禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

文字の大きさ
95 / 193
第三章 夢の深淵編

26話目 悪友との邂逅、そして類が及ぶ(四)

しおりを挟む
 そうして見藤は、斑鳩いかるがから久保と東雲との関係性を尋ねられ、雇い主と助手のようなものだと答える。
 すると、斑鳩は一瞬驚いた表情を見せたが、その次には豪快に笑ったのだ。

「それにしてもお前が助手を雇うとはなぁ。人間、歳をとると丸くなるってのは本当だな」
「……やかましい」

 斑鳩のからかうような言葉と視線に、見藤は辟易とした表情を浮かべる。しかし、和やかな雰囲気はそこまでだった。斑鳩の視線が突如、鋭くなったのだ。

 鋭い眼光で見藤を射抜いた斑鳩は、そっと口を開く。

「で? 何があった」
「はぁ……」

 斑鳩にそう問われれば、見藤は答えるしかない。これは事情聴取だ。

 見藤は思い出せる限り、状況を斑鳩に伝えた。何せ違和感を抱いた瞬間、考えるよりも先に体が動いたのだ。その時の状況を事細かに説明するには、頭で処理ができない事象が多すぎた。
――すれ違い様に刃物を持ち出した男、狙われた東雲、その凶行に抵抗した見藤。

 見藤が一通り説明し終えると、斑鳩は溜め息をついた。その様子を目にした見藤は不服そうに眉を寄せている。
 その次には、斑鳩の鋭い眼光はなりを潜め、悪友の表情に戻ったのだった。深く息を吸うと、大きな溜め息を付く。ぽつりと溢した言葉は見藤の身を案じたものだった。

「はぁ……お前。昔、俺とやっててよかったな」
「……今になって、そう思う」
「一歩間違えれば、刺されて病院送りだ」
「……」

 斑鳩の言葉に見藤は黙り込んでしまった。
 久保は「もっと言ってやってくれ」と言わんばかりに、見藤を横目で見ている。


 見藤と斑鳩。偶然が重なり、二人は学生の時分に出会った。その名と、同じくまじないを扱う家に生まれた境遇が、二人を悪友たらしめた。

 斑鳩家は、警官や検察といった司法の職に就く者が多い。裏ではまじないを生業としながらも、司法に入り込み、怪異事件や事故に目を光らせている。
 そして、他の名家が良からぬことを企んでいないか監視する役目を持つ、と見藤は学生時代、斑鳩から教示を受けた。

 その折に「将来は警察になるのだから」と斑鳩の練習相手になったのは見藤だ。
 幼い頃より、柔道など必要な武術を叩きこまれていた斑鳩。未経験者の見藤では、話にならないような練習風景だったが、いい経験になったようだ。

 そして、護身術を見藤に教え込んだのは斑鳩だ。その経験が大いに生かされた結果、見藤は病院送りにならずに済んだ。



 斑鳩から説教を受ける見藤は、抗議する素振りすら見せない。依然、仏頂面のまま氷嚢を頬にあてている。

 不意に、部屋の扉が数回ノックされた。斑鳩が短く返事をすると、扉の隙間から例の若い警官が遠慮がちに顔を覗かせた。

「斑鳩警部。被疑者の治療、応急措置ですが完了しました。これで少しは話が聞けるかと」
「分かった、すぐに向かう」

 警部、そう呼ばれた斑鳩に見藤は目を丸くする。本来であればこう言った事件現場に直接赴くことはないはずだ。見藤は思わず「あいつ相当出世したな」と、悪友の姿に呟いた。

 そうして、斑鳩が退室し、残された見藤と久保。しばらくの間は待機となる。
 見藤は思い出したかのように久保に向き直り、口を開く。

「久保くん、いいか。ああいう危険な人間は立ち向かうな、逃げろ。これ一択だからな。……今回は抵抗しなければ東雲さんが怪我をしていたから――」
「……いや、見藤さんに言われたくないですよ」
「あぁ、そうだよな……。…………本音を言うと、二度と御免だ」
「……そう思ってるなら、もう二度とあんなことしないで下さい」

 久保の見藤への罵倒は止まらない。寧ろ、それほどまでに彼の身を案じたということだ。

――暴漢に立ち向かう、常識的に考えればとてつもなく危険な行為。人より恵まれた体格を持つ見藤だからこそ、できたことだろう。そして、それは結果論でしかない。
 久保と東雲という、見藤からすれば守るべき対象と共にいたことがそうさせた。

 久保が悔しそうに呟く。

「僕と東雲がどんな思いで……っ」
「すまない」

 見藤は頬に当てていた氷嚢を置くと、今度は久保の頭に手を置いた。
 久保は少しだけ目を伏せる。見藤の手の重みが、無事であるという実感を抱かせる。少し雑に髪を乱されるのは頂けないが、少しの間だけ、その重みを享受していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...