僕はもふもふ家族院の院長先生!!

和成ソウイチ

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9章 聖域外からのピクニック

第76話 憧れのひと

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「生きる力。たくさんの家族。はい、本当にそうだと思います」

 ユウキはおもむろに胸に手を当て、目を閉じる。勇者が首を傾げる。「こうやっていつも話しかけているんです。僕の心の中にいてくれる、転生者さんたちに」と少年院長は答えた。「素敵なことだね」とヴァスリオは言った。

「転生者さん。いつもありがとう。あなたたちのおかげで、僕は今日も元気で過ごすことができます。ヴァスリオさんは、転生者さんが僕を支えて守ってくれていると言いました。だから眠らない身体になっても大丈夫だと」

 そこで言葉を切る。病室での日々が薄らと蘇る。
 だが以前と違い、それは遠い記憶になりつつあった。
 ユウキは言った。

「側にいてくれてありがとう。僕はこれからも、安心して生きていけます。僕は、それが本当に幸せです」

 ――何度聞いても、胸に来るね。
 ――こちらこそありがとう。魂だけになっても苦しさ、寂しさを感じないのはあなたのおかげよ、ユウキ。
 ――これまで苦しかった分、思う存分生きなさい。君の望みを叶えることは、我々にとっても誇りだ。
 ――そこの勇者殿に、色々教わるといい。彼の言動と身にまとう魔力の輝きは信用できる。

 これまでにないほどたくさんの反応があった。ユウキは驚き、そして心動かされた。目尻に少しだけ涙が浮かび、慌てて指先で拭う。
 その仕草を見ていたヴァスリオは、何度も深くうなずいていた。

「声が聞こえなくてもわかるよ。ユウキの中にいる転生者殿は、君を心から愛してくれているのだね」
「はい。ただちょっと恥ずかしいかな……」
「そう言うものじゃないよ。きっとすぐに『恥ずかしい』が『素晴らしい』に変わるから」

 片目を閉じて言う青年勇者。その仕草は愛嬌があり、またユーモアもあって、ユウキはじっと彼の顔を見つめた。
 勇者殿に、色々教わるといい――転生者の言葉を思い出す。

「ヴァスリオさんは旅をするとき、どんなことを心がけていますか?」
「ん? どうしたんだい、急に」
「あ、いえ。ヴァスリオさんって、なんだか僕と似てるなって。ヴァスリオさんの考えを知れば、僕もこの先、もっと皆の役に立てるかもしれないって思って。……あ! すみません、僕と似てるだなんて、偉そうでしたよね……?」

 口に手をやるユウキ。ヴァスリオは微笑みながら、少年院長の頭に手を置いた。

「僕も、君とはどうも他人のように思えないよ。弟がいたら、こんな感じなのだろうかと考えたくらいさ」
「……えへへ」
「そうだね。心がけていること――あるよ」

 ユウキの頭を撫でる手に、ほんの少し力がこもる。

「どんな困難があっても、決して諦めないこと。それと――遠慮無く誰かを頼ること」
「頼る?」
「そう。身近な存在が支えになると言ったよね。僕はこれまでの旅で痛感した。頼られることで湧いてくる力は、もちろん大事だ。でもそれと同じくらいに、頼ることで抱く信頼感と安心感も重要なんだ。本当に苦しいときの一歩を踏み出す力、苦しいときに耐え忍ぶ力を与えてくれる」

 時にそれは、剣の切れ味をも凌ぐ――と勇者は言った。

「人は頼り、頼られることでお互いに高め合っていける。困難にぶつかっても諦めず、乗り越えられる。人によっては綺麗事だと鼻で笑うこともあるけど、僕は信じたい。道具と同じくらい、武器と同じくらい、魔法と同じくらい、心の持ちようが力になるのなら、それは素晴らしいことじゃないか」

 ヴァスリオはユウキを見た。

「願わくは、君は綺麗事だと笑う人じゃなく、本当の力に変えられる人になって欲しい」

 勇者の視線をユウキは正面から受け止めた。厳粛な気持ちで「はい」とうなずく。
 ヴァスリオの言葉を胸の中に刻み込む。決して忘れないようにしようと誓った。
 頼り、頼られる。そうして心の持ちようを、力に変える。
 この先、もふもふ家族院の院長先生として生きていく上で、きっと役に立つはずだ。
 善き転生者の魂たちも『よい言葉だ』と言ってくれた。

 ユウキは思う。
 もし自分が学校に通っていたら、こんな先輩と出会えただろうか。
 僕は、ヴァスリオさんのような大人になりたい。

 勇者の手が、少年院長の頭から離れた。
 どちらともなく、小さく笑った。

『失礼します』

 そのとき、彼らへ向けて涼やかな声がかけられた。聞き覚えのある声にユウキは振り返る。

「天使様!」
『ユウキ、ご苦労様です。無理を言いましたね』

 天使マリアが姿を現し、ユウキとヴァスリオの元に歩み寄ってくる。
 勇者を見ると、どうやら一目でマリアが只者でないと気づいたらしい。居住まいを正し、頭を垂れた。

 もふもふ家族院を見守っていたときとは違う威厳を感じさせる表情で、天使マリアは言った。

『ヴァスリオといいましたね。はじめまして。私の名はマリア。天使としてこの聖域を管理している者です』
「は。この度は許可無く聖域に立ち入ってしまい、申し訳ございません」
『あなたがたの事情は聞きました。私の庇護下にある子どもたちの様子を見ても、あなたがたに害意がないのは理解しています。この度は不問にしましょう』

 ですが、と天使マリアは続けた。

『聖域で暮らす子どもたちに、今後あなたがたの存在がどのような影響を及ぼすかわかりません。まして、天使たる私の魔力を前にしても平然としていられるあなたは、私たちと比肩する力の持ち主。用心したいのです。あなたがたには、できるだけ早くここから立ち去ることを要望します』

 ユウキは天使マリアを見上げた。やはり、いつもと雰囲気が違う。

「寛大なお言葉、痛み入ります。我々も、平和に暮らす子どもたちを脅かすことは翻意ではありません。準備ができ次第、すぐに出立いたします」
『私の意図を汲み取ってくれたこと、感謝します。案内は私がいたしましょう。ご安心なさい』
「はい」

 ヴァスリオの方も天使の偉容を十分に理解しているのか、かしこまった態度を崩さない。
 天使様は外の人たちにとってこれほど崇められる存在なのかと、ユウキは新鮮に思った。

 尊敬する勇者がさらに尊敬を向ける存在が、天使様。やっぱりすごい。

 ――尊敬の眼差しでユウキが見上げていると、天使マリアは威厳を保った表情のまま固まった。ヴァスリオが顔を上げ、おもむろに立ち上がっても視線を動かさない。

 ヴァスリオがちょっと困ったようにユウキを見る。ユウキは言った。

「天使様を見ていると、時々こうなるんです。どうしたんだろう……」
「君は意外と罪作りな男なのだね」
「?」

 ユウキは可愛らしく首を傾げ、我に返った天使マリアは頭を抱えて背を向けた。
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