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4章 みんなの母親アオイはふんわりで怖い
第19話 激おこダイニング
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ダイニングルームの長いテーブル。そこにユウキ、サキ、ヒナタ、そしてアオイが座る。
――病室のテレビで見たことある光景だなとユウキは思った。
刑事ドラマの裁判シーンである。
がっくりとうなだれたまま座るサキ。心なしか、跳ね放題だった寝癖もしおれているように見える。
その左側、サキに半身を向けて座るのは、両腕を組んだアオイ。のんびりした普段の様子とは打って変わって、ぴしりと背筋を伸ばし、被告人サキを横目で見ている。
サキの右隣には、弁護人よろしくヒナタが座っていた。ただ、あんまり弁護するつもりはなさそうで、どちらかというとサキが勝手に逃げ出さないようにしている様子だった。
サキの正面にはユウキが座る。さながら裁判官である。
不謹慎ながら、少しワクワクしていた。
「それで、サキちゃん」
アオイが口を開く。どうやら、彼女は本気で怒ると普段とは逆にハキハキした物言いになるようだ。
「これはどういうこと?」
そう言ってアオイが指差したのは、皿の上に置かれた1個のスコーン。ユウキの座る席の前に、証拠品のように鎮座されている。可哀想に、へたりとふやけて、焼きたてだった頃の匂いも見た目も失われていた。
いったいどうして、こんなことになったのか。
「偉大な実験の、犠牲者なのだ……」
この期に及んで、非常にらしい説明を始めるサキ。
「ウチが日々、魔法の研究に明け暮れているのは皆も知っての通りだと思う」
「おかげで今日も床は散らかってたね。ユウキにも片付け手伝ってもらって」
ヒナタの横槍に、「サキちゃん……?」とアオイがまた声のトーンを落とす。サキは半泣きだった。
「だ、だからぁ。今日も書き物に熱中していたら、喉が渇いたわけさ。けど、アオイは洗濯物で忙しそうだったし、たまには自分で飲み物を作ろうと思って、キッチンに行ったわけさ」
「それで?」
「最初は、普通にお茶を淹れようとしたんだよ? だけど、そのぅ……ちょっと魔が差したっていうかあ……色々混ぜたら面白くない?って思いましてぇ……」
「ほう」
「そ、それで、とっておきのハーブなんかを持ってきて、色々試してたら、うっかり手が滑って、ね。こう……ビーカーの中身がドバシャアッと。ちょうど作り置いてたおやつのひとつに、まあ、盛大にかかってしまいして……」
「ふーん」
「これはマズい。実験を白紙撤回はできぬ――と、悟りまして。かといって、アオイの手作りスコーンを捨てるなんてもってのほかと思ったウチは、進退窮まったわけですよ」
「……」
「……」
「…………」
「……で、そのぅ。濡れたスコーンだけ、棚の奥にコソコソっと」
てへ、と引きつった笑みで舌を出すサキ。
隣ではヒナタが、額に手を当てながら首を横に振っていた。
ユウキはだいたい事情を察した。要するに、おやつをダメにしたことを隠すためにやった、ということなのだ。
場違いな感想なのは重々承知しつつ――ユウキは逆に感心していた。よくこんなぶっ飛んだ言い訳が考えつくものだと。もしかして、同年代の子たちって、こういうやり取りが日常なのだろうか?
アオイを見る。腕を組み、若干うつむきながら肩を震わせている。
サキは舌を出したまま冷や汗をだらだら流している。
ユウキは、目の前のスコーンを見た。
「サキ」
「な、なんだね。ユウキ院長君」
「僕はこの世界に来てから時間が経ってないけど、それでも思うよ。食べ物を粗末にするのはよくない。どんな理由があっても」
少しだけ、目を細める。声を落とす。
「ここじゃそうじゃないかもしれないけど……世界には、食べたくても食べられない人もいるんだ。僕もそうだった」
「あ……」
「ちゃんと謝らないとね。作ってくれたアオイにも、この可哀想なスコーンにも、さ」
皆の視線がユウキに集まった。
しばらくして、サキが椅子から立ち上がった。その場で深く頭を下げる。
「ごめんなさい」
そして、アオイに向き直る。彼女に対しても謝った。
「アオイも、ごめんなさい。せっかく作ってくれたのに、ダメにした」
「……ダメにしたことを秘密にしたこと、隠したことはもっとダメ、です」
アオイがぴしゃりと言う。だが、その口調は先ほどまでよりも柔らかくなっていた。
サキは再び頭を下げた。
「ごめんなさい。悪かったと思ってる」
「仕方ないですね。じゃあ今晩のお説教と、しばらく家のお片付けを続けることで許してあげます」
「ありがとう! ……ん? あんまり許された気がしないのはウチの気のせいかな?」
「気のせいでしょうー。日頃の行いですよ」
サキはほっとしたような、恐れおののいているような、なんとも言葉にしづらい表情を浮かべた。助けを求めるようにユウキ、ヒナタを見る。
