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序章〜観測者
2.日常から異世界へと (挿絵あり)
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2024年.9月13日 AM 7:00
朝のローカル番組が割と好きだ。
ローカルなので行ってみたいところや、食べてみたいグルメなども行けなくはない距離だ。
バイクの免許もなく、移動がバスや電車などの公共交通機関か、自転車しかない男子高校生にとって行動範囲は驚くほど限られてくる。
今朝はいつもの番組で最寄りの駅周辺が特集されていた。
見慣れた西宮北口駅周辺をリポーターが歩いている。
かつての西宮球場跡地に総合商業施設である西宮ガーデンズが出来てとても賑わっている。
今回の特集はそのガーデンズの反対側で西宮北口駅の北側だった。
月斗の母親の子供の頃の話だとガーデンズが出来るまでは北側の方が栄えていたらしい。
今度、陸とでも行くか。
西宮市にある私立の応徳学園に通う日向月斗は小学校からの親友、本庄陸と今テレビに映っていた店に行くためスマホで地図をチェックした。
西宮北口駅までは自宅から自転車で10分ほど、今度行ってみようと思う。
「続いて今日のトピックス」
特集が終わりアナウンサーの口調が変わる。
「9月13日は、吹田市の幼稚園児5人と付き添いの教諭、運転手を含む7人が乗ったマイクロバスの行方がわからなくなってから今日で10年となります。依然消息は不明です。」
これまでの地域の特集と違ってアナウンサーの神妙な表情が見て取れる。
この事件が起きたのが月斗が小学校2年の頃なので記憶には無い。
「もう10年!まだ見つからないのね。あなたと同じくらいの子供たちだったのでよく覚えてるわ」
テーブルで一緒テレビを見ていた母親がそう言った。
毎年この日になるとこのニュースはテレビで報道がされる。
「ごちそうさま!」とだけ告げて月斗は用意された朝食をたいらげ、洗面所へ向かう。
髪の毛を整え歯磨きを終えると、テレビの星占いで今日の運勢をチェックする。
『乙女座のあなた。今日は思いがけないトラブルに巻き込まれそう、でも大丈夫、ラッキーアイテムはヴァーミリオンのマニキュア』
って男の俺には関係ないや!と思ってたところにピンポーンと玄関のインターホンが鳴る。
AM7:25 約束の時間ピッタリ。
チームメイトの陸だ。
月斗は玄関のドアを開け月斗に挨拶をかわす。
「おはよう!相変わらず正確だな!」
「おお!おはよう!」
2人は自転車に乗り西宮北口駅に向かう。
初夏に花を咲かせた、百日紅の木が秋のはじまりのこの時期にも引き続き綺麗に花を咲かせ続けている。
2台の自転車は、住宅地を走り抜けて阪急電車の高架をくぐり駅前の駐輪場へと向かった。
2人は駐輪場に自転車を止めると駆け足で集合場所へと向かった。
今日から2日間、京都の寺で月斗たちハンドボール部の合宿が行われる。
3年生が夏大会後に引退して、新体制になってから初の強化合宿だ。
京都までは、バス移動。
西宮北口駅の南側にある高松公園を抜け、芸術文化センターを越える。
その隣の住宅展示場の反対車線にバスが停まっていた。
バスの横で顧問の堂島海里が到着した生徒たちの点呼を取っていた。
信号を渡り「おはようございます」
2人は堂島に挨拶をしてバスの車内に乗り込んだ。
大きめの鞄を座席上の棚に置き2人は隣の席に着いた。
集合時間の7時50分にはすでに全員が揃い堂島も車内へと乗り込んだ。
「月斗先輩、陸先輩、おはようございます」後ろの席から声がした。
マネージャーで一年の天道京華だ。
艶のある黒く長い髪をリボンでツインテールにしている。
後輩だかどことなく気位の高そうな気品に溢れていて、詳しくは知らないがいいところのお嬢様って言う噂だ。
「おっオス!」ただでさえ吸い込まれそうな大きな目が長い睫毛により一層引き立っている。
2人は照れ臭そうに返事をする。
「月斗陸おはよう!」
と声を掛けて来たのは天道京華の隣の席に座っていた同学年の南千里だ。
前髪が眉毛の上でキッチリ切り揃えられている。無表情で涼しげな目がかなり凛々しい。
千里は2人に挨拶をすると、運転席の横の席に座る堂島の方を指差し目配せをした。
堂島は派手な柄のアロハシャツに鏡の様なサングラスをかけていて手には竹刀。
部活での堂島の定番のスタイルだ。
顧問の堂島は、月斗たちの高校の物理教師で32歳独身。
普段、授業中は白衣を着て髪の毛をきっちりと整え、お洒落なメガネをかけていて女子たちからは、親しみを込めてカイちゃんと呼ばれ人気がある。
確かにイケメンだ。イケメンなのだが非常に残念だ。私服がかなり残念なのだ。
部員たちから堂島は敬意を表して、密かに残念イケメンと呼ばれていた。
午前8時、丁度にバスは出発し、南下して10分程で名神高速の入り口に差し掛かった。
堂島の話では、遠征場所の京都の寺までは、2時間くらいらしい。
月斗は少し寝ようと後ろの席に誰もいないのを確認して座席をリクライニングさせた。
高速道路は、朝のラッシュが一段落しスムーズに流れていた。
バスが30分ほど走行すると約半世紀前に万博が開催された際に建てられた、太陽の塔の独特の姿がバスの左手後方にみえた。
吹田市のインターチェンジを越え、しばらくすると大阪府と京都府の境目にある、天王山トンネルに間も無く差し掛かる。
かつて羽柴秀吉が明智光秀と戦った山崎の戦いで、この山を制した方が天下を取ることになるとされ、「天下分け目の天王山」という言葉でスポーツや政治などの重大な試合や事案の例えにその名を残している。
以前は天王山トンネルは渋滞の多い場所でも有名だったが、右ルートと左ルートに分散される道路が出来てからはずいぶんと渋滞が緩和された。
バスは、高速道路の左車線を時速90キロでトンネル内へまもなく侵入する。
その後ろをバスと同じスピードで赤いクーペが距離をあけて走行していた。
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