僕はもふもふ家族院の院長先生!!

和成ソウイチ

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10章 僕はもふもふ家族院の院長先生!!

第91話 ずっと願っていたこと

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 ヴァスリオたち勇者一行、そして老婆らに見送られ、ユウキは集落を出発した。
 チロロに乗り、急いで聖域へと向かう。今度は天使マリアも力を封印することなく、自らの翼で飛行している。

 見覚えのある森の小道で、マリアが聖域への道を開く。嗅ぎ慣れた空気を吸い込み、ユウキは薬などの入った道具袋をぎゅっと抱きしめた。

「急ごう」

 チロロが全速で駆ける。それでも、もふもふ家族院に到着した頃には日が暮れかけていた。

『ユウキ。私はここで待機しています。なにかあればすぐに呼びなさい』
「はい」

 家族院の前庭で天使マリアが翼を広げる。建物全体を薄く魔力の膜が覆った。おそらく、これが彼女にできるギリギリの加護なのだろう。

 建物の扉が開いた。中からチロロの眷属である狼が現れる。頭の上にはケセランの姿も。さらに狼の背後には、池で出会った良きスライム一家の姿もあった。どこからか噂を聞きつけたようだ。

「皆の具合はどう?」

 ユウキはたずねる。言葉は喋れなくても、眷属は質問が理解できる。
 狼は耳を下げ、小さく鳴いた。どうやらあまり思わしくなさそうだ。

 ユウキは薬を抱え、家族院の建物内に駆け込む。階段を上がり、まずヒナタとアオイの部屋へと飛び込んだ。
 彼女らの発熱が続いているためか、室内はじっとりとした暑さだった。枕元に近づく。

 ふたりとも、目を閉じたまま荒い息をしている。変わらず、辛そうだ。やつれているところを見ると、ほとんど眠れていないのかもしれない。
 胸が痛むのを堪え、ユウキはまず、水差しを手に取った。眷属の狼たち、そしてスライム一家が頑張ってくれたのだろう。水は汲み立てのように冷たかった。
 ふたりに水分を補給させる。
 背中を支えた手に、彼女らの高い体温が伝わってきた。

 それから眦を決し、薬瓶を取り出す。
 ヒナタの顔を見ながら、そっとつぶやく。

「遅れてごめん。薬をもらってきたよ。すぐに良くなるから……また、元気な踊りを見せてほしい」

 蓋を開ける。
 そして、祈りを込めてヒナタの身体に振りかけた。
 できるだけ身体に負担がかからない薬を――賢者クラウディアの配慮である。

 まるで朝陽に照らされた雪の欠片のように、キラキラと輝きながら粒子薬がヒナタの上に降り注ぐ。光は衣服を透過し、彼女の身体に吸い込まれていった。

「ん……」

 小さな吐息。
 ユウキは固唾を呑んで見守る。

 やがて――ヒナタの血管を蝕んでいた発光現象が、ゆっくりと静まっていった。元の血色を取り戻していく。
 ずっと眉間に深い皺を寄せていたヒナタが、スッと表情を緩ませた。呼吸も少し穏やかになる。


 ――効いている。成功だ、少年。


 転生者の魂の言葉に、ユウキはその場で崩れ落ちそうになった。
 だが、気合いで踏みとどまる。
 まだ他の子たちも残っているのだ。
 ユウキはアオイの枕元に向かった。

「アオイ、しっかり。もう大丈夫。だからまた、僕に料理を教えて」

 薬を振りかける。
 それから少年院長は、ひとりひとり効果を確かめながら、家族院の子どもたち全員を回った。

「サキ。外の世界はびっくりすることがたくさんあったよ。だから、元気になって天使様にまた見せてもらうようお願いしよう」

「レン。一緒にかけっこしたスライム君が、また勝負しようって言ってるよ。レンなら、勝負事を断らないよね。今度は勝って。ぜったい」

「ソラ。お婆さんから昔話を聞いたよ。晴れたらさ、話してあげる。そしたら、それを歌にして聞かせてよ」

「ミオ。クラウディアさんから例の本、預かってるよ。ちゃんと読んで返さなきゃ、怒られちゃう。だから早く良くなって」

 ひとりひとり、心からの声かけをする。
 皆、返事はなかった。ただ、彼らの表情はちょっとホッとしたようにユウキには見えた。

 全員に薬を与え終わっても、ユウキは動きを止めない。
 眷属たちやスライムではどうしてもできなかった、病人食作り。キッチンに立ち、アオイに教わったレシピのスープを作っていく。
 全員分を作り終わる頃には、目を開けられる子も出てきた。ユウキはまたひとりひとりの部屋を回り、少しずつスープを与え、汗を拭き、着替えさせた。

 その後も自室に戻ることなく、少年院長は全員の様子を順番に見て回り続けた。そして必要と判断すれば、惜しみなく癒やしの魔法を使った。

「……っと」

 何度目かの往復。廊下でユウキは立ちくらみを覚えた。
 付き従う眷属やケセランたちが心配そうに見上げてくるが、ユウキは無理矢理微笑んで「だいじょうぶ」と応えた。
 心の中の転生者たちがなにかを語りかけてきたが、ユウキにはぼんやりとしか聞こえてこなかった。

 消耗しているのは自覚している。
 けれど、休むわけにはいかない。
 ユウキの看病は深夜を回っても続いた。

 ――そして。

「…………あれ?」

 ふと、気がついたときには、ユウキは自室の天井を見つめていた。
 いつの間にかベッドの上で仰向けになっていたのである。

 自室に戻った記憶がまったくないユウキは、窓の方を見て心臓がどきりとした。
 外からは、明るい日射しが差し込んでいる。
 夜が明けていた。

「どうして!? 僕は眠らなくても大丈夫なはずなのに……!」

 慌ててベッドから飛び起きる。
 なにが起こったのか、ユウキは心の中に問いかけた。
 しかし、良き転生者たちの魂は反応しなかった。

 血の気が引いた。心がざわつくユウキ。

 そのとき、部屋の扉が静かに開いた。翼をしまった状態の天使マリアが入ってくる。手にはスープをよそった皿を持っていた。

『目が覚めましたか、ユウキ』
「天使様! 僕は、僕はいったい――皆は!?」
『落ち着きなさい。まずはこれを飲んで、力を蓄えなさい』

 天使マリアに諭され、ユウキはしぶしぶ言われたとおりにした。
 近くの椅子にマリアが座る。

『あなたは眠っていたのです、ユウキ。
「え……!?」
『ユウキは無理をしすぎました。力を使いすぎていたのです。それを危惧した私と、そしてあなたの中にある良き転生者たちの魂とで、あなたを強制的に休眠状態にさせました』

 転生者の魂がユウキの力を抑え、天使マリアが眠りの魔法をかけたのだという。転生者の返事がないのは、まだ彼らが眠りから覚めていないせいだと天使は言った。
 ユウキは恐る恐るたずねる。

「眠っていたって、どのくらい……」
『あなたが家族院に戻ってから、今日で三日目です』
「なっ!? じゃあ、皆はどうなったんですか、天使様!」

 不安も露わに詰め寄る少年院長に対し、天使マリアは穏やかな微笑みで応じた。

『それは自分の目で確かめてご覧なさい』

 そう言うと、彼女はスーッと姿を消した。

 呆然としていたユウキは、スープを飲み干す。お腹に入れることで活力と冷静な思考が戻ってくる感じがした。
 ユウキは自室の扉の前に立つ。ドアノブに手を伸ばしかけ、一度、大きく深呼吸する。
 そして、部屋の外に出た。思わず目を閉じていた。

 ――もしさっきの天使様が幻だったらどうしよう。

 そんな不安と戦いつつ、ゆっくりと目を開ける。
 リビングを見た。

「………………あ」

 そこに、居た。

 ヒナタが、サキが、アオイが、レンが、ソラが、ミオが。
 もふもふ家族院の全員が、いつもの格好で集まっていたのだ。
 唇が震える。ユウキが言葉を発しようとした瞬間――。

「ユウキぃぃぃぃぃっ!!」
「目を覚ましたかユウキ君ッ!!」

 ヒナタとサキが全力で駆け寄ってきた。
 その勢いのまま、ユウキに抱きつく。

「もうっ、心配したよ! ユウキ全然目を覚まさないから!」
「まったくだ! ようやく天使様のお姿を見ることができたというのに、ユウキ君がこれでは安心して観賞できなかったではないか!」
「ヒナタ……サキ……」

 ふたりの少女の背中を軽く叩く。
 他の子たちもユウキの周りに集まってきた。

「よう。やっと目覚めたか。オレよりも寝坊しやがって」
「レン……」
「大丈夫? 病み上がりでフラフラしてない? ボクの癒やしの魔法でよければ、使おうか?」
「ソラ……うん。大丈夫、ありがとう」
「ユウキちゃんー、天使様が持っていかれたスープでは足りなかったでしょう。たくさんおかわりありますからねー」
「アオイ。そっか、あれはアオイが作ってくれたんだね。ありがとう、美味しかったよ」
「……ユウキ」

 皆の一番後ろで、眼鏡少女が腕組みしていた。その手にはクラウディアから託された本が握られている。

「これ……ありがと」
「ミオ」
「それから、その。あなたの声、ちゃんと聞こえてたから。病気で寝てる間も。馬鹿みたいに一生懸命になってさ。でも、まあ……おかげで助かったわ」

 照れ混じりに言うミオ。彼女の言葉に、他の子たちも深くうなずいた。

 梢が揺れる音、せせらぎの音がした。上機嫌になったケセランたちがいっせいに奏で始めたのだ。
 

 ――よく頑張ったな。少年。
 ――偉いわよ。


 目覚めた転生者の魂たちが声をかけてくれる。

 ユウキはあらためて、その場にいる全員の顔を見渡した。
 皆が、笑顔だ。
 ようやく実感が湧いてくる。涙が溢れてくる。
 もふもふ家族院の皆、元気になったんだ――!

 ふと、ヒナタが言った。

「皆、もう言っちゃおうよ」
「ま、そうね。いつまでも後回しにしたら恥ずかしいし」

 ミオがうなずく。
 目を瞬かせるユウキの前に、もふもふ家族院の皆が並ぶ。
 そして、声を揃えて言った。

「ありがとう、院長先生!」

 心からの感謝。純粋なお礼の言葉。
 ユウキは思わず、天を仰いだ。

 ああ――。

 この世界に来るまでずっと願っていたこと。

『生まれ変わったら、誰かの役に立てますように』

 その願いが今、確かに叶ったのだ――!

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