少年院長と元気っ子は、顔を見合わせ、こらえきれなくなったように笑い出した。
――病室のテレビで見たことある光景だなとユウキは思った。
刑事ドラマの裁判シーンである。
がっくりとうなだれたまま座るサキ。心なしか、跳ね放題だった寝癖もしおれているように見える。
その左側、サキに半身を向けて座るのは、両腕を組んだアオイ。のんびりした普段の様子とは打って変わって、ぴしりと背筋を伸ばし、被告人サキを横目で見ている。
サキの右隣には、弁護人よろしくヒナタが座っていた。ただ、あんまり弁護するつもりはなさそうで、どちらかというとサキが勝手に逃げ出さないようにしている様子だった。
サキの正面にはユウキが座る。さながら裁判官である。
不謹慎ながら、少しワクワクしていた。
「それで、サキちゃん」
アオイが口を開く。どうやら、彼女は本気で怒ると普段とは逆にハキハキした物言いになるようだ。
「これはどういうこと?」
そう言ってアオイが指差したのは、皿の上に置かれた1個のスコーン。ユウキの座る席の前に、証拠品のように鎮座されている。可哀想に、へたりとふやけて、焼きたてだった頃の匂いも見た目も失われていた。
いったいどうして、こんなことになったのか。
「偉大な実験の、犠牲者なのだ……」
この期に及んで、非常にらしい説明を始めるサキ。
「ウチが日々、魔法の研究に明け暮れているのは皆も知っての通りだと思う」
「おかげで今日も床は散らかってたね。ユウキにも片付け手伝ってもらって」
ヒナタの横槍に、「サキちゃん……?」とアオイがまた声のトーンを落とす。サキは半泣きだった。
「だ、だからぁ。今日も書き物に熱中していたら、喉が渇いたわけさ。けど、アオイは洗濯物で忙しそうだったし、たまには自分で飲み物を作ろうと思って、キッチンに行ったわけさ」
「それで?」
「最初は、普通にお茶を淹れようとしたんだよ? だけど、そのぅ……ちょっと魔が差したっていうかあ……色々混ぜたら面白くない?って思いましてぇ……」
「ほう」
「そ、それで、とっておきのハーブなんかを持ってきて、色々試してたら、うっかり手が滑って、ね。こう……ビーカーの中身がドバシャアッと。ちょうど作り置いてたおやつのひとつに、まあ、盛大にかかってしまいして……」
「ふーん」
「これはマズい。実験を白紙撤回はできぬ――と、悟りまして。かといって、アオイの手作りスコーンを捨てるなんてもってのほかと思ったウチは、進退窮まったわけですよ」
「……」
「……」
「…………」
「……で、そのぅ。濡れたスコーンだけ、棚の奥にコソコソっと」
てへ、と引きつった笑みで舌を出すサキ。
隣ではヒナタが、額に手を当てながら首を横に振っていた。
ユウキはだいたい事情を察した。要するに、おやつをダメにしたことを隠すためにやった、ということなのだ。
場違いな感想なのは重々承知しつつ――ユウキは逆に感心していた。よくこんなぶっ飛んだ言い訳が考えつくものだと。もしかして、同年代の子たちって、こういうやり取りが日常なのだろうか?
アオイを見る。腕を組み、若干うつむきながら肩を震わせている。
サキは舌を出したまま冷や汗をだらだら流している。
ユウキは、目の前のスコーンを見た。
「サキ」
「な、なんだね。ユウキ院長君」
「僕はこの世界に来てから時間が経ってないけど、それでも思うよ。食べ物を粗末にするのはよくない。どんな理由があっても」
少しだけ、目を細める。声を落とす。
「ここじゃそうじゃないかもしれないけど……世界には、食べたくても食べられない人もいるんだ。僕もそうだった」
「あ……」
「ちゃんと謝らないとね。作ってくれたアオイにも、この可哀想なスコーンにも、さ」
皆の視線がユウキに集まった。
しばらくして、サキが椅子から立ち上がった。その場で深く頭を下げる。
「ごめんなさい」
そして、アオイに向き直る。彼女に対しても謝った。
「アオイも、ごめんなさい。せっかく作ってくれたのに、ダメにした」
「……ダメにしたことを秘密にしたこと、隠したことはもっとダメ、です」
アオイがぴしゃりと言う。だが、その口調は先ほどまでよりも柔らかくなっていた。
サキは再び頭を下げた。
「ごめんなさい。悪かったと思ってる」
「仕方ないですね。じゃあ今晩のお説教と、しばらく家のお片付けを続けることで許してあげます」
「ありがとう! ……ん? あんまり許された気がしないのはウチの気のせいかな?」
「気のせいでしょうー。日頃の行いですよ」
サキはほっとしたような、恐れおののいているような、なんとも言葉にしづらい表情を浮かべた。助けを求めるようにユウキ、ヒナタを見る。
少年院長と元気っ子は、顔を見合わせ、こらえきれなくなったように笑い出した。
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