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第62話 信念はまるで勇者のように

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 ――王城に客人として迎えられてから、数日が経過した。

 イリス姫が正式に『聖女』と認定されるまで、いろいろと準備が必要だという。その間、俺たちカリファ聖王国側の人間は至れり尽くせりの歓待を受けた。
 正直言うと、落ち着かない。
 あの勇者スカルなら、今の状況を手放しで喜ぶのだろうが。

 そういえば、王都に到着してからあいつの姿を見ていない。王城の人たちに聞いてみると、ここ最近は登城どころか街で見かけることも稀になっているという。
 いったい、どこで何をしているのか。

「なあ、アリア」
「なによ」

 王城の一画。王族の居室が並ぶ豪奢なフロア、その一室。
 俺は隣に座る大賢者に声をかけた。彼女はさっきからソワソワと扉の方を見ている。
 扉の向こうでは、イリス姫が儀式用の衣装を試着している。

 アリアいわく、「友達の晴れ姿なんだから期待して当然でしょ」とのことだ。前にも増して仲が良くなっている。
 王城に到着してから、彼女らは改めて話し合ったそうだ。
 方や元勇者パーティ、方やその勇者パーティに萎縮していた姫。
 そのわだかまりが完全に溶けたようで、俺としても喜ばしい。

 アリアのウキウキ気分に水を差す後ろめたさを感じながら、尋ねた。

「お前さ、今、スカルの奴がどこでなにをしているか、わかるか?」

 ……案の定、心底嫌な顔をされた。

 気持ちはわかる。
 だが、俺には尋ねずにはいられない理由があった。

「俺も、俺の中にいる女神アルマディアも、街の空気に違和感があるんだ。ここ数日、特に強く」
「その原因がスカルの馬鹿だって言うの?」
「実際、奴の姿を見た人間は、少なくとも王城の中にはいない」

 俺は窓から街の景色を見た。高所にあるこの部屋は、スクードの街並みを一望できる。
 一見、いつも通りの活気ある街。
 だが、目には見えないどろりとした『何か』が街全体を少しずつ浸食しているような、そんな嫌な予感がずっとついて回っている。

 イリス姫が衣装合わせをしている部屋を見る。

「姫さんが、決意を持って新しい責任を背負おうとしているこのときに、余計な邪魔はさせたくない。彼女には、安心して自分の道を進んで欲しい」
「ラクター、あんたさ。そういう台詞はちゃんとイリス本人に伝えてあげなよ。私じゃなくてさ」

 呆れた口調と表情。「お前を護りたいんだ、って直接伝えれば、あの子、きっと喜ぶわよ。というか、言え」とアリアは言った。
 こういう率直な意見をぶつけてくれる相手は貴重だ。アリアが仲間になってくれて本当に良かった。

 大賢者が表情を改める。

「私も正直、あんたの懸念は当たってると思う。リーニャたちを市中の警戒に当たらせたのも正しいと思うわ」

 王城に滞在することが決まってから、俺はリーニャや神鳥に、それとなく王都を見回るよう指示している。

「私が言うのもアレだけど……勇者パーティの中で危険度はあいつが一番高い。私は研究バカのひねくれ者で、エリスは陰謀好きの腹黒だったけど、は決まってた。けど、あいつは違う。キレたら何をするかわからないし、それを問答無用で押し通すくらいの力もある」

 なのに今、表に出てこないってことは――と続ける。

「キレ方が今までの比じゃない、ってことだと思う。私やエリスが企んでたことが可愛く思えるくらい、とんでもないことを計画しているのかも」
「……だよな」
「ま、あくまで推測だけど。どっかで飲んだくれてクズ野郎のままくすぶるだけなら害はないわね」

 肩をすくめるアリア。
 俺は言った。

「実は、ルヴァジ王と相談してるんだ。万が一、王都全体に被害が出るような事態になったら、住人をカリファ聖王国まで避難させて欲しいって」
「避難民を受け入れるってこと? 避難施設なんてあったっけ?」
「移住できるだけのスペースがあることは確認している。それに、俺には【楽園創造者】の能力がある」

 拳を握る。

「勇者の癇癪かんしゃくに、ただ毎日を一生懸命生きてるだけの、何の非もない人々が理不尽に振り回されるようなことがあれば……俺はそれを許せねえ」
「あんたの信念だったわよね。一生懸命生きる奴をリスペクトする――だっけ」

 大賢者が立ち上がる。

「いいんじゃない? 協力するわよ。この大賢者アリア・アート様が」
「その肩書き、また名乗るようになったんだな」
「仕方ないわよ。イリスにあれだけ熱心に勧められたら、ね」

 アリアは悪戯っぽく笑った。

「あんたもさ、試しに名乗ってみたら?」
「なにを?」
「勇者の称号」

 吹き出しそうになった。
 冗談じゃないという目をすると、アリアは「わかってる」とばかり手を振った。

 ――扉が開く。

「お待たせしました。あの……どう、でしょうか?」

 衣装合わせの終わったイリス姫が俺たちの前にやってくる。

 王城でまとっていた姫のドレスも似合っていたが、シスター服を基調とした『聖女衣装』も似合っている。おそらく姫本人の希望だったのだろう。全体的に色味が地味に抑えられているにもかかわらず、まるで荘厳なステンドグラスを背景にしているような雰囲気が伝わってくる。

 アリアが抱きつき、「似合ってる。さすがね」と褒めた。
 はにかむ姫が、恐る恐る俺を見た。

「ラクターさんは、どう、ですか?」
「ああ。似合ってる」

 俺がシンプルにうなずくと、姫はホッとしたような、でもどこか残念そうな表情をした。
 少し迷って、付け加える。

「だから胸を張ってくれ。姫の行く道は、俺が全力で護るから。約束する」

 真っ直ぐに目を見つめ、告げる。

 しばらく姫は直立不動になった。動くのはまぶただけ。
 呼吸すら止まったような様子に、俺は若干不安になった。まさか、ドン引きされた?

 アリアが軽く姫の背中を叩く。我に返ったイリス姫に、まるで姉のように言った。

「はい深呼吸」
「すー、はー……」
「次は表情ね。今の正直な気持ちを表現して。さん、はい!」
「えへへえ」

 相好を崩す聖女姫。
 ドヤ顔でこちらを見る大賢者。
 ついでに彼女らの後ろで鼻血に耐える仕草をする筆頭騎士。

 俺は微笑んだ。
 これが愛すべき仲間たち、ってヤツなのかな。

 それから姫とアリアが雑談に花を咲かせ始めたので、とりあえず邪魔者は退散しようと席を立つ。
 そこへ、筆頭騎士スティアに呼び止められる。

「ラクター陛下」
「なんだ変態騎士殿」
「お褒めいただき恐縮です。陛下には実に良いモノを見せていただいて、感謝の言葉しかありません」

 クソ真面目な表情で礼を言われた。相変わらず、凄まじいメンタルでいらっしゃる。
 呆れる俺に、スティアは続けて告げた。

「儀式長から協力要請です。聖女の儀式をより確実に執り行うため、勇者様の装備品を確保して欲しいと」

 ……あやうく聞き逃すところだった。

「なんだって? 勇者の……スカルの装備を?」
「はい。装備品の持つ聖なる力が必要なのだとか。ですので、勇者様の確保にぜひご協力を」

 スティアはどこまでも真面目な表情で、そう言った。


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