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35話 それぞれの修練
しおりを挟む気を取り直して、稽古を始める。
「とりあえず構えてみろ、イティス。前に教えたようにだ」
「うん」
言われたとおり、剣を構える舎弟。
ここに来るまでにカシワブラッドの木刀で何度も素振りしている姿を見てきた。その成果が徐々に出ているのだろう。最初に比べたら、だいぶ堂に入っている。
だが――まだまだガチガチだ。
これじゃあ、せっかくの聖剣も宝の持ち腐れである。
『イティス嬢の汗ばんだ手の感触……でゅふふ』
当の聖剣本人は満足しているようだが。キメぇ。
「よし。それじゃあ、カシワ・パペットに好きに打ち込んでこい」
「え? いいの?」
「これは木だからな。斬られてもすぐ再生できる。まずは聖剣の感触に慣れ、身体の使い方を覚えることだ」
「わかったよ、兄貴様。よーし、いくぞぉ――そりゃあああっ!」
「ああ、ちなみに――」
真正面から突っ込んでくる半人前舎弟を、カシワ・パペットはひらりと躱す。もんどりうったイティスの後頭部を、パペットの棒手がポコンと叩いた。
「きゃん!?」
「打ち込みが甘いと容赦なく反撃するからな」
「は、早く言ってよ兄貴様!」
「は? 甘えんな素人が。『あたしが打ち込むまで動かないで下さい』つって素直に聞く野郎がいるかよ」
「うう……」
「いいかイティス」
尻を突いてへたり込むイティスの元に歩み寄る。
「さっきの一撃だけでも、色々改善点があるぞ。全身に無駄な力が入りまくってるせいで、相手に攻撃モーションがモロバレだ。あそこまで大ぶりかますなら一撃必殺の腹を決めろ。躱されたら終わりだ。それが嫌なら、もっと工夫する必要がある」
「そんなにわかりやすかった……?」
「『いくぞー』って声に出てたし、動きも大きかったからな。で――逆に聞くが、カシワ・パペットの動きは見えてたか? お前」
「……いきなり消えたみたいだった」
「それだよ。肩の筋肉の動きや手足の微妙な揺れ。そういう『予備動作』を極限まで削っていけば、相手に攻撃の瞬間を悟られなくなる。一対一の戦いでは、重要なスキルだ。それこそ生死を分ける」
「極限までって、難しいよぉ」
「ああ、知ってる。俺もいきなり達人になれとは言わねえよ。とりあえず今は、バカみたいに突っ込めばこうなるってことがわかればいい。それともうひとつ」
俺は尻尾でイティスの尻を叩いた。
「お前、剣を振った後盛大にバランス崩しただろ? 剣の振り方と、身体の鍛え方がなってない証拠だ」
「う……」
「常に次が来る、常に次へ繋げる。その意識を持つことが大事だ。同時に、身体も意識通りにきちんと反応できなけりゃいかん。両腕の力だけじゃどうにもならないってことは、今のでわかっただろ。大事なのはここだよ、ここ」
ばしばし、と今度は脚を叩く。
「剣を扱うための筋力は、実際に剣を振って身につけるのが一番だ。今度は下半身を意識して打ち込んでこい」
「はい!」
「それから――そこの限界オタクポン刀聖女」
びくり、と聖剣の刀身が震えた。俺はジト目で睨み付ける。
「てめぇ、やりやがったな?」
『な、何のことでしょうかご主人』
「イティスが剣を振り下ろした瞬間、不自然に身体が持ってかれていた。あの瞬間……てめぇ、ちょっとだけ細工しやがったな? すこぉし自重か重心のバランスを変えただろ? 基本的にお前はヤッパでも何でも形状変化自由自在らしいもんナァ」
『ぎく……』
「クソ真面目な推しがずっこけて尻餅つく姿を間近で見られて、さぞ満足だろうナァ」
『ぎくぎく』
「俺ぁ言ったよな? まだ半人前舎弟は半人前だから、剣の重さは配慮してやれって。なのにてめぇ……やりやがったな?」
『ももも、申し訳ございませんっ! つい! つい出来心でっ!』
「てめぇの出来心は性癖ただ漏れなんだよ。今日はもうお役御免だ、この限界オタクめ。さっさと舎弟から離れろや」
『ああっ!? それだけは! それだけはご勘弁を! アタシの唯一の楽しみなのです!』
「唯一の楽しみって言葉を穢すな元聖女」
「ねえ兄貴様。これってあたし悪くない流れ?」
「んなわけあるか。未熟なのには変わりねえよ。木刀に持ち替えて再開だ。この先もビシビシ鍛えてやるから、覚悟しておけ」
「うー。はい!」
不満そうな顔も、次の瞬間にはやる気の笑みになって頷くイティス。
やれやれ。実に鍛えがいのあることだぜ。これは、こっちも手加減なしでドンドンいかないとな。
「よーし、もう一度行くぞイティス! 構えろ!」
「はいっ!!」
『ああ……至高の感触が。至高の光景がぁ』
――1時間後。
『ああ……! 至高の光景が、今ここに!!』
「あはははっ! 高い高ーい! あははっ」
「サボるなーっ!」
カシワ・パペットに高い高いされてきゃっきゃ喜ぶお子様舎弟に、俺は怒鳴り散らした。
まったく、どうしてこうなった……!
稽古しているうちに割とイティスが動けるようになったから、カシワ・パペットを半自律式で相手させたら……あのザマだよ。いつから稽古が子守になった。
「まあまあ、ヒスキさん。イティスにだって休憩は必要だよ」
「しかしですな、お嬢」
「ほらシーカさんも。聖女様に関するお話の続き、お願いね」
『あ、はい。畏まりました。ええと、どこまで話しましたっけ』
テント側の地面に突き刺したポン刀聖女が、慌てて返事をする。
イティスがパペット相手に稽古を続けてるうちに、お嬢も午睡から目を覚ました。
それから稽古風景を目の当たりにし、お嬢自身も「もっと自分を鍛えたい」と言い出したのだ。さすがに剣を持って稽古させるわけにはいかないので、代わりに講義を始めた。講師役はシーカ。聖女についてお嬢に詳しく教える役回りだ。講師役なら、下手な真似はできないだろう。
『では、近代における聖女の歴史についてもう少し――』
真面目な声で語り始めるポン刀聖女。オタクは得意分野の知識を語りたがってやまない生き物だ(まあ今は無機物だが)。案外、講師役としても優秀なのかもしれないと、俺は思った。
「なるほど。さすがシーカさん。とってもわかりやすい」
『い、いえいえ。アタシ程度、お褒めいただくようなものでは……真剣に耳を傾けるケルア嬢のご尊顔、文字通り尊い……! はぁ、はぁ』
前言撤回。
こいつ講師になってはいけない人種だ。お嬢たちの貞操が危ない。
――まあこんな感じで。
道中、俺たちはそれぞれの技術と知識を磨いていった。
そして、村を出発してから1週間後。
ついに目的の施設が見えてきたのである。
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