25 / 92
5章 箱推し天使様の日常
第25話 箱推し天使様
しおりを挟む
おもむろに水晶玉の前に陣取る天使マリア。美しい白翼が、機嫌良さそうにパタパタ揺れ始める。
「では――いざ!」
魔力を流す。
親友の横顔を、天使ルアーネは目を細めてみていた。
(まったく。子どもみたいな顔しちゃって、まあ)
微笑ましい。このときばかりは、純粋な少女を見つめる姉になった気持ちだった。
水晶玉が輝き、部屋の空間に映像を映し出す。
緑豊かな森の中。その中にある、美しく気品のある建物。
マリアが己の権限で創り出した『もふもふ家族院』――とかいう施設だとルアーネは思い出す。
「うんうん。今日も清浄な空気に満ちていますね。善きかな善きかな」
「ふふっ」
マリアがうんうんとうなずく様子に、思わずルアーネは噴き出した。
これは魔法で映し出された異世界の映像。現地の空気をそのまま感じ取れるわけではない。
天使マリアほどの力をもってすれば、水晶玉を経由して魔力を送ることぐらいは可能だろうが……。
映像が家の中に移っていく。聖域内のことなら、この水晶玉でなんでも見通すことができる。ここで暮らす者たちの私生活もバッチリ見える。
ルアーネは腕組みをした。親友の倫理観は信じているが、下界の人間にもプライバシーというものがある。度が過ぎるようなら止めようと密かに構える。
映像が、ダイニングルームとキッチンを映し出した。
数人の少年少女が、仲良さそうにたわむれている。キッチンで作業している男の子、あれが話題のユウキ少年だろうかとルアーネは思った。
(なるほど、確かに不思議な雰囲気を持つ子だな。無邪気で純粋なようで、落ち着いている。これも生前の経験がなせる業か)
ユウキ少年の生い立ちはルアーネも資料を通して知っている。当然、気の毒だと思う気持ちが強い。
ルアーネは微笑んだ。
(上手くやっているようだ。幸せそうなら、それで良い)
「きゃああああっ、ユウキッ。相変わらず可愛いッ!!」
「……」
真面目な思考をぶった切る嬌声に、ルアーネは半眼になる。
皆の憧れ天使マリア様が、画像にすがりついて息を荒げていた。
「アオイ、相変わらず天然おっとり! でも怒ったら怖いって、もう鉄板のギャップだわ!」
「……」
「ヒナタッ! いつも場を明るくしてくれる子! ヒナタがいると画面が栄えるわー!」
「……」
「そしてサキ! この猪突猛進ぶりが可愛いッ! やはりマッドサイエンティストはちょっとお馬鹿さんじゃないとね!」
「……おい」
「ルアーネッ!!」
しまったこっちに矛先が来た、と親友天使はうんざりした。
「見た!? 見たでしょ!? 今のあの子たち! この空気感、これぞ平和であり楽園の体現じゃないかしら!?」
「お前……」
「なあに? わからないの? あ、そうよね。まだ始まったばかりだし……ちょっと待ってて」
マリアが部屋の隅に走る。棚に並べられていた可愛らしい人形を数体、手に取ってくる。
天使が手ずから縫った、もふもふ家族院の子どもたちである。
「まずね、この子! ヒナタ! この明るい髪色とツインテールが可愛いでしょ? 踊るのが大好きで、ぴょんぴょんこの髪が動くのよ。まさしく神の踊りでしょう!? そう思わない!?」
「……」
「ねえなんでちょっと引き気味なの!?」
「『ちょっと』じゃねえ。ドン引きしてるんだよ」
げっそりしながら答える。
「マリアよぉ。お前が健気で可愛い子が好きなのはよーく知ってるが、もうちょっと抑えられないもんかね?」
「仕方ないじゃない。この子たちを可愛いって思う気持ちは溢れ出るものなんだから。湧水を根絶することが不可能であるようなものだわ。この世に水がある限りね」
「喩えが壮大すぎるんよ」
「だって可愛いんだもの! 素晴らしいんだもの! この子たちがいれば私は勝てるわ!」
「何にだ」
ルアーネは額を押さえた。この部屋に来てから何度同じ仕草をしたかわからない。
これが天使マリアの、もうひとつの顔。
もふもふ家族院の子どもたち全員を心の底から溺愛する、ちょっと危ない『箱推し天使』である。
ルアーネは言った。
「お前、そんな有様なのによくユウキ少年と一緒にいて平気だったな」
「平気なものですかっ!!」
血走った目と必死な表情で否定された。
「あの顔、あの声、あの優しさ! 推しに優劣を付けないと誓った私でも、思わずその誓いをかなぐり捨てたくなるような尊さに溢れていたッ……! それが、それが目の前に実在して、触れて、会話までできるなんて、何度ここが天上世界かと思ったことか。何事もなく家族院へ送り出した私をむしろ称えて欲しいくらいです」
「それはホントよく我慢したと思う」
「推しと接するには節度が大事なのです。節度が」
「ホントか?」
「……なぜそこを疑うのです?」
「さっきまでぶっ飛んだ言動かましといて、なぜそこを疑われないと思ったのか」
「失礼な。私はもふもふ家族院の皆を正しく推しているの。推しの幸せを願う者として、清く正しく推し活しているのです」
「じゃあ聞くが、ユウキ少年に変な真似はしなかっただろうな? 思わず変な声を出したりしなかったか?」
「………………」
