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第四章 百物語編
33話目 件の如し(五)
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そこは豪華絢爛と言うに相応しい造りをした応接間だった。ただ、少し違うのは内装や配置された家具が、少しばかり前時代的であることだろうか。それが余計にギラついた雰囲気を醸し出している。
数多く置かれた美術品や、壁に鎮座している数多くの絵画はいかにも骨董品という物ばかりだ。応接間というからには、中央には楕円形をした脚に派手な装飾が目立つアンティークのテーブルが鎮座している。
そこに備え付けられたのは、これまた装飾が施されたヴィクトリアン調の椅子だ。
椅子にふんぞり返りなから座っているのは、二人の老人と一人の初老の男。彼らのやや後方には付き人だろう、彼らよりいくらか若い人間が控えている。
どうやら、彼らは詮議を行っているようだ。
「件は伝承通り、蒜山に出現したと聞いた。そこへ使いを向かわせろ」
「いや、違う。件は真庭に出現したと聞いたぞ?」
「いいや――」
巡り巡る情報は噂となり、その正確性を失う。
「残るはあと今日、明日程度だろう。なんとしても、予言をさせねば……。まだ見つけられないのか、愚鈍な奴らめ」
「小野へ情報照会してみては……?」
「あの女狐をあてにするな」
会議は踊る、されど会議は進まずとはよく言ったものだ。空白となった予言をさせようにも、その枠は一つだけ。
それに三人集まって会議を開けば、自ずと駆け引きは混沌を極めることなど想像に容易い。だが、古いしきたりに縛られるのはさしずめ名家といった所か。
堂々巡りとなる噂は、現代にも繰り返される――――。
* * *
呪いを生業とする、名家とされる家々が情報の錯乱によって右往左往している最中。そのようなことはつゆ知らず。見藤は件《くだん》の要求によって情けなくも振り回されていた。
やれ、あれが食べてみたい、あれが見てみたい、と絶え間なく要求をしてくる件。依頼を遂行中でも、見藤に割り振られた依頼はその先々で彼の手を必要としている。だが、これではその時間を取ることも叶わない。
猫宮は思わず悪態をつく。
「おい、何だこのクソガキは……。見藤の奴、振り回されているぞ」
「……仕方がないけど、もやもやするわね」
霧子も見藤とのささやかな会話の時間ですら削られる羽目になり、腑に落ちない様子だ。その元凶となる件は、見藤に用意させた大型犬用のペットベットに鎮座し、優雅にくつろいでいる。
流石の見藤も呆れた様子で、溜め息をつく回数が増えるというもの。
「…………はぁ」
「ここにいる間は好きにして構わんのだろう?」
「……そんなことは言ってないんだが」
「儂の望みを叶えてくれると――」
「そこまでは言ってない」
そんな押し問答を繰り返していると、心なしか件が嬉しそうな表情を浮かべていることに猫宮は気付く。ちらり、と見藤を見やればその視線は机にばかり向けられており、手元は忙しなく書類を捲っている。見藤に件のその表情は見えてない。
猫宮はくっくっく、と喉で低く笑う。――どうにもこうして、この男は怪異に好かれるのだ。
◇
そうこうしているうちに夕刻となり、窓の外から事務所内に夕陽が差し込む。冬の夕陽というのは、何故こうも寂しげな気分にさせるのだろうか、と件はじっと眺めていた。
「生まれた意味を知りたい」
事務所に差し込む光を眺めたまま、ぽつりと件が呟いた。
その言葉に、表情を凍てつかせたのは見藤だ。ぴたり、と書類を捲る手が止まった。そして、リン……、と香炉が鳴る音だけがしばらく事務所内に響く。
件はそっと言葉を紡ぎながら、説話を語る。
件は人の魂と同じように生を廻る世にも珍しい妖怪だ。そして、過程で得た知識、出来事から予言を成すのだという。
よって死しても、再びこの世に生を受ければ、その記憶とともに短い生を謳歌する。その繰り返し。
