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4章 みんなの母親アオイはふんわりで怖い
第20話 皆がいる
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ひとしきり笑ったヒナタが言った。
「ところで、このスコーンはどうするの?」
皆の視線が、今度はおやつに集まる。
サキ特製の『ナニカ』をひっかぶったスコーンは、とりあえず食べるには少し勇気が必要な見た目になっている。
「捨てるわけにはいかないよね?」
「それはもちろん」
「ちなみにだけど、サキが作ってた飲み物?ってどんなやつなの?」
ヒナタの質問に、サキは天井を見上げた。
「どんなやつと言われても……絶え間ない研究の成果に優劣はないというか」
「もう。じゃあさ、なにを入れたかだけ教えてよ。そうしたら大丈夫かどうかわかるじゃない」
「ふふふ。実はだねヒナタ君。ウチにもよくわからないのだ! なにせ、手当たり次第だったからね!」
なぜか胸を張るサキ。アオイが静かに席を立った。サキの背後に回ると、その柔らかそうな頬をぐにゃりとつねる。
「そういうことを言うのは、この口かしらこの口かしらー?」
「いひゃい、いひゃい! ごめん、ごめんなさい! 好奇心に勝てなかったんだよっ!」
アオイは静かな笑みを浮かべたままだ。まだちょっと怒っている。
ヒナタがため息をついた。
「そっかぁ。もう、じゃあ仕方ないかなあ。前にサキが作った薬……みたいなの飲んで、レンがお腹壊してたからなあ」
元気っ子は申し訳なさそうに、新しい院長を見る。
「ごめんねユウキ。せっかく家族院に来てくれたのに、最初の日からこんなことに――」
その言葉が途切れる。
彼女の見ている前で、おもむろにユウキがスコーンを手に取ったのだ。
そのまま、なんのためらいもなく口に運ぶ。
「ユ、ユウキ!?」
他の少女たちも目を丸くして少年院長を見る。
ユウキは気にせず、もぐもぐとスコーンを食べた。一口、二口……あっという間に平らげると、「ごちそうさま」と手を合わせた。
彼は言った。
「うん。しっとりして食べやすかったよ」
「ユウキちゃん……」
「味は、そうだなあ。なんて言ったらいいんだろう。ちょっと苦みがあって、でもしっかりと甘さもあったよ。これ、大人の味っていうのかな?」
「ユ、ユウキ……その、大丈夫なの?」
「苦いお薬と比べれば、ぜんぜん。おいしいよ。あ、ごめんね皆。せっかくのおやつ時間、先に食べちゃった」
ユウキは笑いかける。
すると、サキが席を立ってユウキの元まで駆け寄ってきた。
「他には!? 他にはどんな味がしたんだい? どんな感じだい?」
「え?」
「体内魔力がぶわーっとあふれたり、眠くなったりはしていないかい? 見たところ、光ったり変な色になったりはしていないようだが!」
アオイが眉をひそめる。
「サキちゃん? あなた、実は結構危ないモノも混ぜていたんじゃない……?」
「失礼な! この聖域に危ないモノなどあるものか! ウチは天使様たちの御業を信じているぞ!」
「なんでサキちゃんが怒ってるのかしら……?」
心配になったヒナタも隣に来る。
「ねえユウキ。本当に大丈夫?」
「うん。へ――」
平気だよ、と答えようとしたそのとき、ユウキの身体が急に熱を持った。
お腹と胸に、お湯を注がれたような感覚になる。
微かに吐き気がする。額に少し汗がにじむ。
ユウキは大きく深呼吸した。家族の少女たちに心配させるわけにはいかないと、平気な風を装う。
「ユウキ……?」
ヒナタがそっと肩に触れる。
すると、彼女の手が触れた部分がふんわりと白く輝き始めたのだ。