「視線を外すな。水晶玉の前に戻るな、コラ」
「では――いざ!」
魔力を流す。
親友の横顔を、天使ルアーネは目を細めてみていた。
(まったく。子どもみたいな顔しちゃって、まあ)
微笑ましい。このときばかりは、純粋な少女を見つめる姉になった気持ちだった。
水晶玉が輝き、部屋の空間に映像を映し出す。
緑豊かな森の中。その中にある、美しく気品のある建物。
マリアが己の権限で創り出した『もふもふ家族院』――とかいう施設だとルアーネは思い出す。
「うんうん。今日も清浄な空気に満ちていますね。善きかな善きかな」
「ふふっ」
マリアがうんうんとうなずく様子に、思わずルアーネは噴き出した。
これは魔法で映し出された異世界の映像。現地の空気をそのまま感じ取れるわけではない。
天使マリアほどの力をもってすれば、水晶玉を経由して魔力を送ることぐらいは可能だろうが……。
映像が家の中に移っていく。聖域内のことなら、この水晶玉でなんでも見通すことができる。ここで暮らす者たちの私生活もバッチリ見える。
ルアーネは腕組みをした。親友の倫理観は信じているが、下界の人間にもプライバシーというものがある。度が過ぎるようなら止めようと密かに構える。
映像が、ダイニングルームとキッチンを映し出した。
数人の少年少女が、仲良さそうにたわむれている。キッチンで作業している男の子、あれが話題のユウキ少年だろうかとルアーネは思った。
(なるほど、確かに不思議な雰囲気を持つ子だな。無邪気で純粋なようで、落ち着いている。これも生前の経験がなせる業か)
ユウキ少年の生い立ちはルアーネも資料を通して知っている。当然、気の毒だと思う気持ちが強い。
ルアーネは微笑んだ。
(上手くやっているようだ。幸せそうなら、それで良い)
「きゃああああっ、ユウキッ。相変わらず可愛いッ!!」
「……」
真面目な思考をぶった切る嬌声に、ルアーネは半眼になる。
皆の憧れ天使マリア様が、画像にすがりついて息を荒げていた。
「アオイ、相変わらず天然おっとり! でも怒ったら怖いって、もう鉄板のギャップだわ!」
「……」
「ヒナタッ! いつも場を明るくしてくれる子! ヒナタがいると画面が栄えるわー!」
「……」
「そしてサキ! この猪突猛進ぶりが可愛いッ! やはりマッドサイエンティストはちょっとお馬鹿さんじゃないとね!」
「……おい」
「ルアーネッ!!」
しまったこっちに矛先が来た、と親友天使はうんざりした。
「見た!? 見たでしょ!? 今のあの子たち! この空気感、これぞ平和であり楽園の体現じゃないかしら!?」
「お前……」
「なあに? わからないの? あ、そうよね。まだ始まったばかりだし……ちょっと待ってて」
マリアが部屋の隅に走る。棚に並べられていた可愛らしい人形を数体、手に取ってくる。
天使が手ずから縫った、もふもふ家族院の子どもたちである。
「まずね、この子! ヒナタ! この明るい髪色とツインテールが可愛いでしょ? 踊るのが大好きで、ぴょんぴょんこの髪が動くのよ。まさしく神の踊りでしょう!? そう思わない!?」
「……」
「ねえなんでちょっと引き気味なの!?」
「『ちょっと』じゃねえ。ドン引きしてるんだよ」
げっそりしながら答える。
「マリアよぉ。お前が健気で可愛い子が好きなのはよーく知ってるが、もうちょっと抑えられないもんかね?」
「仕方ないじゃない。この子たちを可愛いって思う気持ちは溢れ出るものなんだから。湧水を根絶することが不可能であるようなものだわ。この世に水がある限りね」
「喩えが壮大すぎるんよ」
「だって可愛いんだもの! 素晴らしいんだもの! この子たちがいれば私は勝てるわ!」
「何にだ」
ルアーネは額を押さえた。この部屋に来てから何度同じ仕草をしたかわからない。
これが天使マリアの、もうひとつの顔。
もふもふ家族院の子どもたち全員を心の底から溺愛する、ちょっと危ない『箱推し天使』である。
ルアーネは言った。
「お前、そんな有様なのによくユウキ少年と一緒にいて平気だったな」
「平気なものですかっ!!」
血走った目と必死な表情で否定された。
「あの顔、あの声、あの優しさ! 推しに優劣を付けないと誓った私でも、思わずその誓いをかなぐり捨てたくなるような尊さに溢れていたッ……! それが、それが目の前に実在して、触れて、会話までできるなんて、何度ここが天上世界かと思ったことか。何事もなく家族院へ送り出した私をむしろ称えて欲しいくらいです」
「それはホントよく我慢したと思う」
「推しと接するには節度が大事なのです。節度が」
「ホントか?」
「……なぜそこを疑うのです?」
「さっきまでぶっ飛んだ言動かましといて、なぜそこを疑われないと思ったのか」
「失礼な。私はもふもふ家族院の皆を正しく推しているの。推しの幸せを願う者として、清く正しく推し活しているのです」
「じゃあ聞くが、ユウキ少年に変な真似はしなかっただろうな? 思わず変な声を出したりしなかったか?」
「………………」
「視線を外すな。水晶玉の前に戻るな、コラ」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる