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第一章 劈頭編
6話目 出張、京都旅
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お守りの一件があった後、東雲は久保について事務所を訪れるようになっていた。
初めこそ彼女を警戒していた見藤だが、久保を通して事前に伺いを立て、許可を得てから訪ねて来る。久保がいない日は訪ねて来ない。そんな常識的な範囲だったため、次第に東雲が訪れることも当然のようになっていった。
その際、めげずにアプローチをする東雲と毎度断りを入れる見藤、という珍妙な場面が何度か目撃されていた。
見藤からすれば、それだけ二人でつるんでいるのだから男女の恋愛なんぞ若い者同士でやってくれと思うのだが、それは本人たちの与り知らぬ所である。
そうして季節は、世間では大型連休とされる頃に差し掛かろうとしていた。
久保は事務所で見藤の書類整理を手伝いながら、耳にした話を反芻する。
「出張ですか?」
「あぁ、ちょっとな」
大型連休を利用して見藤は出張に赴くようだ。彼は怪異による事件・事故調査の一端を担っていると言っていた。怪異の事象は全国に及ぶことは想像に容易く、出張というのも、その手の仕事なのだろうか。―― その依頼は一体どこから持ち込まれるのか、久保の好奇心は底を尽きない。
そして、その期間中は当然久保も休みである。いくつか奇妙な体験を経た久保は、その非日常的好奇心から見藤に同行したい気持ちが湧いたが、流石にアルバイトという立場からは言い出しづらい。
そわそわと落ち着きのない久保を見た見藤は彼の思惑を察したのか溜め息をつき、尋ねた。
「……来るか?」
「え、良いんですか!?」
「旅費は自分で払えよ?」
「やった、ありがとうございます!」
「助手として頑張ってもらうぞ」
見藤の言う助手 ―― 言わば荷物持ちなのだが、浮かれた久保はその思惑に気付かない。もちろん、猫宮は留守番である。すると、猫宮にはお土産を要求された。
久保は後日、念のため東雲にも一報を入れておく。見藤の出張に同行すること、そして、数日は事務所は留守になること。すると、東雲から返ってきた返事は意外なものだった。
「あぁ、その時期は実家へ帰るから」
「そうなんだ」
「うん。実家の手伝いがあるからね」
東雲の実家は神社だということは知っている。大型連休ともなると参拝客が増えるのだろうか。お互い簡単な予定を話してその日を終えた。
―― そして迎える大型連休。
* * *
駅で待ち合わせをした久保はきょろきょろと周囲を見渡し、見藤を探す。大型連休らしく駅には人通りが多いため、探すのは一苦労だ。こうした人の集まる場所に少なからず黒い靄が混ざっていることに、見藤と過ごしているうちに少しは慣れたものだ。
「あ! いた、見藤さん!」
「お待たせ」
いつもの使い古されたスーツ姿の見藤を見つけ、久保は手を振る。それに気付いた見藤は久保の元へ足を運ぶ。
久保は見藤の手に見慣れない荷物があることに気付く。アタッシュケースの様な形をした木箱だ。上等な品なのか木目が美しい。
「頼んだぞ、助手くん」
「え」
にやりと笑う見藤に、なぜ自分が同行を許されたのか理解した瞬間だった。
そこからは、新幹線での移動となる。向かう先は古の都、京都だ。久保はすっかり旅行気分だった。その気分も、ある出来事により壊される羽目になるのだが ――。
「………………」
「だから、目を合わせるなと言っただろうが」
新幹線が県境を越えると、そこは怪異が多く存在していた。新幹線の窓に張り付いて、ぎょろぎょろとこちらを覗き込む怪異に、久保は驚きのあまり叫んでしまったのだ。言わずもがな、周囲から変な目で見られるのは必然的だった。その空気感に堪え切れず、意気消沈したのであった。
「古都というのは昔から怪異が多い、そういう伝承が多いからな。認知の力も働きやすいし、それによって怪異もそれなりに力を持つ。そう言った奴はあんな感じで特に視えやすい。寺や神社が多い事も関係しているだろうが。まぁ、言わずとも霊的な事象も多いな」
「ご丁寧な説明、ありがとうございます……」
久保は持たされた木箱を正面に抱きかかえ、しょんぼりと俯く。そういう事は事前に言っておいて欲しかったと項垂れる。久保は抱えた木箱に顎を乗せて拗ねた態度をとっている。木箱のひんやりとした感触がせめてもの慰めになるのだろうか。
駅に降り立ち、とぼとぼと見藤の後をついて行く。そこでふと、今更ながらに木箱の中身が気になった。
「ところで、この箱はなんですか?」
「あぁ、俺の呪い道具だ。今回の出張は道具の修繕と補充だな」
―― 呪い。その言葉を再び耳にした久保は首を傾げる。
そんな久保を目にした見藤は少し渋い顔をしながらも、彼の好奇心に応えてくれた。
「……まぁ、呪いと似たようなものだ。呪いと呪いは表裏一体、良い事にも悪い事にも使われる」
「え……っ!?」
「あ、おい、落とすなよ」
見藤の言葉に驚いた久保は危うく木箱から手を滑らす所だった。
呪いと聞いて抱くイメージはマイナスだろう。呪術や蟲毒、さらに呪いの藁人形、その他諸々。それに使用する道具が、この木箱に入っていると言うのだろうか。
