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9章 聖域外からのピクニック
第68話 さらりと報告するつもりが
しおりを挟む「眠らなくていい……身体? ユウキ君、それはどういうことだろう……?」
「ああ、そっか。皆にはまだ伝えてなかったかもね」
ワナワナと両手を震わせ尋ねてくるサキに、ユウキはあっさりと答えた。
「実はさ、この世界に来てから僕、ぜんぜん眠くならないんだ。どうやら、転生したときにそういう身体になっちゃったみたい。だから今日まで、夜はずっと起きたままだよ。そうそう、ピクニックの場所もさ、ずっと夜起きて聖域を歩き回ってたときに見つけたんだ」
「ななな、なんということだーっ!?」
サキが頭を抱えて叫ぶ。その拍子に寝癖がひとつふたつ復活したので、ユウキは手櫛で直してあげた。
騒ぎを聞きつけたのか、他の子どもたちも歌と踊りを止め、集まってくる。
「ユウキ、病気になったって本当!?」
ガシッと両肩をつかんできたヒナタに、「病気じゃないよ」とユウキは苦笑した。
「ほら、ぜんぜん元気だよ僕は。日中も眠くなったり辛くなったりしないし、いつもどおり」
「たしかにー、ユウキちゃんはご飯もしっかり食べててえらいなって思うけれどー」
「アオイのご飯はいつも美味しいよ。ありがとう」
「あらー。どういたしましてー。アオイも元気にたくさん食べてくれると嬉しいですー」
ほわんとのんびり笑い合うユウキとアオイ。直後にのんびりお母さん少女は「あらぁー?」と首を傾げた。どうやら自分がなにを言おうとしたのかすっぽり抜け落ちてしまったらしい。
代わりにヒナタが眉を下げて尋ねてくる。
「でもでも。皆が眠っているのに、ユウキだけ起きてなきゃいけないなんて……寂しくないの?」
「うーん、どうだろう。たしかに最初は『静かだなあ』とは思ったよ。だけど、夜の聖域内には昼間にはいない生き物もたくさんいて、むしろ賑やかだった」
なんだって!?――と反応したのはレンである。やんちゃ少年はまだ見ぬ夜の世界にひどく興味を惹かれたらしい。隣ではソラも、どことなくソワソワしていた。
研究者気質で好奇心の塊であるサキは、さっきから涎を垂らしそうな勢いで耳を傾けている。
ユウキはちょっと困った。少年院長からすれば、『皆に悪影響が一切ないのだから、さらりと報告して終わりだろう』くらに思っていたからだ。
どうやってこの場を収めたものかと考えていると、おもむろにミオが前に進み出た。家族院の子どもたちとユウキの間に割って入るように、立つ。
「ほら。そのくらいでいいでしょう。見てのとおり、ユウキの身体に悪影響は見られない。ずっと観察している私が言うのだから、間違いない」
「ずっと観察……あ! ミオ君、ずるいぞ。このこと知ってたな!?」
「私はユウキと同じ経験をしてきたから。問題意識の共有は当然」
平然と答えるミオ。
サキやレンはぎゃーぎゃー騒いでいたが、他の子たちは大人しく引き下がる。どうやら、ミオが睡眠時間を削って家族院のために働いていたことは、皆、多少なりとも知っていたようだ。
ミオは眼鏡のブリッジに手をやった。
「ユウキは私の作業をともに担ってくれている。おかげで私は休息の時間を取れるようになった。サキ、レン。あなたたちがユウキの代わりに私の作業を手伝えるというのなら、話を聞いてあげる。さしあたり、半日、書斎にこもって書類とにらめっこしてもらおうかしら。どう?」
ぶんぶんぶんと首を横に振るふたり。
「じゃあこの話題はこれでおしまい。余計な詮索はしないで。いいわね?」
こくこくこくと首を縦に振るふたり。
その仕草が面白くて、ユウキは思わず吹き出した。するとミオの鋭い視線が、今度は少年院長に向く。
「ちょっと。私はあなたのために釘を刺しているのだけれど? なにを笑っているのかしら」
「ごめんごめん。ありがとう、ミオ。助かったよ」
「ふん。本当に助かったと思っているのかしら」
「本当だよ。ミオがいなかったら、僕は夜眠れないことがずっと不安になっていたと思う」
重ねて「ありがとう」と言うと、ミオは「わかればよろしい」とちょっとだけ口元を緩めた。ここ数日で、彼女の表情はずいぶんと豊かになったとユウキは思う。目元のクマもだいぶ目立たなくなった。精神的にも余裕が出てきたのだろう。
ヒナタやソラは、なおもユウキの身体を心配してきた。「お昼寝したいときは言ってね。付き合うから!」と言われて苦笑する。
皆の後ろで保護者フェンリルがぼそりと、『余はまた枕になるのか……』と嘆いたのが面白かった。
――再びピクニック会場へ歩き出した子どもたち。
楽しげに談笑を続ける皆を先導しながら、ユウキは胸元に手を当てた。
ミオと初めて天体観測をしてから、毎日続けていること。
心の中に寄り添う転生者たちに向かって、語りかける。
(ありがとう。皆のおかげで、僕は元気です。今日もよろしくね)
――こちらこそだ、少年。君が健全でたくましい精神を保っているからこそ、我らもこうして存在し続けられる。
――でも、困ったことがあったら相談してね? せっかくこうして、自由にお話できるようになってきたのだから。
はっきりとした『声』が頭の中に響いてくる。
善き転生者の魂に支えられ、ユウキは昼も夜も生き生きと過ごしていられる。
誰かの役に立つ自分でいられる。
この幸せがずっと続くように、院長先生の仕事を頑張らなきゃ。
ユウキは皆の先頭に立ちながら、充実感に溢れた目で前を見つめていた。
聖域に、いつもより少しだけ強く風が吹いた。
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