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第一章 劈頭編
番外編 煙谷の後始末
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「全く、あいつのせいで二度手間だ。今度会ったら今回のことで大いにからかってやろう」
見藤を事務所に放り投げた後。煙となって消えたはずの煙谷は、再び廃旅館へと戻っていた。咥え煙草をしながら、ポリポリと頬を掻く。
煙谷の仕事は主に祓い屋であるが、煙谷は怪異である。一般的に言われる、人や物に取り憑いた霊を祓うことだけが仕事ではなかった。じっとりとした重苦しい空気感に深いため息をつく。
「さっさとしょっ引くか」
そう呟くと、煙草の火を握りつぶす。煙谷の手が少しだけ煙草の煙と同化した。すると、煙谷の背後に突如として二つ人影が現れた。一つは女、もう一つは男だ。
ただその風貌は異様だった。二人とも白と黒の着物に身を包み、袂は袈裟懸けでたくし上げられている。女は憎女の面、男は翁の面を着けており素顔は分からない。女は片手に錫杖を持っている。
そして、異様なのは二人とも面の僅かな隙間から覗く角だ。額から角が生えている。日本の伝承と照らし合わせるとすると鬼人と呼ばれる者達だろう。
「遅いぞ、煙谷。仕事しろ」
女が口を開いた。その声は呆れ返ったような、面倒くさそうな、なんとも言い難い。男の方は黙ったまま動かない。寡黙なようだ。
「ちょっとしたトラブルだよ」
「うちらには関係ないだろう」
「えー、酷くない? これでもちゃんと仕事してるんだけど?」
ぴしゃり、と返され煙谷はやれやれと再びため息をつく。先のやり取りから見れば、煙谷はこの鬼の二人組と同僚関係なのだろう。鬼と言えば、人に害を成す妖怪の類という伝承が多いが、この二人組は異なるようだ。
「早くここに憑いている亡者をあっちへ連れて逝くぞ」
「はいはい。獄卒の仕事も楽じゃないねぇ」
煙谷の軽口を無視し、鬼の二人組は周囲を見渡す。昔の事件の犠牲者か、はたまたこの土地に呼ばれ命を奪われた犠牲者かいずれも不明だが、それにしても浮遊する霊魂が多い。
こういった現世に留まり続ける霊魂を、人間たちがあの世、地獄と呼んでいる場へ連れて逝く事が、煙谷とこの鬼人たち ――――、獄卒の仕事だった。
そうして始まる、人の目には映らない大捕り物。
煙谷はふと思い出す、見藤の身が危険に晒される要因となった奴のことを。
「あ、そういえば」
煙谷は廃旅館の奥に潜んでいたものを見つけ、呆れたように言葉をかける。
「お、いたいた。お前はちょっとお仕置きだな。って、もうほとんど人の魂のカタチをしてないじゃないか」
煙谷の目には、黒い何かと緑色の何かが混ざり合ったような粘性のある、人の大きさ程あるヘドロが、蠢いているように視えた。それは最早、言葉を理解できているのかどうかさえ分からない。
すると、煙谷はの背後から女鬼人が声を掛けた。
「おい、煙谷。なんだ、そいつは」
「これ? 恐らく、ここが溜まり場になった原因じゃない?」
「血に祟るというやつか。哀れだな」
人間、悪行によって地獄へと堕ちるというのは広く知られた信仰だろう。その悪行により奪われる命が多ければ多いほど、その怨念はその人へ返って行く。
生前は何かと不幸が続く場合もあれば、心身に不調をきたす場合もあるだろう。そして、それはその悪行を働いた者の血縁者にも降りかかる。しかし、そこで終わりではないのだ。人の負の感情は凄まじい、死してなおその魂を貪るのだ。
昔はこの場所も八十の名の元、栄えたのだろう。人々の信仰心も相まって、あの目玉の怪異は祀られていたのかもしれない。しかし、現代となりそれも変わってしまった。
恐らく、何代目かの経営者が旅館経営にあくどい手をいくつも使ったのだろう。その結果、あのような凄惨な事件が起き、負の連鎖が続く場所へと変わってしまった。
そして、元々この地に憑いていた怪異のあの目玉はどうにかその連鎖を断とうと、奮闘したのかもしれない。信仰心も認知も失い、もう長くはない存在で何を守ろうとしていたのか、煙谷には分らない。
「これはもう処分でいいよな?」
「あぁ、これではもう輪廻には戻れないだろうな」
仏教が根強いここ日本であれば誰しも一度は聞いた言葉だろう。この三人のように現世を取り締まる獄卒たちは、漂う霊魂を回収しては地獄で罪を償わせ、輪廻転生の循環へと戻すのだ。
女鬼人が懐から鬼灯を取り出した。すると突然、その鬼灯は赤く燃え始め、炎は黒いヘドロ目掛けて飛んでいく。身もだえながら燃やされるヘドロを二人は黙って眺めていた。燃え尽きたそこには、もう何も残っていなかった。
燃え尽きるのを見届けた煙谷は飄々と言ってのける。
「はい、仕事終わり」
「……お前は何もしていないだろうが」
「こっちも終わった、帰ろう」
寡黙な男獄卒に声を掛けられ、振り向く。これにて、煙谷の後始末は完了となった。そして、鬼人二人は瞬く間に地獄へと帰って行ったのだった。
「調査報告面倒くさいなぁ」
