60 / 92
8章 星望むミオと眠れない夜
第60話 夜の違和感
しおりを挟む――長い、濃密な一日が終わった。
院長用として割り当てられた部屋で、ユウキはベッドに横になっていた。一階にある角部屋で、他の子たちの部屋よりも造りがしっかりしている。
最初は、こんな立派な部屋を使わせてもらっていいのかなと思ったが、もふもふ家族院の全員から「いいから」と言われて受け入れた。
少しカーテンを開けて、ベッドから夜空を見上げる。
窓越しにでも、澄み切った空気と溢れるばかりの星の燦めきがわかる。
ベッドは大きく、そして快適だった。
生前、慣れ親しんだ病室のベッドとはまた違う。全身をふんわりと受け止めてくれる。聖域ならではなのか、掛け布団も信じられないほど軽く、柔らかく、そして温かい。
ぴょこっと、視界にケセランが現れた。枕元や掛け布団の上に、何匹か集まっている。ふわふわな身体を撫でると、彼らは気持ちよさそうに目を細めた。お礼のつもりなのか、小さく小さくせせらぎの音を真似てくれる。入眠に最適な、ヒーリング音楽だ。
アオイが作ってくれた晩ご飯は美味しかった。生まれて初めて、何も気にせずお腹いっぱい食べられる。しかも、同じテーブルには賑やかで優しい仲間、家族たちが揃っているのだ。
幸せなこと、この上ない。
「ふふっ」
ユウキは思い出し笑いを漏らす。晩ご飯の後に『約束通り』、アオイから説教を受けたサキ。けれど、周りにレンやヒナタがいると、話があらぬ方向へと飛んでしまって、見ている側は面白かった。どうやらアオイもミオも、そのあたりは薄々予見していたようで、お説教はさほど間をかけずおしゃべりの時間に変わっていった。
賑やかで、ほのぼの。
こんな一日が過ごせるなんて、本当に、本当に夢のようだった。
小さく寝返りをうつ。もう一度。さらに、もう一度。
「……ふう」
それからユウキは、ベッドから起き上がった。
よく眠れるようにと、アオイからハーブティーをもらっていたが、あまり効果はなさそうだった。
不思議そうにユウキを見上げてくるふわもこケセランたち。ユウキは彼らに「ごめんね」と手を合わせた。
「けど、無理もないよね。あれだけ色んなことがあったんだから」
全部、『生まれて初めて』の枕詞がつきそうなほど、刺激的な出来事ばかり。
幸せな興奮は、まだ心の奥底で灯り続けている。そんな気がした。
しかし――。
ベッドに腰掛けながら夜空を見上げたり、ケセランたちと戯れたりしながら、眠気が来るまで待っていたユウキは、次第にかすかな違和感を覚えるようになっていた。
いっこうに、眠くならない。
それどころか、夜中のあの気だるい疲れや、頭のぼんやり感もない。ほとんど日中と変わらないほどスッキリしている。
かといって、「興奮して眠れない!」ともどこか違う。鼓動も呼吸も穏やかで、幸せな気持ちはあれど、心はとても凪いでいる。
ユウキは生前、看護師さんから教わったことを思い出した。
人は心が疲れると眠れないことがある。それは不安や悲しみといった負の感情だけでなく、すごく嬉しいときにも起こるのだそうだ。どちらの感情も、いつもと違いすぎて心が疲れてしまうらしい。
ユウキは胸に手を置いた。そこにいるであろう、善き転生者の魂たちを意識する。
「ごめんね。皆も眠りたいよね」
――気にするな、少年。
――むしろ私たちが謝らないとね。
日中よりもはっきりと聞こえるようになってきた、転生者たちの言葉。彼らかも気遣われていると感じ、ユウキは申し訳ない気持ちになった。
「よし。せっかくだから」
ユウキはベッドから立ち上がると、寝間着から着替えた。
上の階の皆を起こさないように、そっと部屋を出る。
灯りの落とされたエントランスとリビングは、しんと静まりかえっていた。窓から差し込む月の光が、幻想的な空間を演出している。
ケセランたちがついてきた。肩や頭の上に乗ってくる彼らに、ユウキは「しーっ」と指を立てた。
音を立てないよう、慎重に玄関を開ける。
――眠くならないのなら、それまで夜の散歩をしよう。
もふもふ家族院の外に出たユウキは、改めて夜空の星に圧倒された。
「こんなにはっきりと天の川が見られるなんて、初めてだよ……!」
思わずつぶやいてから、慌てて口元を押さえる。
家族院を振り返るが、誰かが起きてくる気配はなかった。ユウキはホッと息をつく。
どうやら聖域内は、一日中過ごしやすい気温で保たれているらしい。暑くもなく、寒くもない。でもちゃんと夜の澄み切った空気は感じられる。そんな中を、ユウキはゆっくりと歩き出した。
夜にベッドを抜け出す――そのワクワク感が、ユウキの違和感を塗りつぶしていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる