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4話 魂の誓い
しおりを挟む「おじょ――ケルアの知ってるオークとは、どんなヤカラなんですかい?」
「えっと。どこからともなく現れる、怖くて、暴力的なもの。人がね、突然オークに変わったりするんだよ」
「なるほど。確かにそれだと、ちょいと話が違ってくるな」
少なくとも、お手軽なザコというわけにはいかないようだ。
「ま、どんなヤカラが相手だろうと、おじょ――ケルアに手を出す敵は容赦しませんがね」
「ど、どうするの?」
「埋めます」
「息できなくなっちゃうよ……」
「もしくは食い散らかしてやります。俺は神獣だ」
「オーク食べたら、お腹パンパンになって苦しそうだよ……」
……この娘、やっぱりお嬢だろ。
反応がいちいちお嬢みたくピュアでズレてて可愛らしいんだが?
すると、ケルアが立ち上がった。
何もない空を見上げて、目を細める。おそらく、そちらの方向に彼女の村があるのだろう。
「村の皆が怖がって、嫌がっているのはわかった。だから自分から出ていこう、いなくなろうと思ったんだ。それで当てもなく歩いていたら、ヒスキさんの声が聞こえてきたの」
「それで、宙づりになっている俺を見つけて、慌てて助けようとしてくださったわけですかい」
「ごめんなさい……失敗して迷惑かけちゃった」
しゅんとするケルア。彼女の横顔を見ながら、俺は考える。
この異世界――しかも、お嬢に語り聞かせていたASMR動画を彷彿とさせる場所に生まれ変わったのには、必ず意味があるはずだ。
最初に出会ったのが、お嬢そっくりの少女であったことも。
もし、ここが本当に俺が読み聞かせた世界であるならば……その物語の通りに彼女を導き、そして見守ることが自分の使命ではないか。
俺は腹を決めた。
「村を出た、とおっしゃいましたね。あてどなくひとりで歩くのも寂しいでしょう。命を助けて戴いたお礼に、どうか俺を連れていってくれやせんか?」
「助けられたのは私の方なのに……いいの?」
「ええ。是非」
頷く。
ぱっと華やいだケルアの表情を見て、改めて俺は思う。
――こんな子を見捨てちまったら、今までの俺に顔向けできねえぜ。
「その代わりと言っちゃあ何ですが、これからケルアのことを『お嬢』と呼ばせていただいて構いませんか?」
「え? う、うん。それはいいけど」
「かたじけないことです。では」
俺は彼女の正面に回り、腰を下ろす。
イッヌの姿ではサマにならないが、この際仕方ない。
彼女の目を真っ直ぐ見つめて口上を述べる。
「この狩巣野秘隙。天地神明、先祖百代の御霊、俺自身の血と魂にかけて誓う。この先どんな困難があろうとも、必ずお嬢を守り抜くと。そして、この世界をお嬢にとって幸せに生きられるものにすると」
ヤクザとして、全身全霊をかけた誓いであった。
目を丸くしていたお嬢は、やがておかしそうにクスクスと笑い出した。その笑い方はやはり黒羽楓そのもので、俺は自分の直感が正しいとますます確信を深める。
俺は頭を深く下げた。
「俺の誓い、受け入れてくださいますか? お嬢」
「えっと。言葉が難しくて、あまりよくわからないこともあったけど……」
お嬢の小さな手が、俺の頭頂部にさらりと触れる。
「ヒスキさんが本気になってることは伝わってきたよ。うれしい。ありがとう」
「お嬢……!」
感極まって、顔を上げる。にこりと笑うお嬢の顔があった。
この笑顔を、どれほど待ち望んだことか。
俺の考えるヤクザの核は『仁』である。『心』である。
それが満たされる限り、俺はどこまでも己を貫ける。
狩巣野秘隙、異世界での『生き様』を決めた瞬間であった。
――その、直後である。
「……ん?」
「ヒスキさん?」
違和感を覚え、耳を動かす俺。小首を傾げるお嬢。
空に、白い巨体を見た。
上から、こちらに迫ってくる――!
「お嬢、危ねぇ!!」
お嬢の裾を噛み、その場から勢いよく引き剥がす。
でけぇブツが自由落下してくる『ひゅおおおっ!』って風切り音がはっきりと聞こえた。
派手な水しぶきとともに、ソイツが池の上に降り立つ。
「何だテメェ! どこのモンだ!」
お嬢を狙って飛び込んできたソイツに、俺は啖呵を切る。
着地時に巻き上げられた水滴が、まるでスコールのように降り注ぐ。それがようやく途切れたとき、浅い池の中でのそりと立ち上がったのは――真っ白な身体の亜人。
オークだった。
筋骨隆々、生前の俺よりわずかにデカい身長に、ブタの顔。まさにオークのイメージ通り。だが、いくつか「おや?」と思うところもあった。
肌がやけに白い。
それに、持っている武器も変だ。
オークと言えば物理特攻型。でかい鈍器とか、刃こぼれした片刃の剣を持ってるイメージがあるが、コイツは巨体に不釣り合いな小さい短剣を持つだけ。
白オークがのっしのっしと近づきながら、その短剣を振り上げた。
俺は犬歯を剥き出しにして笑った。
――てめぇ。そんな小せぇ短剣で、誰に向かって喧嘩売るつもりだ?
俺は『狂犬』狩巣野秘隙。
黒羽の屋敷を襲撃してきたザコどもを残らず叩き出した男だぞ。
背中にポン刀ブッ刺さったまま、お嬢の元に馳せ参じた忠犬だぞ。
お嬢を前にして、尻尾巻いて逃げるとでも思ったか。
「上等だ」
全身の毛を逆立て、飛びかかろうとする俺に、思わぬ声が飛ぶ。
「待って、ヒスキさん!」
お嬢が、俺を止めたのだ。
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