まるでたんぽぽの綿毛が浮き上がるように、小さくほわほわした光の粒が、ユウキの身体からいくつも溢れてくる。光はすぐに空気に溶け込んで消えていく。
「ユウキ、大丈夫!? 苦しいの!?」
「大丈夫。むしろすごく――」
ユウキは自分の胸元を押さえた。
「温かくて、気持ちがいい」
「す、す……素晴らしい!! 素晴らしいぞユウキ君!!」
突然、サキが叫んだ。
「それは『魔法』だ! おそらく、癒やしの魔法! 本で見たのとそっくりだ! 凄いぞユウキ君、まだ大人になってないのに、こんなに綺麗に魔法を発動させるなんて! そしてズルい! とてもズルいぞ羨ましいぞーっ!」
「魔法? これが?」
ユウキは自分の手を見る。もう吐き気は収まっている。身体の違和感も消えていた。
いや――ひとつだけ。
胸の奥に、さっきまでは感じなかった温かな『存在』を感じた。
それが、ユウキの身体を優しく包んでいるようで。
――無茶をしてはいけないよ、少年。
どこからか、そんな声を聞いた気がした。
「転生者……さん?」
ユウキはつぶやく。ほぼ同時に、ユウキの身体を包む光は消え去った。
天使マリアの言葉を思い出す。
『善き転生者の魂は、いずれユウキの身体に馴染み、生前の力を発揮するときが来るでしょう』
「ありがとう、転生者さん」
自分の中に眠る魂に向けて語りかけると、まるでそれに答えるかのように、ほんわりと胸が温かくなった。
サキが興奮した表情で肩をつかむ。
「ユウキ君! さっそく、身体を調べさせてもらってもいいだろうか!? もろもろの影響を確認したい! もちろんミオには内緒だ! ふははっ、こんな素晴らしい素材が身近にいるなんてウチはなんて幸せ者――」
「サキちゃん?」
「あ、はい」
「アオイが良いと言うまで、そこで正座しててください」
「あ、でもおやつ……」
「正座」
仁義なき説教を受ける寝癖少女を背に、ユウキは満足げに微笑んだ。
「そっか。僕、もうひとりでつらい思いをしなくていいんだね。皆が、いるんだね」
そっとつぶやいた。
「ところで、このスコーンはどうするの?」
皆の視線が、今度はおやつに集まる。
サキ特製の『ナニカ』をひっかぶったスコーンは、とりあえず食べるには少し勇気が必要な見た目になっている。
「捨てるわけにはいかないよね?」
「それはもちろん」
「ちなみにだけど、サキが作ってた飲み物?ってどんなやつなの?」
ヒナタの質問に、サキは天井を見上げた。
「どんなやつと言われても……絶え間ない研究の成果に優劣はないというか」
「もう。じゃあさ、なにを入れたかだけ教えてよ。そうしたら大丈夫かどうかわかるじゃない」
「ふふふ。実はだねヒナタ君。ウチにもよくわからないのだ! なにせ、手当たり次第だったからね!」
なぜか胸を張るサキ。アオイが静かに席を立った。サキの背後に回ると、その柔らかそうな頬をぐにゃりとつねる。
「そういうことを言うのは、この口かしらこの口かしらー?」
「いひゃい、いひゃい! ごめん、ごめんなさい! 好奇心に勝てなかったんだよっ!」
アオイは静かな笑みを浮かべたままだ。まだちょっと怒っている。
ヒナタがため息をついた。
「そっかぁ。もう、じゃあ仕方ないかなあ。前にサキが作った薬……みたいなの飲んで、レンがお腹壊してたからなあ」
元気っ子は申し訳なさそうに、新しい院長を見る。
「ごめんねユウキ。せっかく家族院に来てくれたのに、最初の日からこんなことに――」
その言葉が途切れる。
彼女の見ている前で、おもむろにユウキがスコーンを手に取ったのだ。
そのまま、なんのためらいもなく口に運ぶ。
「ユ、ユウキ!?」
他の少女たちも目を丸くして少年院長を見る。
ユウキは気にせず、もぐもぐとスコーンを食べた。一口、二口……あっという間に平らげると、「ごちそうさま」と手を合わせた。
