それと、知り合いにも伝えておくから」
「頼む」
少しばかり見藤の顔に疲れが見えたのは気のせいではないだろう。
こうして、久保の京都観光計画は潰え、呪いの藁人形を回収するという物騒な予定変更となったのだった。
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