時に件は人の手によって、短い生でさえも奪われるときもあった。それ故か、繰り返されるうちに生まれた意味が分からなくなってしまったのだと語った。
予言を与えるために生まれるのか、死ぬために生まれるのか。よりにもよって、今回は認知によって生まれた。予言など、ありもしないというのに――。
見藤は言葉に詰まりながら、件にかける言葉を選んでいる。
「……生まれた意味をその生の中で見出せる生き物なんてのは……、ほんの一握りだ」
「そうか」
沈黙の後に続いた見藤の答えを聞くと、件はそう答えて眠ってしまった。前足を組み、そこに顎を乗せて、なんとも器用なことだ。
残された命の猶予は一日、下手をすれば半日だろうか。そんな短い生で、件が生きる意味など見出すには猶予があまりにも足りない。
* * *
「少し出てくる」
「そう、いってらっしゃい」
件が眠ってからしばらく。見藤はそう言うといつものスーツに着替え、道具箱を手に事務所を発った。その表情は少しばかりの疲労を滲ませていた。また違った依頼なのだろうか、と霧子は首を傾げていたが深くは聞くまい、と目を伏せた。
見藤を見送った霧子は、依然ソファーに腰掛けて雑誌を読んでいる。猫宮は向かいに寝転がり、居眠りをしている。残された霧子と猫宮は各々好きに過ごすようだ。
するとぱちり、と眠ったはずの件の目が開かれた。
「狸寝入りは成功したみたいね」
霧子は件に視線を向けることなく、そう声をかけた。
すると、その言葉に件は気まずそうにそっぽを向いたのだった。少なからず、見藤に対して無茶な要求をしていると自覚していたのだろう。
「散々あいつを振り回しておいて、今更気が引けたのかしら? 振り回すなら最後までそうしないと、もったいないわ」
霧子はそんな心情を見せた件が少しだけ可愛らしく思えたのだろう。件を振り向くと、彼女は悪戯っ子のような笑みを見せたのだ。
それには少なからず、件の要求に振り回されながらもその願いを叶えてやりたいと、せわしなく動く見藤を可愛く、愛おしく想う彼女の心情もあるのだ。
件は少し怪訝な表情を見せたかと思うと、霧子に尋ねた。
「今更ながらに疑問なのだが、なぜ怪異が人と連れ合っている?」
「あいつは私のものだからよ」
その問いは少しばかり霧子の機嫌を損ねてしまった。今度は打って変わり、むっとした表情を浮かべる霧子。
ころころと変わる彼女の表情は件をも楽しませるようだ、件は声を上げて笑う。
「はっはっは、素直に言えばいいものを。儂でさえも、お主達が好い仲というのは見て分かると言うのに」
「…………ふん」
「難儀なことよな。人と怪異が結ばれたとしても、何も成せない。儂は人の営みを垣間見てきたからな。託し、紡がれる様は人が故に尊いのだろう?」
「……なにが言いたいのよ」
じろりと半ば睨み付けるような霧子の視線に動じることなく、件は言葉を続けた。その目にしっかりと彼女を見据えて。
「遺される覚悟はあるのか、ということだよ。まぁ……ただ先の短い、儂のお節介だ」
「そう、……ご忠告、有難く受け取っておくわ」
そのお節介は霧子にとって、決して嫌なものではなかったようだ。それには少なからず短い生を謳歌するしかできない件の、遺された霧子を心配する思いもあったのだろう。
それからどういう訳か、件と霧子は話が弾んだようだ。
霧子は事務机に備え付けられている椅子を件の近くへと運び、そこに膝を立てて座りながら楽しく雑談をしていたのだった。話題に上るのは必然的に見藤のことになり――。
「あいつ、こっちの気も知らないで平然とそんな事をやってのけるのよ? こっちから、触れ合うのは止めるくせに」
「それはまぁ、そうか……」
「なによ、私の話を聞いてくれるんでしょ?」
どうやら、見藤に対する霧子の不満を聞かされているようだ。件はすっかり霧子の話し相手となっていた。
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