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34話 次の目的地
しおりを挟むお嬢は無事に村から卒業した。野望への第一歩を踏み出した。
しかし、この先あてどなく歩き回るには、世界は広すぎる。
「お前の役割は俺たちの刃であるだけじゃない。その頭ん中に蓄えた見識を、俺は頼りにしてるんだ。時代が違うとはいえ、外の世界を知るのはお前だけだからな」
『う、うへへ。何だか照れますし、感激ですね。ご主人にそこまで頼りにされているなんて。えへへへ……』
「で、どうなんだ? お嬢が目指すべき目的地に、何か心当たりはないか」
そうですね、とポン刀聖女は少し考えた。
『それなら、『図書館』はどうでしょう?』
「は? 図書館だぁ?」
『皆さんの足であれば、ここから北東に徒歩で1週間ほどの距離に、アル・パストラ大図書館という施設があります。そこを目指されてはいかがでしょう?』
徒歩1週間……お嬢たちの足や舗装されていない道を考えると、だいたい100㎞前後か。遠いな、おい。
そんなに辺境だったのか、ここは。
いや……お嬢たちの村が完全に孤立していたことを考えると、あり得る話か。
しかし、そんな遠い場所にある図書館に出向いて、いったい何をしようって言うんだ。
俺の懸念を察したポン刀聖女は説明する。
『アル・パストラは、アタシたち聖女やその候補生たちが学習したり、生活したり、訓練したりする施設なんです』
「ほう。俺が思う図書館とはずいぶんイメージが違うな……」
『もちろん、中心にあるのは国内随一の蔵書を誇るアル・パストラ大図書館です。その周りに各種施設が建ち並んでいて、アタシたち聖女関係者の一大拠点になっているんですよ』
なるほど。一種の学園都市ってところか。
『あそこなら、アタシが感じた違和感の正体も何かつかめるかもしれません。古今東西、はるか太古の時代まで、ありとあらゆる知識が収められているという場所ですから』
「そうか。お前、知見を深めたいと言っていたものな」
『それだけじゃありません。ケルア嬢も、イティス嬢も、まだ年齢的には幼くいらっしゃいます。ここから先、たくさんのオークたちに対処していくなら、おふたりのさらなる成長は欠かせない。なら、このタイミングは好機です。アル・パストラ大図書館で本腰を入れて学ばれてはいかがかと』
「一理あるな」
『聖女見習いにはケルア嬢たちの年齢の子もいましたから、環境としては申し分ないと思います。あそこの敷地には確か、身体的成長を助ける結界も張られていたはずです』
シーカの説明に頷く俺。前脚で軽く柄を叩いた。
「十分な情報だ、シーカ。それでいこう」
『うへ、肉球が……。ありがとうございますご主人。あ、でも』
ここでシーカが言い淀む。
『懸念点としては、やはり『経過時間』でして……その、アタシが武器として封印されて、意識を失っている間に、果たしてどのくらいの時間が経過しているかわからないので……』
「そもそも図書館と周辺都市が現存しているかどうかがわからない、と」
『そうなのです。最悪、単なる徒労に終わる可能性も、なきにしもあらずなのです。どうしますか、ご主人』
「ま、行くしかないだろう」
俺は答えた。ほぼ即答である。
「今の状況は、完全に手探りなんだ。行く当てがあるだけでもマシさ。それに、もしかしたら途中で新しい街に行き当たるかもしれないしな、逆に。お嬢がお目覚めになられたら、俺から進言しておく」
『わかりました。では、正式に行き先として決まった暁には、アタシがご案内します』
「頼む。……ところで、お前は道案内大丈夫だろうな? イティスみたく、方向音痴とかいうのはナシだからな」
『アタシを見くびらないでください! こう見えてアタシは聖女時代、気になるあの子可愛いあの子の配属先は逐一チェックし、たとえどれほど遠方でも目隠ししたってたどり着ける程度には記憶力と方向感覚と魔力感知と嗅覚を鍛えていたのですから! だいたい途中で上司や同僚に止められてしまいましたけど!』
「聞いた俺が馬鹿だった。許せ限界オタク。お前凄まじいよ」
呆れて言う。褒められたと思ったのかポン刀聖女は『えへへ』と照れていた。こいつ、賢いのかそうでないのかわからん。
テントからゆっくりと出る。空を見上げ、太陽の位置から方角を図る。
北東。当然ながら、ここからでは何も見えない。木々と水と空と雲だ。しかしこの先に――。
「次の目的地、アル・パストラ大図書館がある、か」
「んー……ふわああ……」
欠伸をしながら、イティスがのそのそと出てきた。元々ボサついていた赤い長髪が、寝癖のせいでさらにハネている。まったくみっともない。
「おふぁよう、兄貴様ぁ」
「起きたか。そこの小川で顔を洗って、しゃきっとしてこい」
「うえぇー、面倒くさい……」
「うるさい。このあと稽古をつけてやるから」
そう言うと、パッとイティスの表情が変わった。「すぐ行ってくる」と小走りに川縁へ向かっていく。
俺は苦笑し、奴が帰ってくるまでに準備を済ませた。
しばらくして、ポタポタ顎先や前髪の先から水滴を垂らしながら舎弟が戻ってきた。
「兄貴様、準備完了だよ!」
「どこが完了だアホゥが。顔も拭かずに戻ってこいって誰が言った。ほれ、タオル」
「ありがとー。……ところで、それ何?」
イティスが不思議そうに首を傾げる。
そこには不格好な木の人形が一体、草地の上で無造作に転がっていた。適当な太さの枝を無造作に繋げただけの、文字通り棒人間だ。
俺は不敵に笑うと、自分の魔力を大地に向けて流し込む。これまで幾度となく戌モードになったり、【カシワブラッド】を使用してきたことで、この世界での魔力の使い方がわかってきたのだ。
棒人間がカタカタと震えだし、おもむろにのそりと起き上がる。棒人形の足からは電源コードのように細い枝が伸び、地面と繋がっていた。魔力はその枝を通じて供給されている。いわば、糸繰り人形の糸だ。
「【カシワブラッド】の新たな可能性。その名も、『カシワブラッド・イン・ザ・パペット』だ!!」
「えー。ヘン。長ーい」
「おま……っ。俺とポン刀聖女が苦心して考え出したこのイカした名称を、そんなバッサリ切り捨てやがって!」
『そうですよぅ! あ、でも愛らしい口を尖らせるイティス嬢の姿は、命名の報酬としてはじゅうぶんですなあ。うひゅひゅ』
「安い報酬だなお前」
懐刀に白い目を向ける俺を余所に、イティスが不思議そうに【カシワ・パペット】(略した)を触る。
「本当に動くんだこれ。それで兄貴様、この人形で何をするの?」
「ふふふ。決まっているだろう。――シーカ!」
高らかに名を呼ぶと、ポン刀聖女が光に包まれる。そのまま、俺は刀を鞘ごとイティスに投げ渡した。慌てて受け取った彼女の手の中で、ポン刀聖女が相応しい形状に変化する。
打ち込み稽古に先だって、ポン刀聖女とは色々と打ち合わせしていたのだ。
「稽古といえば立ち合いが基本よ。さあ抜け! イティスよ! 俺が相手になってやろう! ふはは!」
『ご主人、ノリノリで悪役っぽいですねー。とっても愛らしいですぅ』
「だよねぇ」
「お前ら後で覚えてろよ」
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