後日、煙谷が提示した調査報告は「特記すべき事象なし。以上」だった。なんともやる気のない報告書が出来上がっていた。その結果、見藤にどやされることとなるのは、またの別の話。
見藤を事務所に放り投げた後。煙となって消えたはずの煙谷は、再び廃旅館へと戻っていた。咥え煙草をしながら、ポリポリと頬を掻く。
煙谷の仕事は主に祓い屋であるが、煙谷は怪異である。一般的に言われる、人や物に取り憑いた霊を祓うことだけが仕事ではなかった。じっとりとした重苦しい空気感に深いため息をつく。
「さっさとしょっ引くか」
そう呟くと、煙草の火を握りつぶす。煙谷の手が少しだけ煙草の煙と同化した。すると、煙谷の背後に突如として二つ人影が現れた。一つは女、もう一つは男だ。
ただその風貌は異様だった。二人とも白と黒の着物に身を包み、袂は袈裟懸けでたくし上げられている。女は憎女の面、男は翁の面を着けており素顔は分からない。女は片手に錫杖を持っている。
そして、異様なのは二人とも面の僅かな隙間から覗く角だ。額から角が生えている。日本の伝承と照らし合わせるとすると鬼人と呼ばれる者達だろう。
「遅いぞ、煙谷。仕事しろ」
女が口を開いた。その声は呆れ返ったような、面倒くさそうな、なんとも言い難い。男の方は黙ったまま動かない。寡黙なようだ。
「ちょっとしたトラブルだよ」
「うちらには関係ないだろう」
「えー、酷くない? これでもちゃんと仕事してるんだけど?」
ぴしゃり、と返され煙谷はやれやれと再びため息をつく。先のやり取りから見れば、煙谷はこの鬼の二人組と同僚関係なのだろう。鬼と言えば、人に害を成す妖怪の類という伝承が多いが、この二人組は異なるようだ。
「早くここに憑いている亡者をあっちへ連れて逝くぞ」
「はいはい。獄卒の仕事も楽じゃないねぇ」
煙谷の軽口を無視し、鬼の二人組は周囲を見渡す。昔の事件の犠牲者か、はたまたこの土地に呼ばれ命を奪われた犠牲者かいずれも不明だが、それにしても浮遊する霊魂が多い。
こういった現世に留まり続ける霊魂を、人間たちがあの世、地獄と呼んでいる場へ連れて逝く事が、煙谷とこの鬼人たち ――――、獄卒の仕事だった。
そうして始まる、人の目には映らない大捕り物。
煙谷はふと思い出す、見藤の身が危険に晒される要因となった奴のことを。
「あ、そういえば」
煙谷は廃旅館の奥に潜んでいたものを見つけ、呆れたように言葉をかける。
「お、いたいた。お前はちょっとお仕置きだな。って、もうほとんど人の魂のカタチをしてないじゃないか」
煙谷の目には、黒い何かと緑色の何かが混ざり合ったような粘性のある、人の大きさ程あるヘドロが、蠢いているように視えた。それは最早、言葉を理解できているのかどうかさえ分からない。
すると、煙谷はの背後から女鬼人が声を掛けた。
「おい、煙谷。なんだ、そいつは」
「これ? 恐らく、ここが溜まり場になった原因じゃない?」
「血に祟るというやつか。哀れだな」
人間、悪行によって地獄へと堕ちるというのは広く知られた信仰だろう。その悪行により奪われる命が多ければ多いほど、その怨念はその人へ返って行く。
生前は何かと不幸が続く場合もあれば、心身に不調をきたす場合もあるだろう。そして、それはその悪行を働いた者の血縁者にも降りかかる。しかし、そこで終わりではないのだ。人の負の感情は凄まじい、死してなおその魂を貪るのだ。
昔はこの場所も八十の名の元、栄えたのだろう。人々の信仰心も相まって、あの目玉の怪異は祀られていたのかもしれない。しかし、現代となりそれも変わってしまった。
恐らく、何代目かの経営者が旅館経営にあくどい手をいくつも使ったのだろう。その結果、あのような凄惨な事件が起き、負の連鎖が続く場所へと変わってしまった。
そして、元々この地に憑いていた怪異のあの目玉はどうにかその連鎖を断とうと、奮闘したのかもしれない。信仰心も認知も失い、もう長くはない存在で何を守ろうとしていたのか、煙谷には分らない。
「これはもう処分でいいよな?」
「あぁ、これではもう輪廻には戻れないだろうな」
仏教が根強いここ日本であれば誰しも一度は聞いた言葉だろう。この三人のように現世を取り締まる獄卒たちは、漂う霊魂を回収しては地獄で罪を償わせ、輪廻転生の循環へと戻すのだ。
女鬼人が懐から鬼灯を取り出した。すると突然、その鬼灯は赤く燃え始め、炎は黒いヘドロ目掛けて飛んでいく。身もだえながら燃やされるヘドロを二人は黙って眺めていた。燃え尽きたそこには、もう何も残っていなかった。
燃え尽きるのを見届けた煙谷は飄々と言ってのける。
「はい、仕事終わり」
「……お前は何もしていないだろうが」
「こっちも終わった、帰ろう」
寡黙な男獄卒に声を掛けられ、振り向く。これにて、煙谷の後始末は完了となった。そして、鬼人二人は瞬く間に地獄へと帰って行ったのだった。
「調査報告面倒くさいなぁ」
後日、煙谷が提示した調査報告は「特記すべき事象なし。以上」だった。なんともやる気のない報告書が出来上がっていた。その結果、見藤にどやされることとなるのは、またの別の話。
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