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第二章 戴冠式の夜
26 脱出
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アンディゴは猥雑な歓楽街、その屋根の上を歩いていた。
軽快な足取りで屋根と屋根を伝い、離れた裏路地に着地する。すると背後から怒号と悲鳴、それに何かしらの破壊音が聞こえてきて、脱出が一歩遅れれば危なかったであろう事を伝えてくれた。
あの娼館は今をもって使えなくなってしまった。マイネッケとかいう情報部長、奴の力を見誤っていたらしい。まさか二週間足らずでここまでたどり着くとは思わなかった。いち早く気配に気が付かなければ、きっと自分も捕まっていた事だろう。
アンディゴは酔っ払って歩く男達にまぎれ込み、そのまま歓楽街を抜けてメインストリートに出た。そこで初めて微かに息を吐く。
さて、これからどうしようか。これでは上からの指示も助けも期待できず、普通なら帰還するところだ。
しかしアンディゴには任務があった。何とか祖国アルーディアとこのヴェーグラントの火種を生むという、重要な任務が。そしてそれは彼にとってただの任務ではなく、自らのたった一つの願いでもある。だからこそこの仕事だけは失敗するわけにはいかないのだ。
しばらく身を潜めなければいけないだろう。上と接触するのにどれくらいかかるだろうか。だがどれだけの苦労をしたって構わない、今度こそ必ず成功させてみせる。見知った美しい姫君を刺してまで成し遂げようとした、この仕事を。
アンディゴの決意は暗く、そして固かった。彼は一瞬だけ底冷えするような笑みを浮かべたが、週末に浮かれる街にそれを見咎める者は一人もいない。ありふれた背中が雑踏に搔き消えるまで、そう時間はかからなかった。
軽快な足取りで屋根と屋根を伝い、離れた裏路地に着地する。すると背後から怒号と悲鳴、それに何かしらの破壊音が聞こえてきて、脱出が一歩遅れれば危なかったであろう事を伝えてくれた。
あの娼館は今をもって使えなくなってしまった。マイネッケとかいう情報部長、奴の力を見誤っていたらしい。まさか二週間足らずでここまでたどり着くとは思わなかった。いち早く気配に気が付かなければ、きっと自分も捕まっていた事だろう。
アンディゴは酔っ払って歩く男達にまぎれ込み、そのまま歓楽街を抜けてメインストリートに出た。そこで初めて微かに息を吐く。
さて、これからどうしようか。これでは上からの指示も助けも期待できず、普通なら帰還するところだ。
しかしアンディゴには任務があった。何とか祖国アルーディアとこのヴェーグラントの火種を生むという、重要な任務が。そしてそれは彼にとってただの任務ではなく、自らのたった一つの願いでもある。だからこそこの仕事だけは失敗するわけにはいかないのだ。
しばらく身を潜めなければいけないだろう。上と接触するのにどれくらいかかるだろうか。だがどれだけの苦労をしたって構わない、今度こそ必ず成功させてみせる。見知った美しい姫君を刺してまで成し遂げようとした、この仕事を。
アンディゴの決意は暗く、そして固かった。彼は一瞬だけ底冷えするような笑みを浮かべたが、週末に浮かれる街にそれを見咎める者は一人もいない。ありふれた背中が雑踏に搔き消えるまで、そう時間はかからなかった。
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