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5話 白オークの正体
しおりを挟む「お嬢!? どうして止めるんですか!?」
「それは……」
狼狽える俺に、口ごもるお嬢。
そうこうしているうちに、オークはゆっくりと近づいてくる。舌打ちして四肢を踏ん張った俺に、再びお嬢が言った。
「そのオークは……その人は、私の友達なの!」
「なんですって!? この豚野郎が!?」
「ぶ、豚さんじゃないよ! 豚なんて言ったらきっと怒るよ!」
お嬢が慌ててフォローする。その言い方があまりにお嬢らしかったので、俺は本当のことだと考えざるを得なかった。
早口にお嬢が教えてくれた話によると、この白オークは村でたったひとりの友人で、出ていった自分を追いかけてきてくれたらしい。
再会できたはいいものの、些細なすれ違いから言い争いになってしまい、その直後にオークの姿になってしまったのだとか。
『人間が突然オークになることもある』――お嬢が前に説明してくれた内容を思い出す。
「じゃあ、マジで人間がいきなりオークになるっていうのかよ……聞いてねえ――いや、話してねえぞ、そんな話……」
俺はひとりごちる。
生前のお嬢に語って聞かせた物語は、そんなヘビーなシロモノではなかったはずだ。いつも、どんなときでも、お嬢が幸せになれることを第一に考えてきた。
お嬢に楽しんでもらう。そういう世界でないと意味がねぇってのに。
いったい、どこの誰だ。人間がオークになるなんて仕込みをした奴は。
おもむろにお嬢が隣に並んだ。よく見ると、足が震えている。そんな状態にもかかわらず、お嬢はまっすぐに白オークを見つめていた。
「嫌われてる私を、村の外まで追いかけてくれた大事な友達。なのに私は、目の前でオークになったこの子を助けることもできずに逃げ出してしまった」
「お嬢……」
「ヒスキさん。私はとても臆病で、卑怯者なの。だからせめて、ここであの子の剣で殺されるべき――ずっとそればかり考えてた」
だからか、と俺は思った。
だから、もうすぐいなくなると彼女は言ったのだ。自分は友人だった白オークに殺されるし、殺されるべきだと。
オークのことを知りたいと言ったのは、少しでもオーク化した友人の気持ちを慮るため。
――我が身の命よりも大事な人や仲間のことを思う。
こんなところまでお嬢そっくりたぁ、恐れ入った。
だが、それは間違ってますぜお嬢。
少なくとも、俺はそんなこと望んじゃいねえ。
お嬢がもう二度と犠牲にならないように、目一杯の夢を詰め込んだのがASMR世界だった。
はいそうですかと、俺が大人しく引き下がるわけにはいかない。
「お嬢。後ろへ下がっていてください。あなたはやはり、ここでくたばるべきお人じゃねえ」
「でも!」
「だーいじょうぶでさ。この狩巣野秘隙――神獣ヒスキにお任せくだせえ。絶対、お嬢を悲しませるようなことにはしません。誓って」
「ヒスキさん……」
しばらく逡巡していたお嬢だったが、やがて小さく「ごめんね」と呟いて、数歩距離を取った。
改めて、俺は白オークと相対する。
奴は目前まで迫っていたが、すぐに短剣を振るってくることはなかった。俺は犬歯を剥き出しにする。
「いい子だ。ちっとは場の空気っつーもんを読むアタマは残ってるみたいだな」
「――ッ、――!」
「へっ。ひでぇ声じゃねえか。お嬢の天使ボイスとは比べるべくもねえな。ましてや、ASMR世界に完全な雑音はいらねえんだよ」
言いながら、俺は白オークを観察した。1対1勝負の際は、相手の力を見誤った方が負ける。
オークというだけあって、ガタイは立派なもんだ。二の腕なんて丸太みたいに分厚い。見た目通りの筋肉量なら、相当な膂力と破壊力を秘めているだろう。
意外なのは、俺を前にして白オークが短剣を構え直したこと。
