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2章 陰陽寮
19話 陰陽師、陰陽寮に往く
しおりを挟む――陰陽寮。
それは陰陽道を極め、モノノ怪を駆逐する総勢三百名もの選りすぐりの戦闘集団。
四名の特等陰陽師――賀茂虎勝、安倍叡明、吉備詩流、役武玄――を頂点に据え、次いで上等、中等、下等陰陽師の位に分かれている。
陰陽師としての地位は朝廷での地位に直結しており、多くの陰陽師はどうにか手柄をあげて位をあげようと躍起になっている。そのために日夜内部競走は激しく、他人を蹴落としてでも上に立とうとするものもあとを立たない。
そんな混沌とした陰陽寮へ、新たに門をくぐって足を踏みいれるものがあった。
(ここが……陰陽寮か)
清士郎であった。
今朝早くに起きて叡明の牛車に同乗し、ここまで連れてきてもらったのだ。
初めての陰陽寮は想像以上に広大だった。
普段ならば見惚れてしまうほどに建物も立派だったが、見惚れている余裕はなかった。
恐ろしい数の霊圧を感じたからだ。
(大丈夫、地味にしてれば……問題ない)
陰陽師の霊圧に囲まれると、ついつい前世のトラウマを思いだしてしまう。
(凍砂も置いてきちゃったし)
モノノ怪も霊圧を抑えれば大抵の結界は超えられるのだが、大内裏の結界は特別製。危険なため、凍砂には外で一旦待機を命じたのだ。
だから少し心細くはある。
「ついてこい」
牛車を降りると、叡明はさっさと歩きだす。
清士郎も慌ててついていった。
陰陽寮は東西南北で四区画に分かれていて、各区画の寮に皆が分かれて暮らしている。朱雀寮、白虎寮、玄武寮、青龍寮の四神寮である。
清士郎は朱雀寮で暮らすと聞いていたが、二人が向かったのは朱雀寮ではなかった。
向かったのは、四区画の中央。
本庭と呼ばれる演習場だ。
そこで朝礼が行われるらしく――
(え、もう始まってる?)
否、もう行われているところだった。
広々とした本庭には三百もの陰陽師が整然と隊列を組み、数名の陰陽師が大寝殿の御階の上からそれを見下ろしている。そして顔に十字傷のある壮年の陰陽師――特等陰陽師の賀茂虎勝だろう――が代表で話している様子だ。
(うっ……あまりの霊圧に眩暈がする)
陰陽師が一堂に会する様は、まさに圧巻。
しかもただの陰陽師ではない。一人一人が各地で神童と呼ばれる優秀な陰陽師なのだ。
『……叡明さまがいらっしゃったぞ』
本庭に足を踏み入れると、叡明に気づいたものが小声でささやいた。
それが連鎖してざわめきが起こる。
『……付き従っている童はいったい?』
『叡明さまが加冠役を務めたと噂の童だろう』
『やはり相当の使い手なのだろうか』
『それはそうだ。でなければ公卿方の頼みを断っていた叡明さまが引き受けまい』
場の陰陽師たちの注目が、気づけば叡明と清士郎の二人に完全に移ってしまった。
『……ん? おお叡明、来おったか! そしてそっちが文で聞いておった鳴松の童か』
ついには御階の上で講説していた虎勝も、そんなふうに話を中断する始末である。
(すでに地味じゃない……!)
もっと地味な登場の仕方がいくらでもあっただろうに、と叡明をうらむ清士郎。
というか、清士郎のことは文で報告していたとは聞いていたが、すでに末端のものまで知っているとは、どれだけ噂が回るのが早いのか。
だが叡明は知らんこっちゃない様子で、
「適当に隊列の最後尾に並べ」
そう言い、自身は御階の上に合流する。
ひとり本庭に残された清士郎は、痛い視線を浴びながら隊列の最後尾へと向かう。
そして並ぶ場所に迷っていると、
「……こっちこっち!」
初対面のものにそう声をかけられる。
人懐こい笑みの陰陽師だった。
子犬のような愛らしい雰囲気がある。
清士郎ぐらい小柄だが、ここにいるのでさすがに清士郎より二つ上ぐらいだろうか。
「ありがとう……助かった」
清士郎は感謝し、陰陽師の後ろに並ぶ。
「おん、おいら日下部犬彦ってんだあ」
「僕は刀岐清士郎」
よろしくなあ、とふにゃふにゃとした笑顔で手を差しだされ、清士郎も笑顔で握りかえす。自然とつられてしまう笑顔だった。
だが近くに並んでいた叡明の弟――安倍義比良に舌打ちされ、犬彦は肩をすくめる。
「……あらら、また後でなあ」
犬彦は笑顔で言い、前方に向きなおる。
(いい奴……いるじゃないか!)
いきなり皆に注目されて絶望していたが、悪いことばかりでもないらしい。
御階の上の虎勝へと視線を移す。
『……ようやっと特等が勢揃いじゃ。おまけに曲者叡明のお墨付きの小僧もついてきおった! モノノ怪の力が増している昨今……心強い!』
虎勝の力強い声が風の陰陽術によって拡声され、本庭全体へと響きわたる。
『聞き飽きたじゃろうが、あえて今一度言おう。強くあれ。誰よりも、強くあれ。さもなければ待つのは死、のみじゃ。気いつけい。弱さは自身の死ばかりでなく、大切なものの死を招く。そのことをあらためて肝に命じよ』
その言葉を胸に刻む陰陽師たち。
さて話はこれぐらいにして――と虎勝は、背後に待機する三名の特等陰陽師を見やる。
『模範訓練……誰からやる?』
叡明ふくめ、三名は無言だった。
だがしばしあって、一人が進みでる。
『俺様からやらせろよ、おじき。前は確か叡明のやつからやらせてたはずだろォ』
特等陰陽師――吉備詩流であった。
叡明を“陰”とするならば、詩流は“陽”という印象の美丈夫であった。顔立ちから装いまですべてが華やかで、自信に満ちあふれている。
自信を裏打ちするのは、その圧倒的実力であるのは、地位からも疑いようがない。
『よかろう、ご指名は誰じゃ?』
『ふっ……それはもう決まっている』
誰が指名されるのか――先ほどまで多少なりとも注意が散漫になっていた陰陽師たちの意識が、一気に詩流ひとりに集まった。
ここで指名されて特等陰陽師相手に実力が示せれば、自身の評価を大きくあげられる。彼らの多くが指名を望んでいるのだった。
(まあ……僕には関係ないけど)
自分を選ぶものがいるとすれば、叡明ぐらいだろう。そう考え、清士郎は他人事だった。
だから詩流がこちらを笏で指し――
『叡明が連れてきた小僧、お前にしよォ』
そんなことを言い放ったとき、しばらくその言葉の意味を理解できなかった。
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