僕はもふもふ家族院の院長先生!!

和成ソウイチ

文字の大きさ
53 / 92
8章 星望むミオと眠れない夜

第53話 縁なし眼鏡のミオ、ぴしゃり

しおりを挟む

「あー……」

 ヒナタが頬をかく。

「たぶん、まだ部屋で勉強してるんじゃないかな?」
「そっか。熱心なんだね」
「ごめんね。そろそろユウキたちが帰ってくるだろうから、皆でお出迎えしようって誘ったんだけど」
「ううん。だいじょうぶ」

 さして気にしていない様子でユウキは答える。対して、ヒナタやソラは気まずそうに顔を見合わせた。
 レンが腰に手を当てる。

「ユウキさあ。かけっこのときから思ってたけど、ちょっと甘すぎねえ?」
「甘い? なんで?」
「だぁってよ、オレだったらムカってくるぜ? せっかく帰ってきたのに、出迎えもないなんてよ。せっかく他の連中がわざわざ出張ってきてるのに」
「それがミオらしいんでしょ?」
「お前って……はぁ。まあ、ユウキがそう言うなら構わねえよ」

 あからさまにため息をつく様子に、ユウキは微笑んだ。「ありがとね、怒ってくれて」と言う。レンはちょっと赤くなってそっぽを向いた。

「でもいくらムカつくからって、喧嘩はダメだよ。レン」
「わあってるよ……」

 場を和ませるように、アオイが言った。

「ユウキちゃん。安心して。ミオちゃん、ちゃんとクッキーを『美味しい』って食べてくれたから。きっと大丈夫よー」
「そっか。よかった」
「ふふふ。それじゃあ、皆で中に入りましょうか。もう少ししたらご飯、できるからねー」

 よっしゃハラ減ったと真っ先に声を上げるレン。和やかな空気のまま、ユウキは家族院の建物に入った。

 先頭でエントランスに足を踏み入れると、人影を見た。
 二階に続く階段の踊り場で、ひとりの少女がユウキを振り返ったのだ。
 彼女は藍色の長い髪を、後ろで一つ結びにしている。もふもふ家族院では珍しい、縁なしの眼鏡をかけている。
 踊り場の上から差し込む夕方の光が、彼女のスラリとした姿を浮かび上がらせた。格好いい。
 彼女がもふもふ家族院の最後のひとり――ミオである。

「……」

 ミオは無言でユウキを見据える。少しだけ、場の空気がピリッと引き締まった。
 だが、少年院長はこの程度のことで萎縮したりはしない。ユウキは笑みを浮かべると、自分から声をかけた。

「こんにちは。僕はユウキ。もふもふ家族院の院長先生になりました。君がミオだね。こうして顔を合わせるのは初めまし――」
「知ってる」

 スパッと断ち切るような口調だった。
 ユウキを除き、気まずげな空気が再び子どもたちを包む。
 ユウキたちが帰ってきたことに喜んで転がってきたケセランたちも、空気を感じてか、コロコロ、ウロウロとその場で回転し始める。

 こういうとき、真っ先にフォローに入るのは決まってヒナタだ。彼女は努めて明るい声で言った。

「うるさくしてごめんね! ただいま、ミオ!」
「うん。おかえり」

 表情を変えることなく、さらりと答えるミオ。
 確かに、人によってはひどくあっさりして、冷たい態度だと感じるだろう。
 けれどユウキは、むしろ安心した。
 ちゃんと「おかえり」って言ってくれる子だ。無視しているわけじゃないんだ。

 もう一度、自己紹介を兼ねて、口を開く。

「ユウキです。こんにちは。それと、ただいま」
「……私はミオ。皆からもう聞いてるでしょ。私のこと」

 眼鏡の奥の視線は鋭い。元からなのか、別の感情があるのか。
 ――うーん、まだおかえりとは言ってくれないか。まあ、仕方ないよね。
 ユウキは内心で苦笑した。

 だが、ミオの反応に満足できない子がいた。レンである。

「おいミオ。ユウキが挨拶してんだぜ。もうちっとマシな態度ってもんがあるだろうが」
「マシな態度?」

 ぴくりとミオの眉が動く。彼女は指先で眼鏡のブリッジを上げた。

「勝手に余所様の子へ勝負をふっかけた挙げ句、負傷してソラに心配をかけた上に、それを黙ってるような人間に言われたくないわね」
「んだと――って、なんで知ってんだよ!?」
「ヒナタに聞いた」
「ヒーナーター!!」

 恨めしそうなレンに、元気っ娘は手を合わせて「ごめん」と言った。

「けどさレン。ミオはわたしが話す前からレンの怪我に気がついてたよ。歩き方の微妙な違い?……があったみたい」
「むぅ。平気だっつってんのに。……ん? でも結局それって、ミオに聞かれたからヒナタが全部しゃべったってことだよな?」
「あー。ごめん。てへ」
「ヒィーナァータァーッ!」

 じゃれ合うように騒ぐふたり。すぐ後ろでアオイは「あらあらー」と言い、サキは「まあいつものことだな、うん」と納得していた。

 ふと。
 ミオの視線が、チラッとソラに向く。彼は一瞬、萎縮したようにうつむいたが、すぐに背筋を伸ばした。ミオの顔をしっかりと見る。
「ふん……」と眼鏡少女は鼻を鳴らした。

「ま、レンがそれだけ元気なら問題もないでしょう」
「えと……それ、だけ?」
「なに、ソラ。あなた、なにか後ろめたいことでもあるのかしら?」
「そ、そんなことないよ!」
「そう。なら、そんなにビクビクしないで、ちゃんとしなさい。さっきみたいに背筋伸ばして」
「う、うん。わかった。そうする」

 ソラが狼狽え半分、驚き半分の表情でうなずく。
 意外とよく他人を見ているんだなとユウキは感心した。

「それで? 新しい院長先生さん?」

 ミオが言う。これまでで一番冷たい視線が、ユウキに突き刺さった。

「私、あなたに言いたいことがあるのだけれど」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

処理中です...