この構えが予想より遙かに、堂に入っている。
もちろん、これまでやり合ってきたプロの掃除屋と比べると数段劣るものの、一種のセンスみたいなものは感じる。こいつ、人間だった頃はそれなりにデキる奴だったのかもしれない。
面白い。
俺がイッヌの姿でありながら獰猛な笑みを浮かべたせいか。
白オークが雄叫びを上げながら突進してきた。
短剣の切っ先を、こちらに突きつけてくる。
だが、甘い。
こちらは白オークよりもずっと身体が小さい。つまり、それだけ的が狭いということ。動く小さな的に突きをキメようなんざ、甘すぎる。それなら体格差を利用してなぎ払うか押し潰すかしてきた方がナンボか脅威だ。
何より――こっちは命のやり取りが身近なプロである。
ラノベにありがちな『自称・平凡な中年おじさん』みたく、命の危機にまずビビってみせるような面倒くさい真似はしない。
ヤクザ舐めんな。
短剣の切っ先が、何もない空間を刺す。
白オークの一撃を躱した俺は、そのまま奴の鳩尾に体当たりした。
相手の逞しい筋肉をもろともせず、腹にめり込む俺の一撃。さすが神獣の身体。ナリは小さくても、瞬発力と頑丈さは桁外れだ。
(――む? 何だこの感覚)
俺の中の『何か』が攻撃ヒットと同時に白オークに伝播していくのを感じる。
力が吸われてる? いや、違うな。染めてるんだ。俺の力が奴の体内を侵食している。
白オークの動きが鈍る。明らかに効いていた。
ふらつく足取りで、全身をブルブル震わせている。苦しそうな息づかいをしながらも、白オークは短剣を落とさなかった。
それを見て、俺は目を瞬かせた。衰えない闘志を好ましく思ったからだ。
いくぶん角の取れた声で話しかける。
「ええ度胸だ。褒めてやる。だがその身体じゃ、まともに動けんだろ。諦めろや」
俺の忠告を理解したのか、白オークの足が止まる。さっきまでの獰猛な唸り声もなりを潜めていた。
戦いが小康状態になったと知り、お嬢が白オークの元へ駆け寄ろうとする。俺はそれをやんわりと、ただし身を挺して遮った。
「お嬢は性根の座ったご友人をお持ちだ。いいことです。――ですが、オトシマエはつけなければいけません」
「え?」
「理由はどうあれ、お嬢に刃を向けたのは事実。その上、お嬢にあんな不安そうな顔をさせて――」
固まったお嬢の前で、俺は全身から菊花の輝きを溢れさせた。
白オークの巨体を超える巨大なフェンリル――『戌モード』へと変身した俺は、毛を逆立てながら唸った。
「オトシマエ、付けさせてもらおうか」
逞しい前脚で白オークに一撃。
冗談のように高々と空に舞い上がった白オークは、数秒後に錐揉み回転しながら地面に突き刺さった。だらんと四肢を伸ばし、時折ピクピクと痙攣している。
俺はダウンした白オークに近づくと、前脚でつついたり臭いを嗅いだりしたのち、お嬢に報告した。
「生きてます。お嬢、あとは煮るなり焼くなり、好きに処してくだせえ」
「ひ、ひ、ヒスキさんっ!?」
「ご友人であろうと、お嬢を困らせた輩はきっちりケジメつけさせますんで。ご安心なすって」
「どちらかというと、今私はヒスキさんに困ってるよ!」
「え……?」
地味にショックだった。
でかくなった耳と尻尾がぺたんと力を失うのが自分でもわかる。そうか、これが主人に叱られたイヌの気持ちか……。
「あっ!? ヒスキさん、見て!」
ふて寝しそうになった俺の横で、お嬢の焦った声が聞こえる。顔を上げると、白オークに異変が起きていた。
俺から漏れ出ていた菊花の輝きが、白オークの身体に取り込まれていく。
それと同時に、筋骨隆々な奴の肉体がボロボロと崩れ始めたのだ。
まるで、泡立てた石けんに水を垂らしたように。
――そして中から現れたのは、赤く長いボサボサ髪をしたひとりの少女であった。
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