だが、見藤が扱う呪いというものは人のために使われている物であったと思い出す。
久保を迷い家から連れ帰った時、東雲のお守りを直した時。そう考えるとなんだか、悪いものではないような気持ちになるのであった。
初めこそ彼女を警戒していた見藤だが、久保を通して事前に伺いを立て、許可を得てから訪ねて来る。久保がいない日は訪ねて来ない。そんな常識的な範囲だったため、次第に東雲が訪れることも当然のようになっていった。
その際、めげずにアプローチをする東雲と毎度断りを入れる見藤、という珍妙な場面が何度か目撃されていた。
見藤からすれば、それだけ二人でつるんでいるのだから男女の恋愛なんぞ若い者同士でやってくれと思うのだが、それは本人たちの与り知らぬ所である。
そうして季節は、世間では大型連休とされる頃に差し掛かろうとしていた。
久保は事務所で見藤の書類整理を手伝いながら、耳にした話を反芻する。
「出張ですか?」
「あぁ、ちょっとな」
大型連休を利用して見藤は出張に赴くようだ。彼は怪異による事件・事故調査の一端を担っていると言っていた。怪異の事象は全国に及ぶことは想像に容易く、出張というのも、その手の仕事なのだろうか。―― その依頼は一体どこから持ち込まれるのか、久保の好奇心は底を尽きない。
そして、その期間中は当然久保も休みである。いくつか奇妙な体験を経た久保は、その非日常的好奇心から見藤に同行したい気持ちが湧いたが、流石にアルバイトという立場からは言い出しづらい。
そわそわと落ち着きのない久保を見た見藤は彼の思惑を察したのか溜め息をつき、尋ねた。
「……来るか?」
「え、良いんですか!?」
「旅費は自分で払えよ?」
「やった、ありがとうございます!」
「助手として頑張ってもらうぞ」
見藤の言う助手 ―― 言わば荷物持ちなのだが、浮かれた久保はその思惑に気付かない。もちろん、猫宮は留守番である。すると、猫宮にはお土産を要求された。
久保は後日、念のため東雲にも一報を入れておく。見藤の出張に同行すること、そして、数日は事務所は留守になること。すると、東雲から返ってきた返事は意外なものだった。
「あぁ、その時期は実家へ帰るから」
「そうなんだ」
「うん。実家の手伝いがあるからね」
東雲の実家は神社だということは知っている。大型連休ともなると参拝客が増えるのだろうか。お互い簡単な予定を話してその日を終えた。
―― そして迎える大型連休。
* * *
駅で待ち合わせをした久保はきょろきょろと周囲を見渡し、見藤を探す。大型連休らしく駅には人通りが多いため、探すのは一苦労だ。こうした人の集まる場所に少なからず黒い靄が混ざっていることに、見藤と過ごしているうちに少しは慣れたものだ。
「あ! いた、見藤さん!」
「お待たせ」
いつもの使い古されたスーツ姿の見藤を見つけ、久保は手を振る。それに気付いた見藤は久保の元へ足を運ぶ。
久保は見藤の手に見慣れない荷物があることに気付く。アタッシュケースの様な形をした木箱だ。上等な品なのか木目が美しい。
「頼んだぞ、助手くん」
「え」
にやりと笑う見藤に、なぜ自分が同行を許されたのか理解した瞬間だった。
そこからは、新幹線での移動となる。向かう先は古の都、京都だ。久保はすっかり旅行気分だった。その気分も、ある出来事により壊される羽目になるのだが ――。
「………………」
「だから、目を合わせるなと言っただろうが」
新幹線が県境を越えると、そこは怪異が多く存在していた。新幹線の窓に張り付いて、ぎょろぎょろとこちらを覗き込む怪異に、久保は驚きのあまり叫んでしまったのだ。言わずもがな、周囲から変な目で見られるのは必然的だった。その空気感に堪え切れず、意気消沈したのであった。
「古都というのは昔から怪異が多い、そういう伝承が多いからな。認知の力も働きやすいし、それによって怪異もそれなりに力を持つ。そう言った奴はあんな感じで特に視えやすい。寺や神社が多い事も関係しているだろうが。まぁ、言わずとも霊的な事象も多いな」
「ご丁寧な説明、ありがとうございます……」
久保は持たされた木箱を正面に抱きかかえ、しょんぼりと俯く。そういう事は事前に言っておいて欲しかったと項垂れる。久保は抱えた木箱に顎を乗せて拗ねた態度をとっている。木箱のひんやりとした感触がせめてもの慰めになるのだろうか。
駅に降り立ち、とぼとぼと見藤の後をついて行く。そこでふと、今更ながらに木箱の中身が気になった。
「ところで、この箱はなんですか?」
「あぁ、俺の呪い道具だ。今回の出張は道具の修繕と補充だな」
―― 呪い。その言葉を再び耳にした久保は首を傾げる。
そんな久保を目にした見藤は少し渋い顔をしながらも、彼の好奇心に応えてくれた。
「……まぁ、呪いと似たようなものだ。呪いと呪いは表裏一体、良い事にも悪い事にも使われる」
「え……っ!?」
「あ、おい、落とすなよ」
見藤の言葉に驚いた久保は危うく木箱から手を滑らす所だった。
呪いと聞いて抱くイメージはマイナスだろう。呪術や蟲毒、さらに呪いの藁人形、その他諸々。それに使用する道具が、この木箱に入っていると言うのだろうか。
だが、見藤が扱う呪いというものは人のために使われている物であったと思い出す。
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