彼は言った。
「うん。しっとりして食べやすかったよ」
「ユウキちゃん……」
「味は、そうだなあ。なんて言ったらいいんだろう。ちょっと苦みがあって、でもしっかりと甘さもあったよ。これ、大人の味っていうのかな?」
「ユ、ユウキ……その、大丈夫なの?」
「苦いお薬と比べれば、ぜんぜん。おいしいよ。あ、ごめんね皆。せっかくのおやつ時間、先に食べちゃった」
ユウキは笑いかける。
すると、サキが席を立ってユウキの元まで駆け寄ってきた。
「他には!? 他にはどんな味がしたんだい? どんな感じだい?」
「え?」
「体内魔力がぶわーっとあふれたり、眠くなったりはしていないかい? 見たところ、光ったり変な色になったりはしていないようだが!」
アオイが眉をひそめる。
「サキちゃん? あなた、実は結構危ないモノも混ぜていたんじゃない……?」
「失礼な! この聖域に危ないモノなどあるものか! ウチは天使様たちの御業を信じているぞ!」
「なんでサキちゃんが怒ってるのかしら……?」
心配になったヒナタも隣に来る。
「ねえユウキ。本当に大丈夫?」
「うん。へ――」
平気だよ、と答えようとしたそのとき、ユウキの身体が急に熱を持った。
お腹と胸に、お湯を注がれたような感覚になる。
微かに吐き気がする。額に少し汗がにじむ。
ユウキは大きく深呼吸した。家族の少女たちに心配させるわけにはいかないと、平気な風を装う。
「ユウキ……?」
ヒナタがそっと肩に触れる。
すると、彼女の手が触れた部分がふんわりと白く輝き始めたのだ。
まるでたんぽぽの綿毛が浮き上がるように、小さくほわほわした光の粒が、ユウキの身体からいくつも溢れてくる。光はすぐに空気に溶け込んで消えていく。
「ユウキ、大丈夫!? 苦しいの!?」
「大丈夫。むしろすごく――」
ユウキは自分の胸元を押さえた。
「温かくて、気持ちがいい」
「す、す……素晴らしい!! 素晴らしいぞユウキ君!!」
突然、サキが叫んだ。
「それは『魔法』だ! おそらく、癒やしの魔法! 本で見たのとそっくりだ! 凄いぞユウキ君、まだ大人になってないのに、こんなに綺麗に魔法を発動させるなんて! そしてズルい! とてもズルいぞ羨ましいぞーっ!」
「魔法? これが?」
ユウキは自分の手を見る。もう吐き気は収まっている。身体の違和感も消えていた。
いや――ひとつだけ。
胸の奥に、さっきまでは感じなかった温かな『存在』を感じた。
それが、ユウキの身体を優しく包んでいるようで。
――無茶をしてはいけないよ、少年。
どこからか、そんな声を聞いた気がした。
「転生者……さん?」
ユウキはつぶやく。ほぼ同時に、ユウキの身体を包む光は消え去った。
天使マリアの言葉を思い出す。
『善き転生者の魂は、いずれユウキの身体に馴染み、生前の力を発揮するときが来るでしょう』
「ありがとう、転生者さん」
自分の中に眠る魂に向けて語りかけると、まるでそれに答えるかのように、ほんわりと胸が温かくなった。
サキが興奮した表情で肩をつかむ。
「ユウキ君! さっそく、身体を調べさせてもらってもいいだろうか!? もろもろの影響を確認したい! もちろんミオには内緒だ! ふははっ、こんな素晴らしい素材が身近にいるなんてウチはなんて幸せ者――」
「サキちゃん?」
「あ、はい」
「アオイが良いと言うまで、そこで正座しててください」
「あ、でもおやつ……」
「正座」
仁義なき説教を受ける寝癖少女を背に、ユウキは満足げに微笑んだ。
「そっか。僕、もうひとりでつらい思いをしなくていいんだね。皆が、いるんだね」
そっとつぶやいた。
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